日本における代理出産は、法律で明確に禁止されているわけではありませんが、実際には実施が困難な状況にあります。日本産科婦人科学会は2003年に代理出産を禁止する会告を発表し、会員医師が代理出産に関与することを禁じています。
現在の法的枠組みでは、2020年12月に成立した「生殖補助医療法」において、代理出産を含む生殖補助医療の法整備について初めて明文化されましたが、具体的な法制化には至っていません。厚生労働省は2003年の報告書で「代理懐胎は禁止する」との見解を示し、日本弁護士連合会も2019年に法整備による代理懐胎の禁止を提言しています。
医療従事者にとって重要な点は、現行の医師会の方針や学会の見解に従う必要があることです。これにより、国内の医療機関では代理出産の実施が事実上不可能となっています。
代理出産における最大の法的課題は、親子関係の確定にあります。現行の民法では、父子関係は「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」(772条)により決定され、母子関係は「分娩の事実により母子関係が発生する」という判例法理により決まります。
平成19年の最高裁決定では、代理出産により生まれた子の母親は「その子を懐胎し出産した女性」であるとし、卵子提供者である依頼女性との母子関係は認められないと判断されました。この判決は、実親子関係が「身分法秩序の根幹をなす基本原則」であり、一義的に明確な基準により一律に決せられるべきとの立場を明確にしました。
医療現場では、この判例により海外で代理出産を行った場合でも、日本での親子関係確立には特別養子縁組の手続きが必要となることを患者に説明する必要があります。
代理出産の倫理的問題は、医療従事者が直面する重要な課題です。日本産科婦人科学会は、以下の理由で代理出産を認めない立場を取っています:
厚生労働省の専門委員会報告書では、代理出産を「第三者の人体そのものを妊娠・出産のための道具として利用するもの」として、「人を専ら生殖の手段として扱ってはならない」という基本的考え方に反するものと位置づけています。
医療従事者は、不妊治療を希望する患者に対し、これらの倫理的観点を含めた十分な説明を行う必要があります。また、過去には代理出産で生まれた子の引き取りを拒否するケースも発生しており、契約上のリスクについても患者教育が重要です。
医療従事者が代理出産を希望する患者と向き合う際には、段階的なアプローチが必要です。まず、現在の日本国内での実施困難性と法的リスクについて詳細に説明し、患者の理解を得る必要があります。
海外での代理出産を希望する患者に対しては、以下の情報提供が重要です。
代理出産を検討している夫婦に対しては、カウンセリングを通じて心理的準備と現実的な課題について十分な検討時間を提供することが推奨されます。また、他の生殖補助医療選択肢についても併せて情報提供を行い、患者が十分な情報に基づいて意思決定できるよう支援することが医療従事者の重要な役割です。
日本の医療機関が海外での代理出産を希望する患者をサポートする場合、国際的な医療連携体制の構築が重要となります。患者の安全性確保と継続的ケアの観点から、信頼できる海外医療機関との連携ネットワークの整備が求められます。
実際の医療連携では、以下の要素が重要です。
生殖補助医療における男性の同意に関する日本の裁判例研究では、代理出産を含む生殖補助医療の法的・倫理的課題について詳細な分析が行われています
海外での代理出産実施後は、帰国時の医療継続性確保が重要な課題となります。新生児の健康管理、母体の産後ケア、さらに長期的な家族支援体制の構築について、国内医療機関としての役割を明確にする必要があります。
医療従事者は、患者の海外医療機関選択に関して中立的な立場を保ちつつ、医学的観点からの適切な助言を提供することが求められます。また、帰国後の法的手続き支援については、専門的な法務サポートとの連携体制を整備することが患者の安全な医療継続に不可欠です。