クローン病は、消化管のあらゆる部位に炎症を引き起こす慢性疾患です。口腔から肛門までどの部位にも病変が発生する可能性がありますが、特に回腸末端から大腸にかけての病変が多く見られます。
主な症状としては以下のものが特徴的です。
クローン病の最大の特徴は、消化管の壁が全層性に炎症を起こすことです。そのため、腸管壁が肥厚して狭窄を引き起こしたり、瘻孔(フィステル)が形成されたりすることがあります。これらの合併症により、腸閉塞や腹痛などの症状がさらに悪化することもあります。
診断には、内視鏡検査(大腸内視鏡、小腸内視鏡)、画像検査(CT、MRI、超音波検査)、血液検査などを組み合わせて行います。特に内視鏡検査では、縦走潰瘍や敷石状外観といったクローン病に特徴的な所見が確認できます。また、生検による組織学的検査も診断の補助となります。
患者さんの症状は、活動期と寛解期を繰り返すことが多いため、継続的なモニタリングが重要です。また、症状の重症度は軽症から重症まで幅があり、個々の患者さんに合わせた治療計画の策定が必要となります。
クローン病治療において、栄養療法は最も基本的かつ重要な治療法の一つです。特に小腸に病変がある場合、栄養吸収障害が深刻化しやすく、適切な栄養管理が不可欠となります。
栄養療法の主な目的は以下の通りです。
クローン病における具体的な栄養療法の種類は以下のとおりです。
1. 成分栄養剤による治療
成分栄養剤はタンパク質がアミノ酸まで分解されており、脂肪含有量が非常に少ないため消化吸収の負担を最小限に抑えます。エレンタールなどの成分栄養剤は、特に日本ではクローン病の寛解導入および維持療法として広く用いられています。欧米に比べ日本では栄養療法の位置づけが高いのが特徴的です。
2. 経腸栄養療法
経口摂取が可能であっても摂取量が不十分な場合に、成分栄養剤や消化態栄養剤を補助的に用いる方法です。経腸栄養療法は腸管の機能を維持する点でも重要と考えられています。
3. 完全静脈栄養療法
重症例や腸管狭窄、瘻孔形成などの合併症により経口摂取が困難な場合に選択されます。中心静脈カテーテルを留置し、直接血管内に栄養を供給することで腸管を完全に休ませます。ただし、長期継続すると腸粘膜萎縮のリスクがあるため、症状改善後は経口摂取への移行が望ましいとされています。
食事指導においては、高脂肪食を避け、低残渣食を心がけることが推奨されます。また、個々の患者さんの病態に応じた食事内容の調整が必要で、症状の変化に合わせて栄養療法のアプローチを柔軟に変更することが重要です。
栄養療法は薬物療法と併用することで相乗効果が期待でき、特に小腸型クローン病では栄養療法の効果が高いとされています。また、外科手術後の再発予防にも有効であることが報告されています。
クローン病の薬物療法は、寛解導入療法と寛解維持療法に大別されます。病変の部位や重症度、合併症の有無などを考慮し、適切な薬剤を選択することが重要です。
5-アミノサリチル酸(5-ASA)製剤
5-ASA製剤(ペンタサ®、サラゾピリン®など)は、クローン病治療の基本薬として位置づけられています。腸管粘膜に直接作用して炎症を抑制する効果があります。軽症から中等症の患者に使用されることが多く、寛解維持にも用いられますが、単独での効果は限定的な場合が多いとされています。
ステロイド製剤
プレドニゾロン®やプレドニン®などのステロイド製剤は、中等症から重症例に対して使用される強力な抗炎症効果を持つ薬剤です。速やかな症状改善が期待できますが、長期使用による骨粗鬆症や感染症リスク増大などの副作用があるため、通常3ヶ月を目安に減量・中止が推奨されています。
回腸から上行結腸に病変がある軽症から中等症例に対しては、全身性の副作用が少ないブデソニド(ゼンタコート®)が選択肢となります。ステロイドは寛解維持には不適切とされています。
免疫調節薬
アザチオプリン(アザニン®・イムラン®)や6-メルカプトプリン(ロイケリン®)などのチオプリン系製剤は、ステロイド依存例でのステロイド減量効果や寛解維持効果があります。また、生物学的製剤との併用により効果増強が期待できます。
NUDT15遺伝子多型との関連による重度の白血球減少や脱毛などの副作用に注意が必要であり、薬剤開始前の遺伝子検査が推奨されています。
生物学的製剤
難治例や従来治療で効果不十分な場合に使用される生物学的製剤には、以下のようなものがあります。
生物学的製剤の使用前には、結核やB型肝炎などの潜在感染症のスクリーニングが必須です。また、これらの薬剤はそれぞれ作用機序や投与方法が異なるため、患者の病態や生活様式に合わせた選択が重要となります。
最新の治療アルゴリズムでは、早期からの積極的な治療介入(Top-down approach)が重視されており、特に難治性や合併症リスクの高い患者では、従来の段階的治療(Step-up approach)に代わり、早期からの生物学的製剤導入も検討されています。
クローン病の治療においては、薬物療法や栄養療法が主体となりますが、特定の状況下では内視鏡治療や外科治療が必要になります。
内視鏡的治療
内視鏡治療の中で最も一般的なものは、内視鏡的バルーン拡張術です。これは主に狭窄症状を呈する患者に対して行われます。
内視鏡的バルーン拡張術の適応と特徴。
この治療法では、内視鏡で狭窄部位を確認しながらバルーン(風船)付きの拡張器具を挿入し、バルーンを膨らませることで狭窄部を拡張します。ただし、深い潰瘍や瘻孔がある場合は穿孔や出血のリスクが高まるため、適応外とされています。
外科的治療
クローン病は基本的には内科的疾患ですが、以下のような状況では外科的介入が必要になります。
緊急手術が必要となる状況。
待機的手術が検討される状況。
外科手術では、病変部の切除や狭窄形成術などが行われますが、クローン病は消化管のあらゆる部位に再発する可能性があるため、不必要な広範囲切除は避け、腸管温存に努めることが重要です。
術後の再発予防には、免疫調節薬や生物学的製剤の使用が有効とされています。また、術後の栄養療法も再発リスク低減に寄与する可能性があります。
手術を選択する際は、患者の年齢、病変の部位や範囲、生活の質(QOL)への影響などを総合的に評価し、内科医と外科医の緊密な連携のもとで判断することが重要です。
クローン病は完治が難しい慢性疾患であるため、治療の目標は単なる症状コントロールにとどまらず、患者のQOL向上を目指した包括的なアプローチが求められます。
治療ゴールの明確化と共有
クローン病治療における現代的なゴールは以下の通りです。
これらのゴールを患者と医療者間で共有し、個々の患者に合わせた治療計画を策定することが重要です。
多職種連携によるサポート体制
クローン病の包括的ケアには以下の専門職の協働が効果的です。
特に難病指定疾患であるクローン病では、患者の経済的負担軽減のための医療費助成制度の活用など、社会福祉面でのサポートも重要です。
遠隔モニタリングと自己管理支援
デジタルヘルスツールを活用した患者モニタリングは、早期の再燃兆候の検出や治療アドヒアランスの向上に役立ちます。患者自身が症状や食事内容を記録するアプリなどを活用することで、医療者と患者の情報共有がスムーズになります。
就労・就学支援
クローン病は若年層での発症が多く、就労や就学に大きな影響を与える可能性があります。柔軟な働き方や学習環境の整備、職場・学校関係者への疾患理解促進など、社会参加を支援する取り組みが患者のQOL向上に不可欠です。
患者会や支援グループの活用
同じ疾患を持つ患者同士の交流や情報共有の場として、患者会や支援グループは重要な役割を果たします。医療者は患者に対して、こうしたコミュニティの情報提供を行うことも支援の一環と言えるでしょう。
クローン病に関する難病情報センターの詳細情報
クローン病の治療は日進月歩であり、新たな生物学的製剤や小分子化合物の開発が進んでいます。最新の治療選択肢を把握し、個々の患者に最適な医療を提供するためには、継続的な医学教育と多職種連携による包括的アプローチが不可欠です。このような「治療」という枠を超えた全人的なケアこそが、クローン病患者の真の生活の質向上に寄与するのです。