房室結節は心房中隔の基部、右心房の下方で心室中隔近くに位置する刺激伝導系の重要な構成要素です。洞結節で発生した電気信号は心房筋を伝わり、房室結節に到達します。房室結節の最も特徴的な機能は、電気信号の伝導速度を0.05~0.1m/秒まで極端に遅くすることで、心房の興奮よりも心室の興奮を0.12~0.18秒遅らせることです。この伝導遅延により、心房収縮によって心室に血液が十分に送り込まれた後に心室収縮が起こるという、合理的で有効な心臓の収縮パターンが作られます。ceme+3
房室結節は心房と心室をつなぐ唯一の電気伝導路であり、それ以外の経路では心房は電気を通さない組織によって心室から絶縁されています。房室結節を通過した電気刺激はヒス束に入り、さらに右脚と左脚に分かれて心室全体に伝播します。洞結節が機能を停止した場合、房室結節が第二次ペースメーカーとして働き、毎分40~50拍のペーシングを行うことがあります。mri-surescan+4
房室結節内にはfast pathwayとslow pathwayという2つの伝導路が存在することがあり、通常はfast pathwayを通った電気信号が先に心室へ伝導します。この二重経路の存在は、正常洞調律時には問題になりませんが、心房期外収縮など予期せぬタイミングで電気刺激が入ると、房室結節リエントリー性頻拍などの不整脈を引き起こす原因となることがあります。j-circ+1
房室ブロックは、心房と心室との間で電気信号の伝導が障害される徐脈性不整脈の総称です。重症度に基づいて1度から3度(完全)房室ブロックに分類され、それぞれ異なる臨床的意義を持ちます。osaka.hosp+1
房室ブロックの重症度分類
| 分類 | 特徴 | 心電図所見 | 臨床的意義 |
|---|---|---|---|
| 1度房室ブロック | 伝導時間の延長 | PQ間隔0.2秒以上osaka-heart | 通常ペースメーカー不要edogawa |
| 2度房室ブロック | 断続的伝導遮断 | 心房興奮が時に心室に伝わらないosaka-heart | MobitzⅡ型では適応ありmitsuoka-clinic |
| 3度房室ブロック | 完全伝導遮断 | 心房と心室が独立して活動osaka.hosp | ペースメーカー絶対適応cardiovasc.u-tokyo |
1度房室ブロックでは、電気信号の伝導時間が延長しているものの途切れることはなく、ペースメーカーの適応とはなりません。2度房室ブロックはMobitzⅠ型(Wenckebach型)とMobitzⅡ型に分類され、MobitzⅡ型では無症状であってもペースメーカー植込みが検討されます。完全房室ブロック(3度房室ブロック)では、心房の電気信号が全く心室に伝わらず、心室自体が補充調律として毎分30~40回程度の自発的なリズムを発生させます。mitsuoka-clinic+3
房室ブロックの原因は多岐にわたり、加齢による刺激伝導系の変性、虚血性心疾患、心筋炎、サルコイドーシス、アミロイドーシスなどの浸潤性疾患、薬剤性(ジギタリス、β遮断薬、カルシウム拮抗薬など)、電解質異常などが挙げられます。急性心筋梗塞に伴う完全房室ブロックの多くは一時的ペースメーカーによるペーシングで1週間以内に正常脈に回復しますが、1週間以上継続する場合は恒久的ペースメーカーの適応となります。iwakuni.hosp+2
房室ブロックに対するペースメーカー植込みの適応は、症状の有無と重症度によって決定されます。完全房室ブロックや高度房室ブロック、MobitzⅡ型第2度房室ブロックでAdams-Stokes発作や失神、めまいなどの症状があれば、明確なペースメーカー適応となります。cardiovasc.u-tokyo+2
ペースメーカー適応の判断基準
📌 第I級適応(絶対適応)
📌 第II級適応(相対適応)
房室ブロックの治療において、障害された房室結節機能を改善させる薬物は存在しないため、ペースメーカー治療が第一選択となります。特に失神などの重篤な症状がある場合、薬物治療では危険性が高く、ペースメーカー治療が必須です。また、症状の有無にかかわらず、重症の房室ブロックではペースメーカーが必要と考えられています。edogawa+2
余命が1年を超える浸潤性心筋症(心臓サルコイドーシスやアミロイドーシス)患者における第2度II型、第3度、または高度房室ブロックも恒久型ペースメーカーの適応となります。洞不全症候群では心拍数40/分未満の著しい徐脈が持続し、心拍出量が低下して心不全を起こす場合、ペースメーカーによって心停止を防いだり心拍数を増加させることで心不全を改善できます。msdmanuals+1
ペースメーカーには複数のペーシングモードがあり、患者の基礎疾患や房室結節の機能状態に応じて最適なモードが選択されます。ペースメーカーのモードは3~4文字の国際ペースメーカコードで規定され、臨床ではAAI、VVI、DDD、VDD、DDIなどが使用されます。webview.isho+3
主要なペーシングモード
| モード | ペーシング部位 | センシング部位 | 適応 |
|---|---|---|---|
| AAI | 心房 | 心房 | 洞不全症候群で房室伝導正常igakukotohajime |
| VVI | 心室 | 心室 | 完全房室ブロック、慢性心房細動igakukotohajime |
| DDD | 心房+心室 | 心房+心室 | 洞不全症候群、房室ブロックtokyo-heart-rhythm+1 |
| VDD | 心室のみ | 心房+心室 | 房室ブロックで洞機能正常igakukotohajime |
DDDモードは、VAT(心房同期心室ペーシング)、AAI(心房ペーシング)、VVI(心室ペーシング)の機能を同時に兼ね備えたものです。心房自己脈または心房ペーシングの後、AV delay(房室遅延時間)以内に心室自己脈がなければAV delay後に心室ペーシングを行い、生理的な心房→心室刺激に近い状態を再現します。デュアルチャンバペースメーカー(DDDモード)は、洞結節からの信号が遅い場合や房室ブロックなどで選択されます。fukuda+2
DDDモードには上限レートの設定があり、心房レートが速くなりすぎた場合に上限レート以上の心室ペーシングを行わないようにします。例えば上限レートを120回/分に設定すると、心房細動で心房レートが300回/分になっても、心室ペーシングは120回/分までに制限されます。心房細動が持続する場合はモードスイッチ機能により、自動的に同期モードから非同期モードに切り替わります。igakukotohajime
近年注目されているのが刺激伝導系ペーシング(CSP)で、ヒス束や左脚本幹・左脚枝などの刺激伝導系を直接捕捉するペーシング法です。ヒス束ペーシングは三尖弁輪にリードを留置してヒス束を直接刺激し、最も生理的な興奮伝播様式が得られます。従来の右室心尖部ペーシングと比較して、ヒス束ペーシングは心不全入院率を低下させると報告されています。recruit.mito-saiseikai+2
ペースメーカー植込み手術は局所麻酔下で行われ、所要時間は約60~90分程度です。一般的には左鎖骨下方の皮膚下にペースメーカー本体を植込み、鎖骨下静脈を経由して心房と心室にリードを留置します。手術後は定期的な外来フォローアップが必要で、ペースメーカーの動作状態、電池残量、リードの閾値などを確認します。yokohamah.johas+3
退院後1~2ヶ月が経過してリードが安定すれば、日常活動に大きな制限はありませんが、いくつかの注意点があります。植込み位置に近い筋肉を長時間動かす運動や激しく身体がぶつかる運動は、ペースメーカー本体にダメージを与えたりリードが移動・損傷する原因となるため避けるべきです。入浴自体はペースメーカーに影響しませんが、電気風呂はペースメーカーの動作に影響を与えるため利用は避けます。fukuda+1
ペースメーカー植込み後の定期チェック項目
✅ デバイスパラメータ
✅ 臨床症状の評価
ペースメーカーの電池寿命は通常5~10年程度で、電池消耗時には本体交換が必要となります。心拍が設定レートよりも遅くなった場合、異常な心調律が出現した場合、創部が赤く腫れたり体液が染み出ている場合、発熱が2~3日以内に下がらない場合などは、速やかに担当医師に連絡する必要があります。tsubasazaitaku+1
ペースメーカー装着患者は、患者手帳と治療薬リストを常時携帯し、ペースメーカーを装着していることをかかりつけ医、歯科医師、救急医療スタッフなどに伝える必要があります。強力な電磁波を発生する機器(電磁調理器、電気溶接機、大型発電機など)からは一定の距離を保つことが推奨されます。MRI検査については、MRI対応ペースメーカーであれば条件付きで撮像可能ですが、必ず事前に主治医に相談することが必要です。kango-oshigoto+2
近年のペースメーカー技術は小型化と生理的ペーシングの実現に向けて進化しています。従来のペースメーカーはリードを必要としましたが、リードレスペースメーカーの登場により、リード関連合併症のリスクが大幅に軽減されました。リードレスペースメーカーは容積1cc、重さ1.75gという小型のペースメーカー本体を直接右心室に留置し、心室にしか機器を留置しませんが、心房興奮を観察してそれに同期して心室を興奮させることができます。tokyo-heart-rhythm+1
刺激伝導系ペーシング(CSP)は従来の右室心尖部ペーシングや両室ペーシングに代わる、より生理学的なペーシング法として注目されています。ヒス束ペーシングでは直径1.5~2mmのヒス束にリード先端(直径1.4mm)を留置し、刺激伝導系のネットワークを介して心室筋全体をほぼ同時に興奮させます。ヒス束を介した興奮伝播速度は心室筋内伝播速度の2~3倍と速く、心電図QRS波形はヒス束ペーシング時と自己の房室伝導捕捉時でほぼ同一となります。kyorin-u+1
左脚領域ペーシングは、ヒス束ペーシングよりも広い標的領域を持ち、良好な電気的パラメータが得られるため、採用が急速に拡大しています。刺激伝導系ペーシングは、本来の心臓の興奮伝導構造を利用してペーシングする方が予後が良いことが臨床成績によって明らかにされ、最近の重要なオプションの1つとなっています。pmc.ncbi.nlm.nih+2
日本臨床衛生検査技師会誌:ペースメーカ植込み患者の心電図評価に関する技術的ポイント
ペースメーカー植込み患者における心電図評価の技術的側面について詳細に解説されており、臨床での実践的な情報が得られます。
JCS/JHRS 2019 guideline on non‐pharmacotherapy of cardiac arrhythmias
日本循環器学会と日本不整脈心電学会による不整脈の非薬物療法ガイドラインで、ペースメーカー治療の適応と管理について包括的な情報を提供しています。
東邦大学:新しい心臓刺激伝導系3次元実例モデルで生理的ペーシングに貢献
刺激伝導系ペーシングの技術的進歩と臨床応用について、最新の研究成果が紹介されています。