関節内注射療法は、変形性関節症をはじめとする関節疾患の保存的治療として広く用いられています。特にヒアルロン酸注射は、その安全性の高さから近年注目を集めています。本稿では、医療従事者向けにヒアルロン酸関節内注射の詳細について、最新のエビデンスを踏まえて解説します。
ヒアルロン酸は、N-アセチルグルコサミンとグルクロン酸の二糖単位からなる直鎖状の高分子多糖で、人体の様々な組織に存在しています。特に関節液や関節軟骨に多く含まれ、以下の重要な生理機能を担っています。
正常な膝関節液中のヒアルロン酸濃度は0.3~0.4%、分子量は約400万とされていますが、変形性膝関節症では濃度が0.1~0.2%、分子量が約250万にまで減少することが報告されています。この減少が関節機能の低下や痛みの原因の一つとなっています。
日本で現在使用されているヒアルロン酸関節内注射製剤は大きく3種類に分類され、それぞれ分子量や架橋の有無により特性が異なります。
分類 | 製品例 | 分子量 | 特徴 | 効果持続期間 |
---|---|---|---|---|
低分子量HA | アルツ | 60〜120万 | 浸透性が高く、抗炎症作用が優れる | 1〜2週間 |
中分子量HA | スベニール | 190万 | バランスの取れた粘弾性と浸透性 | 2〜3週間 |
高分子量/架橋HA | サイビスク | 600万以上 | 高い粘弾性と長期滞留性 | 4〜6週間 |
分子量の選択については、患者の症状や疾患の進行度に応じて検討する必要があります。一般的に。
なお、2021年に発売されたジョイクル®(ジクロフェナクエタルヒアルロン酸ナトリウム)は、ヒアルロン酸に消炎鎮痛薬を化学的に結合させた新しいタイプの製剤ですが、アナフィラキシー反応の報告により使用が制限されている医療機関もあります。
ヒアルロン酸関節内注射の臨床効果には複数のメカニズムが関与しています。
1. 機械的効果
2. 生物学的効果
最新のシステマティックレビューとメタ解析によると、ヒアルロン酸関節内注射はプラセボ(偽薬)と比較して、痛みの軽減や機能の改善において統計学的に有意な効果が示されています。特に膝関節においては効果が顕著であり、複数回の注射を受けた患者では持続的な効果が認められています。
Osteoarthritis and Cartilage誌に掲載された2025年の研究では、軽度から中等度の変形性関節症患者において、より高い効果がみられる傾向が報告されています。この研究では、WOMAC(Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index)スコアにおける痛みの項目で平均26%の改善が認められました。
ヒアルロン酸関節内注射の適応症としては主に以下が挙げられます。
日本整形外科学会の変形性膝関節症診療ガイドラインでも、ヒアルロン酸関節内注射は推奨強度87%と高く評価されています。
しかし、ヒアルロン酸注射にも限界があります。
適切な患者選択が治療成功の鍵となります。特にKellgren-Lawrence分類でグレード2〜3の患者が最も恩恵を受ける可能性が高いとされています。
臨床現場において重要な課題は、ヒアルロン酸注射の最適な投与方法です。製剤ごとに推奨される投与プロトコルが異なりますが、一般的なアプローチ
標準的投与プロトコル:
ただし、患者の症状改善に応じて個別化することが推奨されます。最新の研究では、初期の集中的な投与後、維持療法として2〜3ヶ月ごとの定期的投与が長期的な関節機能維持に有効である可能性が示唆されています。
長期効果に関しては、3年間の前向き研究により、定期的なヒアルロン酸注射を継続した患者群では、手術への移行率が有意に低下したという報告があります。具体的には、通常治療群では36%が人工関節置換術に移行したのに対し、ヒアルロン酸定期投与群では22%に留まりました。
投与テクニックも重要な要素です。正確な関節内注入を確保するためにエコーガイド下での注射が推奨されます。特に。
従来、関節内注射治療ではヒアルロン酸とステロイド製剤は別々に使われることが多かったものの、近年では両者の併用効果に注目が集まっています。この新しいアプローチには様々な方法があります。
1. 時間差併用法
ステロイド注射による急速な炎症抑制後、1〜2週間後にヒアルロン酸注射を行い、長期的な効果を狙う方法です。急性期の強い痛みと炎症がある患者に特に有効です。
2. 同時併用法
最近の研究では、同一シリンジ内でステロイド剤とヒアルロン酸を混合して注入する方法の安全性と有効性が報告されています。ただし、製剤の化学的安定性には注意が必要です。
3. 複合製剤の開発
ヒアルロン酸とステロイド剤を化学的に結合させた複合製剤の開発が進んでいます。これにより、ステロイドの即効性とヒアルロン酸の持続性を兼ね備えた治療が期待されます。
併用療法の利点は以下の通りです。
ただし、頻繁なステロイド注射は軟骨代謝に悪影響を及ぼす可能性があるため、年間投与回数を3〜4回以下に制限することが推奨されます。
最近の前向き研究では、ヒアルロン酸とトリアムシノロンの併用療法を受けた患者群では、単剤療法と比較して痛みのVASスコアが平均15%以上改善し、効果持続期間も約1.5倍延長したことが報告されています。
このような併用療法は、特に中等度以上の炎症を伴う変形性関節症患者に対して、効果的な治療選択肢となる可能性があります。ただし、個々の患者の病態や既往歴を十分に考慮した上で適用する必要があります。
参考リンク:Journal of the American Academy of Orthopaedic Surgeons - 変形性関節症に対する関節内注射療法の最新の進歩
以上、ヒアルロン酸関節内注射について最新のエビデンスに基づいた情報を解説しました。適切な患者選択と投与方法の最適化により、変形性関節症患者のQOL向上に寄与することが期待されます。