日本歯周病学会では、歯周病の症状を病態に応じて明確に分類しています。最も軽度な歯肉炎は、歯と歯ぐきの境目に付着したプラークにより歯肉に炎症が引き起こされた状態で、歯を支えている骨(歯槽骨)までは炎症が及んでいません。
慢性歯周炎は歯肉炎が進行した状態で、炎症が歯ぐきだけでなくセメント質、歯槽骨、歯根膜組織まで広がります。進行してもほとんど自覚症状がなく、重度になって「歯ぐきの腫れ」「歯のグラつき」「ブラッシング時の出血」などの症状が現れてから患者が認識するケースがほとんどです。
特に注意すべきは侵襲性歯周炎で、急速な歯槽骨の破壊が特徴です。第一大臼歯と前歯付近に著しい骨の破壊が起こり、周囲の歯にも影響を及ぼします。原因として遺伝的要素、免疫機能、白血球機能低下、そしてA.a.菌やP.g.菌の特別な細菌による感染が考えられており、主に思春期から30歳までの患者に多く発症します。
さらに重篤な病態として、壊死性歯周疾患があります。壊死性潰瘍性歯肉炎(NUG)は歯肉乳頭部の歯ぐき壊死と歯肉出血、疼痛を特徴とする穿孔性感染症で、強い口臭と偽膜形成も見られ、P.i.菌、Td.菌が関与しています。精神的ストレス、低栄養、喫煙、HIV感染が発症に関連するとされています。
日本歯周病学会の2020年ガイドラインでは、歯性感染症に対する抗菌薬の選択基準が明確に定められています。軽度から中等度の歯性感染症では、起炎菌を主にレンサ球菌と想定してアモキシシリン(サワシリン®等)が第一選択となります。
ペニシリンアレルギーのある患者には、状況に応じてクリンダマイシン(ダラシン®)またはアジスロマイシン(ジスロマック®)を選択します。重度の歯性感染症では、嫌気性菌の検出頻度が高く、βラクタマーゼ産生率も高いため、βラクタマーゼ阻害剤配合のペニシリン系抗菌薬が推奨されています。
歯周病の主要な起炎菌として、P.g.菌(Porphyromonas gingivalis)、T.f.菌(Tannerella forsythensis)、Td.菌(Treponema denticola)、P.i.菌(Prevotella intermedia)、A.a.菌(Aggregatibacter actinomycetemcomitans)など10種類以上が知られています。
P.g.菌、T.f.菌、Td.菌は歯周病が進行している患者の60~70%から発見される菌で、これらはよく同時に見つかります。A.a.菌は非常に少ないタイプですが、特に日本人でこの菌を保有しているケースは稀で、若年時からこの菌により歯周病にかかると非常に危険とされています。
炎症の進行期でペニシリン系薬およびセフェム系薬の効果が認められない場合は、第二選択として、シタフロキサシン(グレースビット®)、もしくはファロペネム(ファロム®)を使用します。
2020年に改訂された日本歯周病学会のガイドラインでは、医科領域における薬剤耐性菌問題を受けて、抗菌薬の適正使用がより厳格に定められています。抗菌薬適正使用の三つの観点として、個人防衛(有効性、安全性)、集団防衛(耐性菌対策)、社会防衛(医療費抑制)が挙げられています。
歯周膿瘍および歯周治療後の感染予防に対する経口抗菌薬として、第一選択はペニシリン系・セフェム系、第二選択はマクロライド系、第三選択はニューキノロン系が一般的な選択基準とされています。
抗菌薬の効果判定は3日とされ、増悪の際は外科的消炎処置の追加、他剤への変更を考慮します。米国歯周病学会では、歯性感染症における各種抗菌薬の投与期間はおおよそ8日間程度としており、日本でもこの基準が参考にされています。
急性炎症症状が著しく、開口障害、嚥下困難を伴う重症の顎炎(3群)、蜂巣炎(4群)の場合は入院加療が望ましいとされ、この場合は原因菌を同定し、適切な注射用抗菌薬を使用することが重要です。また、切開排膿もこうした症例では重要な処置となります。
ガイドラインでは、歯周ポケット内投与についても詳しく記載されており、2%塩酸ミノサイクリン歯科用軟膏の歯周ポケット内投与の効果についても言及されています。
日本歯周病学会では、歯周基本治療で改善されない症例に対する外科治療との薬物併用についても詳細なガイドラインを示しています。基本治療で一部ポケットの深さが改善されず、ポケット内で細菌が生息し、ブラッシングで除去できない状態に対して外科的にポケットの深さを減少させる手術が適応されます。
広汎型重度慢性歯周炎患者および広汎型侵襲性歯周炎患者では、年齢に対して歯周組織破壊が著しいため、一般的な慢性歯周炎と比較して歯周治療に対する治療反応性が不良となる場合が多いとされています。そのため、初回のSRP(スケーリング・ルートプレーニング)や歯周外科治療と抗菌療法(経口投与やポケット内投与)を併用する患者として検討すべきとしています。
この際の抗菌療法の目的は、歯周ポケットおよび歯周組織に存在する細菌を減少させることにより、結果としてより良い臨床的改善を得ることです。細菌検査に基づいて実施することが望ましく、特にA.a.菌が存在する場合は治療効果が現れにくいため、より慎重な抗菌療法が必要となります。
特殊な材料を用いて部分的に失われた骨を再生させる手術(再生療法)を行う場合にも、感染制御の観点から適切な抗菌薬の併用が検討されます。手術はそれぞれの病態に適した方法が適応され、ポケットが改善されればメインテナンス(定期検診)に移行します。
日本歯周病学会では、抗菌薬治療の効果判定について明確な基準を設けています。歯性感染症に対する抗菌薬効果判定の目安は3日とされており、この期間内に改善が見られない場合は、外科的消炎処置の追加や他剤への変更を考慮することが推奨されています。
投与期間については、米国歯周病学会のガイドラインを参考に、歯性感染症における各種抗菌薬の投与期間をおおよそ8日間程度としています。これは耐性菌の発現を防ぎながら、十分な治療効果を得るための適切な期間として設定されています。
治療効果の評価においては、ポケットの深さが重要な指標となります。基本治療により歯周組織が改善され、ポケットの深さが浅く(2~3mm)維持されればメインテナンス(定期検診)に移行します。しかし、4mm以上のポケットが残存する場合は、外科的治療や追加的な抗菌療法の検討が必要となります。
また、歯周病治療においては単に抗菌薬投与だけでなく、患者自身が行うセルフケア(ブラッシング)と歯科医院で行う専門的なプロフェッショナルケアがセットとなった歯周基本治療が重要です。これにより、プラークコントロールを主体とした根本的な治療が可能となります。
特に壊死性歯周疾患や侵襲性歯周炎などの重篤な症例では、より長期的な観察と継続的な抗菌療法が必要な場合があり、定期的な細菌検査による治療効果の評価が重要とされています。
日本歯周病学会による抗菌薬適正使用ガイドライン2020の詳細な治療指針
日本臨床歯周病学会による歯周病治療の基本的な考え方と実践方法