近年、保健師の仕事が将来なくなるという懸念が広がっていますが、実際のデータを見ると全く異なる状況が明らかになります。厚生労働省の「令和4年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」によると、保健師数は平成24年から令和4年まで継続的に増加しており、47,279人から60,299人へと大幅に増加しています。
この増加傾向は、社会の保健師に対するニーズが高まっていることを示しています。特に日本の少子高齢化が進む中で、予防医療の重要性が注目されており、病気になってから治療を行うのではなく、そもそも病気にかからないための対策が求められています。
保健師は予防医療の最前線で活動する専門職として、今後ますます重要な役割を担うことが期待されています。2008年から開始された「特定健康調査」や「特定保健指導」制度も、保健師の専門性を活かした予防医療の取り組みとして定着しており、これらの制度運営においても保健師の存在は不可欠です。
AI技術の発展により、保健師の業務の一部が自動化される可能性はあります。健康診断データの分析や生活習慣病のリスク評価など、データ処理に関わる部分ではAIの活用が進んでいます。しかし、これは保健師の仕事がなくなることを意味するものではありません。
むしろAI技術は保健師の業務を効率化し、より質の高いサービス提供を可能にするツールとして活用されています。データ分析をAIが支援することで、保健師はより多くの時間を住民との対話や個別相談に充てることができるようになっています。
保健師の核となる業務である個別対応や倫理的な判断は、人間にしかできない領域です。住民一人ひとりの背景や状況を理解し、適切な保健指導を行うためには、コミュニケーション能力や共感力が不可欠であり、これらはAIでは代替できない価値を持っています。
また、地域の特性を理解し、住民のニーズに応じた保健事業を企画・実施することも、保健師の重要な役割です。地域住民との信頼関係の構築や、多職種との連携調整など、人と人とのつながりを基盤とした業務は、今後も保健師にしかできない専門性として評価されています。
保健師の活動領域は従来の保健所や保健センターから大きく拡大しています。高齢化の進行に伴い、訪問介護ステーションや地域包括支援センターなど、新たな職場での保健師の需要が高まっています。
また、産業保健分野でも保健師の重要性が増しています。働き方改革の推進や従業員のメンタルヘルス対策において、産業保健師の専門性が注目されており、企業での保健師採用が積極的に行われています。ストレスチェック制度の義務化により、メンタルヘルス対策における保健師の役割はさらに重要になっています。
学校保健分野では、子どもたちの健康課題の多様化に対応するため、学校保健師の配置が進んでいます。いじめ、不登校、発達障害など、従来の保健室での対応を超えた専門的な支援が求められており、保健師の専門性が活かされています。
さらに、災害時の保健活動や感染症対策においても、保健師の専門性が注目されています。新型コロナウイルス感染症対応では、保健師が感染対策の最前線で活動し、その重要性が再認識されました。今後も新興感染症や自然災害への対応において、保健師の専門性は不可欠です。
近年、保健所や保健センターに「統括的な役割を担う」保健師が配置されるようになってきています。これは保健師の指導や連携を促進するリーダー的存在として、組織全体の保健師活動の質向上を図る取り組みです。
統括保健師は、保健師としての技術的な能力だけでなく、人材育成や組織マネジメント能力も求められます。新人保健師の指導や業務調整、他部署や関係機関との連携など、より高度な専門性が必要となっており、保健師のキャリアアップの新たな道筋として注目されています。
また、保健師の専門分野の細分化も進んでいます。母子保健、高齢者保健、精神保健、産業保健など、それぞれの分野でのスペシャリストとしての専門性が求められており、継続的な研修や学会参加による知識・技術の向上が重要視されています。
これらの動向は、保健師の職業としての価値が高まっていることを示しており、単純にAIに代替される職業ではなく、より高度な専門性を持つ職業として発展していくことを意味しています。保健師を目指す方や現在保健師として働いている方にとって、これらの新たな役割や専門性の習得は、将来のキャリア形成において重要な要素となります。
地域包括ケアシステムの構築において、保健師は中核的な役割を担っています。高齢者が住み慣れた地域で最期まで生活できるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援が包括的に提供される体制づくりに、保健師の専門性が不可欠です。
保健師は地域住民の健康状態を把握し、医師や看護師、介護士、社会福祉士など多職種との連携を調整する役割を果たしています。行政の視点から福祉や医療に携わることができる保健師だからこそ、さまざまな職種が連携しやすい環境を作り出すことができ、よりよい福祉や医療の実現に貢献しています。
また、地域の健康課題を把握し、住民参加型の健康づくり事業を企画・実施することも保健師の重要な役割です。健康教室の開催、サークル活動の支援、ボランティア育成など、地域住民が主体的に健康づくりに取り組めるような環境整備を行っています。
さらに、介護予防事業においても保健師の専門性が活かされています。要支援・要介護状態になることを予防し、高齢者の自立した生活を支援するため、個別の健康状態に応じた運動指導や栄養指導、認知症予防プログラムの実施など、多様な取り組みを行っています。
これらの地域包括ケアにおける保健師の役割は、AIでは代替できない人間性や地域性を重視した活動であり、今後ますます重要性が高まることが予想されます。地域住民との信頼関係の構築や、一人ひとりの生活背景を理解した支援の提供は、保健師だからこそできる専門性として評価されています。