肝性脳症は、肝機能の低下により血液中のアンモニアなどの有害物質が脳に達することで発症する神経精神症状です。症状は軽度なものから重度の昏睡まで幅広く、発症初期には論理的思考の低下や性格・行動の微妙な変化が現れます。気分の変化や判断力の低下、睡眠パターンの崩れなどが特徴的で、患者自身や家族が異変に気づきにくい場合もあります。msdmanuals+1
進行すると見当識障害(時間や場所がわからなくなる)、傾眠、集中力の低下などが顕著になります。また、息がカビ臭く甘ったるい匂いになることもあり、これは診断の補助的な所見となります。重症化すると昏睡状態に陥り、治療を行っても救命率は低下します。肝性脳症は肝硬変患者の30~45%に発症し、さらに高い割合で不顕性肝性脳症が存在すると報告されています。medicalnote+4
肝性脳症の重症度は昏睡度によって評価され、日本ではⅠ度からⅤ度までの5段階に分類されています。この分類は治療方針の決定や予後予測に重要な役割を果たします。asahi-kasei+2
昏睡度分類と対応する症状:
| 昏睡度 | 精神症状 | 特徴的所見 |
|---|---|---|
| Ⅰ度 | 睡眠覚醒リズムの逆転、多幸気分や抑うつ状態、だらしない態度 | 自覚症状に乏しく気づかれにくいmaruko-hp+1 |
| Ⅱ度 | 見当識障害(時間・場所がわからない)、軽度の傾眠 | 羽ばたき振戦が出現maruko-hp+2 |
| Ⅲ度 | 傾眠傾向が強く興奮状態、錯乱 | 刺激で開眼するが昏睡に近い状態ehime-u+1 |
| Ⅳ度 | 昏睡、痛み刺激にわずかに反応 | 意識レベルの著しい低下ehime-u+1 |
| Ⅴ度 | 深昏睡、痛み刺激にも反応しない | 最重症で予後不良ehime-u+1 |
初期段階(Ⅰ度)では認知症やうつ病と症状が類似しており、自覚症状に乏しいため見逃されやすい点に注意が必要です。Ⅱ度以降になると羽ばたき振戦などの客観的所見が出現し、診断が容易になります。maruko-hp+3
羽ばたき振戦(アステリクシス)は肝性脳症を特徴づける神経症状の一つであり、昏睡度Ⅱ度以降で観察されます。この症状は、両腕を前に伸ばして手のひらを前に向けて反らせた際に、手が脱力を繰り返すことで羽ばたくような震えが起こるものです。ubie+1
羽ばたき振戦の発現メカニズムは、筋肉の緊張が突然かつ一時的に失われることによるものであり、手が素早く下がった後に元の位置に戻る動きが鳥の羽ばたきのように見えることから命名されています。肝機能障害が原因であることが多いものの、腎不全や代謝異常による脳症でも観察されることがあるため、必ずしも肝性脳症に特異的な所見ではありません。pharm+1
羽ばたき振戦の詳細な検査方法と評価についての参考情報
臨床現場では、羽ばたき振戦の有無を確認するために簡便な羽ばたき振戦テストが実施されます。このテストは、肝性脳症の早期発見と重症度評価に役立ち、特に昏睡度の判定において重要な指標となります。ubie+1
不顕性肝性脳症(covert hepatic encephalopathy; CHE)は、肝性脳症の明らかな臨床症状がない状態でも、神経生理学的検査を実施すると異常を認める初期病態です。この病態は肝硬変患者全体の中でも高い割合で存在し、患者の転倒・骨折、交通事故、生活の質(QOL)、予後に深く関連しています。gifu-u+1
不顕性肝性脳症の主な特徴として、労働効率の低下、日常生活動作の障害、認知機能の軽度低下などがあり、本人や周囲が気づきにくい点が問題となります。欧州肝臓学会は肝硬変患者全例に不顕性肝性脳症の検査を実施することを提言していますが、特殊な検査機器や熟練した検査者が必要なため、現実的には全例実施は困難です。gifu-u+3
近年、血液生化学検査のみから判定するシンプルな不顕性肝性脳症のスコアリングシステム(Simple covert hepatic score; sCHE score)が開発され、1点以上の患者では0点の患者と比較して有意に不顕性肝性脳症および顕性肝性脳症の累積発生率が高いことが示されています。gifu-u+1
不顕性肝性脳症のスコアリングシステムに関する研究成果の詳細
診断には、ナンバーコネクションテストなどの精神神経機能検査が有用で、比較的簡便に施行可能なため臨床現場で広く用いられています。jstage.jst
肝性脳症は重度な肝機能低下によって引き起こされる疾患であり、主な原因物質はアンモニアです。肝臓は消化管から吸収されたアンモニアを尿素に変換して解毒する役割を担っていますが、肝機能が低下するとこの処理が不十分となり、血液中のアンモニア濃度が上昇します。aska-pharma+2
肝性脳症患者の多くは血液中のアンモニア濃度上昇が認められますが、アンモニア値と意識障害の程度が必ずしも平行しないことが知られています。個人差が大きく、同じアンモニア値でも症状の出現には幅があるため、アンモニア値だけでなく臨床症状を総合的に評価することが重要です。doctorsfile+2
血液中のアンモニアは血液脳関門を通過して脳に達し、神経細胞の機能を障害します。また、肝機能低下によりアミノ酸のバランスが崩れることも脳症の発症に関与しており、特に分岐鎖アミノ酸(BCAA)と芳香族アミノ酸の比率の変化が重要です。pmc.ncbi.nlm.nih+3
発症の誘因として、便秘、タンパク質の過剰摂取、脱水、電解質バランスの変化、アルコール摂取、感染症、消化管出血などが挙げられます。特に消化管出血や感染症(特発性細菌性腹膜炎など)は見落としてはならない重要な誘因です。recruit.mito-saiseikai+1
肝性脳症の診断は、肝疾患の既往歴、臨床症状、血液検査、神経学的所見を総合的に評価して行われます。特に肝硬変や急性肝不全などの重度な肝障害が存在する患者で精神神経症状が出現した場合、肝性脳症を強く疑います。liverfoundation+2
主な診断項目:
📋 血液検査
🧠 神経学的検査
⚡ 脳波検査
🔍 画像検査
肝性脳症の診断において最も重要なのは、臨床症状と既往歴を総合的に判断することです。症状はゆっくりと始まって徐々に悪化する場合もあれば、突然発症して最初から重度になる場合もあるため、注意深い観察が必要です。liverfoundation
肝性脳症の詳細な診断基準と鑑別診断について
また、認知症やせん妄との鑑別も重要であり、特に高齢者では認知症と見分けがつかないこともあります。showa-u-kt-ddc+2
肝性脳症の治療は、誘因の除去、腸管内のアンモニア産生抑制と排泄促進、栄養状態の改善が基本となります。治療により多くの場合改善が期待でき、特に誘因が可逆的なものである場合は完全回復することもあります。msdmanuals+1
主要な治療薬と作用機序:
💊 ラクツロース(難消化性二糖類)
ラクツロースは肝性脳症治療の第一選択薬として広く使用されています。消化・吸収されずに下部消化管に達し、ビフィズス菌や乳酸菌によって分解されて有機酸(乳酸、酢酸など)を産生します。この有機酸が腸管内pHを酸性化し、アンモニア産生菌の発育を抑制し、腸管内アンモニアの吸収を抑制することで高アンモニア血症を改善します。pmc.ncbi.nlm.nih+3
下剤作用により食物が腸を通過する速度を速め、体に吸収されるアンモニアの量を減少させる効果もあります。便pHの低下と脳波異常度の改善には相関関係があることが報告されています。jstage.jst+1
💊 リファキシミン(難吸収性抗菌薬)
リファキシミンは肝性脳症用に開発された唯一の抗菌薬で、身体内にほとんど吸収されないため腸管内で選択的に作用します。ウレアーゼ産生菌(ヘリコバクターピロリ菌、プロテウス、クレブシエラ、バクテロイドなど)に作用し、アンモニア産生を抑制します。また、細菌が産生するエンドトキシンも低下させる作用を有します。healthcare-mgt+1
肝性脳症に対する抗菌薬治療の新たな戦略について
リファキシミンとラクツロースの併用療法は、肝性脳症の再発予防に効果的であることが示されています。liverfoundation+1
💊 分岐鎖アミノ酸(BCAA)製剤
肝機能低下によりアミノ酸バランスが崩れると、芳香族アミノ酸が増加し分岐鎖アミノ酸が減少します。BCAA製剤の投与により、このアミノ酸バランスを是正し、肝性脳症の症状改善と栄養状態の改善を図ります。cochrane+2
BCAA製剤には経口の顆粒製剤(リーバクト®)、経腸栄養剤(アミノレバン®EN、ヘパンED®)、注射薬があり、それぞれ適応が異なります。注射薬は脱水改善とともに血中アミノ酸バランスを速やかに改善する利点があります。jstage.jst+1
治療における注意点:
⚠️ 誘因の除去
感染症や消化管出血などの誘因を特定し、適切に治療することが最優先です。便秘、脱水、薬剤(特にベンゾジアゼピン系睡眠薬)、アルコール摂取などの日常的な誘因にも注意が必要です。recruit.mito-saiseikai+1
⚠️ 栄養管理
極端なタンパク質制限は必要なく、適量のタンパク質摂取と食物繊維の多い食物の摂取が推奨されます。むしろ栄養不良は予後を悪化させるため、適切な栄養管理が重要です。aska-pharma+2
⚠️ 維持療法
肝性脳症を一度発症した患者は再発リスクが高いため、ラクツロースやリファキシミンによる維持療法の継続が推奨されます。医師の指示に従った服薬継続が再発予防の鍵となります。aska-pharma+1
重症例では血漿交換療法や吸着式血液浄化法などで有害物質を除去することもあり、最終的には肝移植が根本的な治療となる場合もあります。doctorsfile