猫ひっかき病は、グラム陰性細菌であるバルトネラ・ヘンセレ(Bartonella henselae)を原因菌とする人獣共通感染症です。この細菌は主にノミを媒介として猫に感染し、猫の血液中に定着します。
感染メカニズムは以下の段階で進行します。
米国における調査では、飼い猫のバルトネラ・ヘンセレ抗体保有率は14~50%と報告されており、特に子猫での感染率が高い傾向にあります。興味深いことに、感染した猫の多くは無症状で経過するため、外見上は健康な猫からも感染のリスクがあることが重要な特徴です。
感染リスクが高い環境として、多頭飼育世帯、野良猫との接触機会が多い環境、ノミ対策が不十分な猫を飼育している家庭が挙げられます。医療従事者として、これらのリスクファクターを問診で確認することが診断の手がかりとなります。
猫ひっかき病の症状は「定型例」と「非定型例」に大別され、それぞれ異なる臨床経過を示します。
定型的な猫ひっかき病の症状
潜伏期間は通常1~2週間で、以下の症状が順次出現します。
リンパ節腫脹の分布は受傷部位により決まり、手指の外傷では腋窩リンパ節、下肢の外傷では鼠径リンパ節が腫脹します。約50%の症例で受傷から3~4週間後にリンパ節腫脹が認められ、時に化膿や自壊を呈することもあります。
非定型的な猫ひっかき病の症状
全身性感染を伴う非定型例では、以下のような多様な臨床像を示します。
これらの非定型症状は免疫機能が低下した患者で発生しやすく、AIDS患者や免疫抑制剤使用中の患者では特に注意が必要です。
猫ひっかき病の治療方針は患者の免疫状態と症状の重症度により決定されます。
免疫正常患者の治療
免疫機能が正常な患者では、多くの場合自然治癒が期待できるため、対症療法が基本となります。
抗菌薬療法の適応と選択
以下の場合に抗菌薬投与を検討します。
第一選択薬:アジスロマイシン
代替薬選択肢
なお、クラリスロマイシンは有効性が低いため推奨されません。治療効果は通常投与開始から1~2週間で認められ、症状に応じて投与期間を調整します。
免疫機能が低下した患者では、猫ひっかき病が重篤化し、致命的な経過をたどる可能性があるため、特別な管理が必要です。
高リスク患者群の特定
以下の患者では重症化リスクが高く、積極的な治療介入が必要です。
重症例の臨床像
免疫低下患者では以下のような重篤な合併症を呈することがあります。
治療プロトコル
免疫低下患者では早期からの抗菌薬投与が推奨されます。
治療反応性は健常者より劣るため、長期間の抗菌薬投与が必要となることが多く、副作用モニタリングも重要です。
予防策
免疫低下患者には以下の予防指導を行います。
医療従事者として、猫ひっかき病の予防から診断、治療まで包括的な対応が求められます。特に、見落としやすい非定型例や免疫低下患者での重症化を防ぐため、系統的なアプローチが重要です。
診断のポイント
猫ひっかき病の診断では以下の要素を総合的に評価します。
興味深いことに、猫ひっかき病患者の約10%は明確な猫との接触歴を認めないため、リンパ節腫脹の鑑別診断として常に考慮する必要があります。
医療現場での感染対策
医療従事者自身の感染予防も重要な課題です。
患者・家族への指導内容
効果的な予防には以下の指導が重要です。
医療機関での連携体制
猫ひっかき病の診療では以下の連携が効果的です。
現在、有効なワクチンは開発されておらず、予防が最も重要な対策となります。医療従事者は地域の獣医師会と連携し、飼い主への啓発活動を通じて感染予防に努めることが、公衆衛生上重要な役割といえるでしょう。
また、近年の都市部での猫飼育増加に伴い、今後も症例数の増加が予想されるため、適切な診断・治療技術の習得と最新知識のアップデートが医療従事者には求められています。
猫ひっかき病に関する詳細な診断・治療ガイドライン
MSDマニュアル プロフェッショナル版