後十字靭帯損傷を正確に診断するための徒手テストは、ポスタードロアーテストだけで十分と思っていると、見落とし率が30%を超えることがあります。
後十字靭帯(Posterior Cruciate Ligament:PCL)は、脛骨後面から大腿骨内顆の前方に向かって走行する靭帯で、膝関節の後方安定性を担う主要構造です。その太さは前十字靭帯(ACL)の約2倍とされており、断面積では平均38mm²前後と報告されています(ACLは約35mm²)。強度が高い分、損傷頻度は低いものの、損傷した際の機能障害は深刻になりやすいのが特徴です。
PCL損傷の主要なメカニズムは大きく2つです。1つ目は「脛骨上端への直接打撃」で、交通外傷における「ダッシュボード損傷」がその典型です。膝屈曲位での前方からの衝撃が脛骨を後方に押し込み、PCLが断裂します。2つ目は「過屈曲」で、スポーツ中の転倒や格闘技での膝着地などが該当します。つまり、外力の方向が後方に向かう場面が危険です。
PCLは前内側束(PMB)と後外側束(PLB)の2つの線維束から構成されています。前内側束は膝屈曲90°前後で最も緊張し、後外側束は膝伸展位で緊張するという特性があります。この2束の性質が、後述する徒手テストの角度設定と直結しています。角度の根拠を理解すれば、テストの精度を最大化できます。
損傷の重症度は以下の3段階に分類されます。
| グレード | 後方移動量 | 臨床的特徴 |
|---|---|---|
| Grade I | 0〜5mm | 脛骨前縁が大腿骨内顆より前方にある |
| Grade II | 5〜10mm | 脛骨前縁と大腿骨内顆がほぼ同レベル |
| Grade III | 10mm以上 | 脛骨前縁が大腿骨内顆より後方に落ち込む |
Grade IIIでは複合靭帯損傷(後外側支持機構や内・外側側副靭帯の合併損傷)を強く疑う必要があります。これが基本です。
ポスタードロアーテスト(Posterior Drawer Test:PDT)は、PCL損傷の評価において最も広く用いられる徒手検査です。感度は90%前後、特異度は99%と報告されており、単一のテストとしては非常に高い診断精度を誇ります。正確に実施できれば、これは使えます。
実施手順を以下に整理します。
注意すべき落とし穴があります。膝90°屈曲位で検査を開始する前に「サグサイン(後述)」の確認を怠ると、すでに後方に脱落した状態をゼロ点と誤認し、後方移動量を過小評価してしまいます。つまり、PDT単独では見落とすリスクがあるということです。
Rubinらの報告(2002年)では、PCL Grade II以上の損傷においてPDTの感度は97.7%に達する一方、Grade Iでは感度が下がる傾向があると指摘されています。軽度損傷ほど注意が必要ですね。
また、後外側支持機構(PLS)損傷を合併している場合、脛骨は後方かつ外旋方向に変位しやすくなります。この場合は、内旋位・中間位・外旋位の3方向でドロアーテストを施行し、どの回旋角度で最大移動量が出るかを確認することが推奨されます。
サグサイン(Posterior Sag Sign / Godfrey Sign)は、PCL損傷の有無を視覚的に把握できる定性的なテストです。股関節・膝関節をそれぞれ90°屈曲位に保持した状態で下肢を支え、脛骨が重力によって後方に落ち込む様子を確認します。見ればわかります。
健側と比較して脛骨前方輪郭の非対称性が明らかであれば陽性です。感度は79%程度と単独では高くありませんが、PDTとの組み合わせにより感度が実質的に補完されます。検査前のルーティンとして必ず確認することで、PDTの誤判定を防ぐ役割があります。
クアドリセプスアクティブテスト(Quadriceps Active Test:QAT)は、1984年にDanielらが報告した方法です。膝90°屈曲・背臥位の状態で患者に大腿四頭筋を等尺性収縮させると、PCL損傷眼では脛骨が前方に移動します(健側では動かない)。この前方移動が2mm以上で陽性とされ、感度54〜98%・特異度97〜100%と報告されています。
| テスト名 | 感度 | 特異度 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| ポスタードロアーテスト | 90〜98% | 99% | PCL損傷の第一選択 |
| サグサイン | 79% | 100% | Grade IIIで特に有効・視覚的確認 |
| クアドリセプスアクティブテスト | 54〜98% | 97〜100% | 筋収縮を利用・Grade II以上で有用 |
| ポスターラテラルドロアーテスト | 62% | 89% | PLS合併損傷の鑑別に使用 |
感度と特異度はトレードオフの関係です。臨床では「見落としを防ぎたい→感度重視(PDT)」「確定診断に近づきたい→特異度重視(サグサイン・QAT)」という使い分けが基本です。これらを組み合わせることで、単独テストの弱点をカバーできます。
参考:膝関節の評価に用いる各種テストの感度・特異度に関する系統的レビュー(英語文献ベース)として、以下の情報が参考になります。
理学療法学(J-STAGE):膝関節疾患の徒手テストに関する論文を多数掲載
PCL損傷の約60%は複合靭帯損傷を伴うと報告されています。単独損傷は少数派です。中でも後外側支持機構(Posterolateral Structure:PLS)との合併は特に注意が必要で、見落とすと術後成績に直結します。
PLSは解剖学的に以下の3構造が中心です:外側側副靭帯(LCL)・膝窩筋腱(Popliteus Tendon)・膝窩腓骨靭帯(Popliteofibular Ligament)。これらが損傷されると、外旋不安定性と後外側不安定性が生じます。PCL損傷のテストだけでは評価が不十分ということです。
PLS損傷を評価する代表的なテストを以下に整理します。
臨床上の重要ポイントは、PCLのドロアーテストと同時に必ずダイアルテストを組み合わせることです。特に膝30°でのダイアルテスト陽性は「PLSのみの損傷」を示し、保存療法か手術療法かの判断に直結します。判断を誤ると治療方針が変わります。
日本整形外科学会:膝靭帯損傷の解説ページ(診断・治療の概要を一般向けに整理)
徒手テストによる評価とMRI所見は、必ずしも一致しません。これは意外なポイントです。PCL損傷後の慢性期では、靭帯の瘢痕治癒が進み、徒手テストで後方不安定性が軽減されたにもかかわらず、MRI上では靭帯の形態異常が残存しているケースが存在します。逆に急性期では腫脹・疼痛によって十分な後方引き出しが行えず、PDTが偽陰性になるリスクがあります。
MRIのPCL損傷に対する感度は96〜100%、特異度は97〜100%と報告されており、形態評価としては非常に優れています。ただし、MRIは静的な形態評価であり、動的な不安定性(どの姿勢で・どの程度のルーズネスが生じるか)はストレスMRIや徒手テストでないと評価できません。つまり、MRIと徒手テストは役割が違います。
臨床的な使い分けの目安は以下です。
KT-2000(MEDmetric社製)を用いたPCL後方移動量の計測では、健側比較で3mm以上の差が臨床的に有意とされています。手術適応の判断基準としても用いられるため、徒手感覚だけに頼らない定量評価の習慣が重要です。数字で記録することが原則です。
なお、超音波(エコー)検査もPCL損傷の補助診断として活用されつつあります。リアルタイムで動態評価ができる点が利点ですが、PCLは深部に位置するため描出難易度が高く、熟練した技術が必要です。エコーはあくまで補助と考えるのが現時点では適切です。
日本整形外科スポーツ医学会(J-STAGE):膝靭帯損傷の診断・画像評価に関する論文を多数掲載
PCL損傷の治療後、どのタイミングでどのテストを再評価するかについては、明確なプロトコルを持っていない施設が少なくありません。記録の継続が予後を左右します。
保存療法の場合、PCL損傷は比較的治癒能力が高く、Grade I・IIの多くでは6〜12週程度の保存加療で後方不安定性が改善するとされています。しかし「痛みがなくなった=安定性が回復した」ではないため、段階的な徒手テストの再評価が必要です。
段階別の評価指標の目安を以下に示します。
複数の評価者が関わる場合は、記録様式の統一が重要です。「後方移動量◯mm・エンドフィール◯・サグサイン陽性/陰性・QAT陽性/陰性」の形式で毎回記録することで、経過の変化が可視化されます。これが継続評価の基本です。
PCLリハビリテーションで特に注意すべきは、膝屈曲90°前後での大腿後面筋群(ハムストリングス)の強化運動です。ハムストリングスの収縮は脛骨を後方に引く力を生じるため、PCL損傷後の急性期・亜急性期には禁忌とされる場合があります。代わりに大腿四頭筋中心の運動(セッティング・SLRなど)を優先することが基本的な戦略となります。禁忌を押さえることが安全管理に直結します。
日本理学療法士協会:膝関節疾患のリハビリテーションガイドライン・研修情報を掲載