iPS細胞由来心筋細胞シートの実用化研究は、2008年から大阪大学の澤芳樹教授と京都大学の山中伸弥教授の共同研究として始まりました。従来の心不全治療では、最終的に心臓移植やLVAD(補助人工心臓)が必要となる重症例が多く、根本的な治療法の開発が急務でした。
この状況を受けて、研究チームは再生医療のアプローチを選択。患者本人の心臓機能を改善させQOLの向上を目指すという観点から、細胞シート工学を応用した心筋再生医療の臨床応用を進めています。
🔬 技術的ブレークスルー
この技術は従来の筋芽細胞シートと比べて、均一な製品を大量生産できるメリットがあり、心筋細胞そのものを用いるため、さらなる心機能改善効果が期待されています。
2020年1月に第1例目の被験者にiPS細胞由来心筋細胞シートを移植して以来、着実に臨床試験が進行しています。2024年12月現在、計画されていた第3例目の被験者まで移植を完了し、3症例とも順調に推移していることが報告されています。
📊 臨床試験の詳細データ
項目 | 内容 |
---|---|
試験デザイン | 虚血性心筋症患者対象 |
予定被験者数 | 10症例 |
完了症例 | 8例(2023年まで)youtube |
経過状況 | 全例良好youtube |
特に注目すべきは、2025年7月に実施された症例です。この手術では、iPS細胞から作った心臓の細胞などをシート状にして重ね、重い心臓病の患者に移植する初めての手術として大きな注目を集めました。
実際の患者の声として、50代男性の症例では「最終的には心臓移植をするしかない」と医師に言われていたものの、臨床試験を受けた結果「すごく体が楽になって、やって良かったと実感が湧いた。ゴルフも18ホールまわれなかったのが普通にまわれるようになった」という劇的な改善が報告されています。youtube+1
iPS細胞由来心筋細胞シートの治療メカニズムは、主にパラクライン効果による心機能改善とされています。しかし、その効果は単純なパラクライン効果にとどまりません。
🧪 詳細なメカニズム解析
技術的特徴として、厚さ0.1ミリのシート状に加工された心筋細胞シートは、心臓のようにピクピクと動く特性を持っています。このシートを虚血性心筋症の患者の心臓表面に貼り付けることで、心臓の機能回復が期待されています。youtube
製造面では、京都大学で樹立された医療用のiPS細胞を用い、品質基準を満たした心筋細胞を事前に大量に作製・保存しておけるため、培養時間を大幅に短縮でき、緊急での使用も可能となっています。
2025年4月8日、大阪大学発ベンチャー企業「クオリプス」が厚生労働省に心筋細胞シートの製造・販売承認申請を行ったことが発表されました。これは世界初のiPS細胞を使う治療として注目されています。youtube
🏛️ 規制当局との連携状況
承認申請のタイミングについては、2024年秋にクオリプス社内で活発な議論が行われました。社長の草薙尊之氏と副社長の谷村忠幸氏の間で「早く申請を出そう」「当局との対話にもっと時間を」という異なる意見があり、最終的に慎重な検討を経て2025年4月の申請となりました。
既に関連技術として、自己筋芽細胞シートによる心不全治療が2015年に条件および期限付での製造販売承認を受けており(テルモ社ハートシート)、この実績が今回のiPS細胞由来製品の承認にも良い影響を与えると期待されています。
心筋シート実用化において、現在のパラクライン効果を中心とした治療から、より積極的な心筋組織再生への発展が期待されています。現在の研究では、細胞シート積層化により機能的な立体組織の構築実現や血管網付与技術の開発が進んでいます。
💡 独自の将来展望と課題
特に注目すべきは、深刻なドナー不足である我が国の移植医療において、一石を投じる治療法になる可能性があることです。有効な治療法の存在しない重症心不全に対する新しい治療となることで、医療現場に革命的な変化をもたらすと考えられています。
また、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援のもと進められている本研究は、再生医療実現拠点ネットワークプログラムの一環として、東京女子医科大学との連携も含めた総合的な研究開発体制が構築されています。