虚血とは、動脈血量の減少による局所的な貧血状態を指し、阻血や乏血とも呼ばれます。一般的な貧血(全身性貧血)と区別するため、「局所性貧血」という用語が使用されることもあります。虚血の本質は、特定の組織や臓器に必要量の血液が流入しない状態であり、血流が完全に遮断されることで組織の酸素欠乏が生じます。
参考)虚血 - Wikipedia
組織の細胞は血液が運搬する酸素を利用して好気性代謝によりエネルギーを産生していますが、虚血状態では血流低下により嫌気性代謝すらできなくなります。そのため低酸素状態よりも速やかに細胞壊死が進行し、組織の機能不全に陥ります。虚血が持続すると細胞の変性、萎縮、線維化が生じるため、早期の診断と治療介入が極めて重要です。
参考)虚血
虚血はその原因により、閉塞性虚血、圧迫性虚血、痙攣性虚血、代償性虚血の4つに大別されます。閉塞性虚血は動脈硬化や血栓による血管閉塞、圧迫性虚血は外部からの圧迫、痙攣性虚血は血管のれん縮、代償性虚血は他の部位への血流増加による相対的な血流減少が原因となります。
参考)虚血性心疾患
貧血は、血液中のヘモグロビン濃度が基準値以下に低下した状態として定義されます。世界保健機関(WHO)の基準では、成人男性で13.0g/dL未満、成人女性で12.0g/dL未満の場合に貧血と診断されます。貧血の本質は全身の酸素供給不足であり、これが様々な臨床症状を引き起こします。
参考)https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/article/10024/
貧血の症状は大きく3つに分類されます。第一に組織の酸素欠乏による症状として、めまい、立ちくらみ、頭痛、疲労感が生じます。第二に酸素不足を補うための生体の代償作用に基づく症状として、動悸や息切れが出現します。第三に赤血球量の減少による症状として、皮膚や粘膜の蒼白、爪の変形(スプーン状爪)が認められます。
参考)体がだるい、集中力低下は貧血かも!? - 漢方ライフ- 漢方…
貧血には複数の種類が存在し、最も頻度が高いのは鉄欠乏性貧血で全貧血の約7割を占めます。その他、再生不良性貧血、巨赤芽球性貧血(ビタミンB12や葉酸欠乏)、溶血性貧血などがあり、それぞれ原因と治療法が異なります。鉄欠乏性貧血以外の貧血は早期に専門的な医学的介入が必要となることがあるため、血液検査による鑑別診断が重要です。
参考)鉄剤だけじゃない!貧血治療で使われる薬の種類と選び方
虚血性疾患の代表例は心筋虚血と脳虚血であり、発生部位により症状が大きく異なります。心筋虚血は冠動脈の動脈硬化や血栓による狭窄・閉塞が原因で、心臓に血液を供給できなくなることで発生します。主症状は胸痛であり、胸の圧迫感や締め付けられるような痛みが特徴的です。また、あごや喉、肩、腕など広範囲に痛みが放散することがあります。
参考)虚血性心疾患|病気について|循環器病について知る|患者の皆様…
虚血状態が長期化すると心筋の機能低下により全身へのポンプ機能が障害され、息苦しさなどの心不全症状が出現します。重症例では血圧低下によるショック状態や、心室細動などの致命的不整脈を引き起こす可能性があります。心筋虚血の診断には心電図、心エコー、冠動脈造影などが用いられ、閉塞した冠動脈を一定時間内に再開通させることが治療の鍵となります。
参考)虚血性心疾患
虚血性腸炎は大腸の血流低下により生じる炎症性疾患で、突然の腹痛、下痢、血便が三徴候です。腸管への血流低下は血管側の要因(動脈硬化、血圧低下、微小血管のれん縮)と腸管側の要因(腸管内圧上昇、蠕動運動の亢進)が重なることで発症します。高血圧、糖尿病、心疾患、高脂血症などの基礎疾患を持つ患者が便秘や下痢をきっかけに発症することが多く、下行結腸で虚血が起こりやすい傾向があります。
参考)虚血性腸炎と貧血の関係性とは?症状や原因も解説します
一過性脳虚血発作(TIA)は一時的に脳への血流が途絶え、神経脱落症状が現れる発作です。片目の視力障害、片側の異常感覚や筋力低下、麻痺などが典型的症状ですが、24時間以内に症状が消失する点が脳梗塞と異なります。TIAは脳梗塞の前兆となることが多く、早期の診断と治療介入が脳梗塞の予防に重要です。
参考)302 Found
鉄欠乏性貧血は月経過多、消化管出血、妊娠、偏食などが原因でヘモグロビン生成に必要な鉄分が不足することで発症します。ゆっくりと進行する場合、生体の代償機構が働くため自覚症状が現れないこともありますが、組織の酸素欠乏は確実に進行しています。診断にはヘモグロビン値に加え、血清鉄、赤血球の大きさを示すMCV(平均赤血球容積)などが参考にされます。
参考)貧血とは?症状から治療法、自分でできる食事の改善方法まとめ …
再生不良性貧血は骨髄が赤血球を十分に産生できない疾患で、命に関わる可能性があります。免疫抑制剤や造血幹細胞移植などの専門的治療が早期に必要とされ、T淋巴細胞の異常活性化が発症の中核機構とされています。巨赤芽球性貧血はビタミンB12や葉酸の欠乏により生じ、菜食主義、消化吸収障害、アルコール依存などが原因となります。神経障害を伴うことがあるため、早期の栄養素補充が必要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10119731/
溶血性貧血は赤血球が通常より早く破壊される病態で、自己免疫、薬剤、遺伝などが原因です。自己免疫性溶血性貧血(AIHA)は自己抗体により赤細胞が破壊される疾患で、温式自己免疫性溶血性貧血が全体の60-70%を占めます。二次性貧血は癌、慢性腎不全、関節リウマチなどの基礎疾患が背景にあり、貧血治療だけでなく原疾患の治療が不可欠です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9808870/
東洋医学では貧血の多くを「血虚」として捉え、血の不足だけでなく脾胃の働きの低下、腎の衰弱、肝の造血機能低下なども原因と考えます。血虚は「心血虚」「肝血虚」「腎陰虚」「気血両虚」「腎陽虚」に分類され、それぞれに対応した漢方治療が行われます。西洋医学の貧血と東洋医学の血虚は似ているようで異なる概念であり、血虚では検査値が正常範囲でも身体症状が出現することがあります。
参考)https://pharmacist.m3.com/column/tcms/4197
虚血と貧血の最大の相違点は、虚血が特定組織への血流障害による局所症状を呈するのに対し、貧血は全身的な酸素供給不足による全身症状を呈することです。虚血は血管の狭窄や閉塞が原因であり、発症は比較的急性で、痛みなどの局所症状が顕著です。一方、貧血は慢性的に進行することが多く、めまい、倦怠感、動悸などの全身症状が主体となります。
参考)【血液専門医が解説】貧血の症状・診断・治療
診断アプローチも大きく異なります。虚血の診断には画像検査が中心となり、心筋虚血では心電図や冠動脈造影、脳虚血ではCTやMRI、虚血性腸炎では腹部CTや大腸内視鏡が用いられます。貧血の診断は血液検査が基本で、ヘモグロビン値、赤血球数、血清鉄、フェリチンなどを測定し、貧血の種類を鑑別します。
参考)大腸がん・虚血性腸炎・炎症性腸疾患
臨床現場で混同されやすいのが「脳貧血」です。これは医学的な貧血とは全く異なる病態で、正確には「脳虚血」に分類されます。脳貧血は起立時に重力の影響で脳への血流が減少し、一過性の意識消失や立ちくらみを起こす状態で、失神とも呼ばれます。血液中のヘモグロビン濃度とは無関係であり、思春期の女性に多く見られます。医療従事者は患者が「貧血で倒れた」と表現する場合、真の貧血なのか脳貧血(脳虚血)なのかを鑑別する必要があります。
参考)貧血と脳貧血の違いがわかりますか?
虚血性心疾患と貧血の合併も臨床上重要です。貧血による酸素運搬能の低下は心筋の酸素需要を増加させ、既存の冠動脈狭窄がある患者では心筋虚血を悪化させる可能性があります。また、虚血性心疾患患者では抗血栓療法による消化管出血のリスクがあり、二次性に貧血を発症することがあります。このような症例では両方の病態を同時に管理する必要があり、貧血の治療により心筋虚血の症状が改善することもあります。
参考)その疲れ、貧血が原因かも!正しく知って貧血対策
治療方針も根本的に異なります。虚血の治療は血流再開が最優先で、血栓溶解療法、経皮的冠動脈形成術(PCI)、バイパス手術などが選択されます。虚血性腸炎の多くは保存的治療で改善しますが、壊死や狭窄がある場合は外科的介入が必要です。一方、貧血の治療は原因に応じて異なり、鉄欠乏性貧血には鉄剤投与、ビタミン欠乏性貧血にはビタミン補充、再生不良性貧血には免疫抑制療法や造血幹細胞移植が行われます。
参考)虚血性腸炎
国立循環器病研究センター - 虚血性心疾患の詳細な病態と最新治療法についての専門的解説
こころみクリニック - 血液専門医による貧血の症状、診断、治療の包括的解説
日本心臓財団 - 虚血性心疾患の診断基準と治療ガイドライン