シリンジポンプは、注射器(シリンジ)に充填された薬剤・溶液を持続的に送液する装置です。この医療機器は、時間あたりの注入量を設定することで、設定通りの量を高精度で投与できる特徴を持っています。
基本的な動作原理:
シリンジポンプは輸液ポンプと比較して、カテコラミンや抗不整脈薬などの微量な薬剤を精密に注入できる点が大きな特徴です。注射器のプランジャーを一定速度で動かすことで、高精度に無脈流・定量での送液を実現しています。
医療用途以外にも、接着剤や銀、はんだペースト、グリス、薬液、液晶などの各種液体の吐出に利用され、生産現場の部品製造・組立ラインでも広く活用されている多用途な装置です。
日本医療機能評価機構の報告によると、シリンジポンプに関連する医療事故が継続的に発生しており、医療安全上の重要な課題となっています。
注射器交換ミスによる事故:
2020年1月から2024年6月までの間に、複数の薬剤をシリンジポンプで投与中に注射器の交換を誤り、「別の薬剤」の注射器を接続して投与してしまう事故が7件報告されています。これらの事故は、複数のシリンジポンプを同時に使用する際の確認不足や、薬剤管理の不備が主な原因となっています。
単位設定ミスによる過量投与:
2017年1月から2023年6月までの間に、シリンジポンプの「μg/kg/min」や「mg/kg/h」などの単位選択を間違えたため、意図しない流量で薬剤を投与してしまう事故が8件報告されています。特に麻酔薬や鎮静剤の過量投与は、患者の生命に直結する重大な問題となる可能性があります。
流量誤差の発生要因:
新潟大学病院からの報告では、シリンジポンプにおいて流量誤差が生じた事例が報告されています。低温環境下では、シリンジの動きが悪くなり(押子の摺動抵抗が増加)、閉塞警報が多発する原因となることが明らかになっています。
これらの事故を防ぐためには、ダブルチェック体制の徹底、薬剤ラベルの確認、適切な環境条件での使用が重要です。
シリンジポンプの安全な使用には、正確な操作手順の理解と実践が不可欠です。以下に基本的な操作手順を示します。
投与開始時の手順:
設定可能な単位と範囲:
重要な確認ポイント:
最新のシリンジポンプには薬剤ライブラリ機能が搭載されており、薬剤量の設定間違い防止に役立つ安全機能が強化されています。
サイフォニング現象は、シリンジポンプ使用時に発生する可能性のある重要な安全上の問題です。この現象は、重力の影響により意図しない薬剤の投与が発生する現象で、適切な理解と対策が必要です。
サイフォニング現象のメカニズム:
サイフォニング現象は、シリンジポンプをベッドよりも高い位置に設置した場合に発生します。重力により、シリンジ内の薬剤が点滴ラインを通じて患者に流入し、設定流量以上の薬剤が投与される危険性があります。
予防策の実践:
モニタリングの重要性:
シリンジポンプは点滴ラインの接続部のゆるみやはずれ、薬剤の血管外漏出などは検出できません。そのため、看護師による定期的な観察とモニタリングが不可欠です。
特に集中治療室や手術室など、複数のシリンジポンプを同時使用する環境では、各ポンプの位置関係と患者の体位変換時の対応に特別な注意が必要です。
看護師は、シリンジポンプの安全管理において中心的な役割を担っています。単なる操作者ではなく、患者安全の最後の砦として、高度な専門知識と判断力が求められます。
看護師に求められる専門性:
多職種連携における調整役:
看護師は医師、薬剤師、臨床工学技士との連携において重要な調整役を果たします。薬剤選択から投与方法、モニタリング計画まで、チーム医療の中核として情報共有と意思決定に参画する必要があります。
継続的な教育と技術向上:
医療技術の進歩に伴い、シリンジポンプも高機能化が進んでいます。TCI(Target Controlled Infusion)システムや薬剤ライブラリ機能など、新しい技術に対応するための継続的な学習が不可欠です。
インシデント分析と改善活動:
発生したインシデントやニアミスの分析を通じて、システム改善や手順見直しに積極的に関与することも、看護師の重要な専門的役割です。個人の技術向上だけでなく、組織全体の安全文化醸成に貢献する姿勢が求められています。
厚生労働省からも「輸液ポンプ等に関する医療事故防止対策について」の通知が発出されており、看護師には制度的な安全管理への対応も期待されています。