シリンジポンプの安全な使い方と医療事故防止対策

シリンジポンプは医療現場で重要な役割を果たしますが、誤った使用により重大な医療事故が発生する可能性があります。正しい操作方法と安全管理のポイントを理解していますか?

シリンジポンプの基本知識と安全管理

シリンジポンプの重要ポイント
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高精度な薬剤投与装置

微量薬剤を正確に持続投与する医療機器

⚠️
医療事故のリスク

設定ミスや操作エラーによる重大事故が報告されている

🔧
適切な管理と操作

正しい知識と手順による安全な使用が不可欠

シリンジポンプの基本構造と動作原理

シリンジポンプは、注射器(シリンジ)に充填された薬剤・溶液を持続的に送液する装置です。この医療機器は、時間あたりの注入量を設定することで、設定通りの量を高精度で投与できる特徴を持っています。

 

基本的な動作原理:

  • マイクロコンピュータ制御によりステッピングモーターを回転させポンプを駆動
  • モーターがスライダーを介してシリンジの押子を移動させ薬液を押し出す
  • 設定値は操作キーで入力し、液晶に表示されると共に内部メモリに記憶される
  • 内部電源(バッテリー)により停電時や患者移送時も継続投与が可能

シリンジポンプは輸液ポンプと比較して、カテコラミンや抗不整脈薬などの微量な薬剤を精密に注入できる点が大きな特徴です。注射器のプランジャーを一定速度で動かすことで、高精度に無脈流・定量での送液を実現しています。

 

医療用途以外にも、接着剤や銀、はんだペースト、グリス、薬液、液晶などの各種液体の吐出に利用され、生産現場の部品製造・組立ラインでも広く活用されている多用途な装置です。

 

シリンジポンプ使用時の医療事故事例と原因分析

日本医療機能評価機構の報告によると、シリンジポンプに関連する医療事故が継続的に発生しており、医療安全上の重要な課題となっています。

 

注射器交換ミスによる事故:
2020年1月から2024年6月までの間に、複数の薬剤をシリンジポンプで投与中に注射器の交換を誤り、「別の薬剤」の注射器を接続して投与してしまう事故が7件報告されています。これらの事故は、複数のシリンジポンプを同時に使用する際の確認不足や、薬剤管理の不備が主な原因となっています。

 

単位設定ミスによる過量投与:
2017年1月から2023年6月までの間に、シリンジポンプの「μg/kg/min」や「mg/kg/h」などの単位選択を間違えたため、意図しない流量で薬剤を投与してしまう事故が8件報告されています。特に麻酔薬や鎮静剤の過量投与は、患者の生命に直結する重大な問題となる可能性があります。

 

流量誤差の発生要因:
新潟大学病院からの報告では、シリンジポンプにおいて流量誤差が生じた事例が報告されています。低温環境下では、シリンジの動きが悪くなり(押子の摺動抵抗が増加)、閉塞警報が多発する原因となることが明らかになっています。

 

これらの事故を防ぐためには、ダブルチェック体制の徹底、薬剤ラベルの確認、適切な環境条件での使用が重要です。

 

シリンジポンプの正しい操作手順と設定方法

シリンジポンプの安全な使用には、正確な操作手順の理解と実践が不可欠です。以下に基本的な操作手順を示します。
投与開始時の手順:

  1. 患者説明と同意取得 - 不安や質問がないか確認
  2. 機器準備 - 注射箋で患者氏名・薬剤名・投与量をダブルチェック
  3. シリンジセット - 注射器のフランジをスリット部に適切にセット
  4. 押子固定 - 注射器の押子をスライダーのフックに確実に固定
  5. 流量設定 - 注射箋で流量を再確認
  6. フラッシュ実行 - 投与開始前に必ずフラッシュ(早送り)を実行
  7. 接続と開始 - 点滴ラインを接続し投与開始ボタンを押す

設定可能な単位と範囲:

  • mL/hモード:0.01~150.00mL/h
  • μg/kg/minモード:有効・無効設定可能
  • mg/kg/hモード:有効・無効設定可能
  • TCI(Target Controlled Infusion)モード:薬剤ライブラリ対応

重要な確認ポイント:

  • 電源投入後、表示画面に表示されるシリンジメーカー名と使用するシリンジのメーカーが一致することを確認
  • シリンジポンプの設置高さはベッドと同じ高さに設定する
  • 注射器の気泡除去を確実に行う(シリンジポンプには気泡検知機能がない)

最新のシリンジポンプには薬剤ライブラリ機能が搭載されており、薬剤量の設定間違い防止に役立つ安全機能が強化されています。

 

サイフォニング現象の理解と予防策

サイフォニング現象は、シリンジポンプ使用時に発生する可能性のある重要な安全上の問題です。この現象は、重力の影響により意図しない薬剤の投与が発生する現象で、適切な理解と対策が必要です。

 

サイフォニング現象のメカニズム:
サイフォニング現象は、シリンジポンプをベッドよりも高い位置に設置した場合に発生します。重力により、シリンジ内の薬剤が点滴ラインを通じて患者に流入し、設定流量以上の薬剤が投与される危険性があります。

 

予防策の実践:

  • 適切な高さ設定:シリンジポンプはベッドと同じ高さに設置する
  • 定期的な確認:移動や処置後は設置位置を再確認する
  • 逆血の防止:ベッドより低く設置すると逆血が起こる恐れがあるため注意
  • 点滴ラインの管理:接続部のゆるみやはずれを定期的にチェックする

モニタリングの重要性:
シリンジポンプは点滴ラインの接続部のゆるみやはずれ、薬剤の血管外漏出などは検出できません。そのため、看護師による定期的な観察とモニタリングが不可欠です。

 

特に集中治療室や手術室など、複数のシリンジポンプを同時使用する環境では、各ポンプの位置関係と患者の体位変換時の対応に特別な注意が必要です。

 

シリンジポンプ管理における看護師の専門的役割

看護師は、シリンジポンプの安全管理において中心的な役割を担っています。単なる操作者ではなく、患者安全の最後の砦として、高度な専門知識と判断力が求められます。

 

看護師に求められる専門性:

  • 薬理学的知識:投与薬剤の作用機序、相互作用、副作用の理解
  • 機器管理技術:シリンジポンプの構造、動作原理、トラブルシューティング
  • リスクアセスメント:患者状態に応じた投与方法の選択と安全性評価
  • 緊急時対応:機器故障や薬剤過量投与時の迅速かつ適切な対応

多職種連携における調整役:
看護師は医師、薬剤師、臨床工学技士との連携において重要な調整役を果たします。薬剤選択から投与方法、モニタリング計画まで、チーム医療の中核として情報共有と意思決定に参画する必要があります。

 

継続的な教育と技術向上:
医療技術の進歩に伴い、シリンジポンプも高機能化が進んでいます。TCI(Target Controlled Infusion)システムや薬剤ライブラリ機能など、新しい技術に対応するための継続的な学習が不可欠です。

 

インシデント分析と改善活動:
発生したインシデントやニアミスの分析を通じて、システム改善や手順見直しに積極的に関与することも、看護師の重要な専門的役割です。個人の技術向上だけでなく、組織全体の安全文化醸成に貢献する姿勢が求められています。

 

厚生労働省からも「輸液ポンプ等に関する医療事故防止対策について」の通知が発出されており、看護師には制度的な安全管理への対応も期待されています。

 

シリンジポンプの流量誤差事例に関する学術論文(医科器械学雑誌)