医療現場で「ハイリスク薬」と言うと、診療報酬の“算定対象薬剤”を思い浮かべがちですが、まず押さえるべきは安全管理の枠組みとしての定義です。厚生労働省の通知では、医療事故防止の観点から「特に安全管理が必要とされた医薬品(要安全管理医薬品)」を各施設で定め、手順書(医薬品業務手順書)の妥当性や運用状況を点検するよう求めています。
ポイントは、「国が一枚岩の“唯一の一覧”を固定している」というより、施設の採用品目・運用実態に合わせて、定義と手順を整えることが求められている点です。つまり、同じ“ハイリスク薬”という言葉でも、院内採用薬・診療科構成・オーダリングの仕様によって、実務上の管理対象は微調整が必要になります。
一方で、定義づけの根っこが曖昧だと、現場はこうなります。
このブレを減らすには、「要安全管理医薬品=ハイリスク薬として扱う範囲」を院内ルールで明文化し、職種横断(医師・看護師・薬剤師・事務)で同じ言葉を同じ意味で使うところから始めるのが、結局いちばん早いです。
【参考リンク(厚生労働省の通知PDF:名称類似による医療事故防止、要安全管理医薬品・手順書見直しの考え方)】
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000903771.pdf
現場で“一覧”を作るとき、もっとも共有しやすいのが治療領域(薬効群)による分類です。たとえば国立がん研究センター中央病院の整理では、投与時に特に注意が必要な治療領域として、抗悪性腫瘍剤、免疫抑制剤、不整脈用剤、抗てんかん剤、血液凝固阻止剤、ジギタリス製剤、テオフィリン製剤、カリウム製剤(注射薬)、精神神経用剤、糖尿病用剤、膵臓ホルモン剤、抗HIV剤などが挙げられています。
ここが重要なのは、「この領域は“注意を要する薬が集まりやすい”」という現場向けの地図になるからです。薬剤名を全部覚えなくても、領域から“危ないポイント”が予測できます。たとえば以下のようなイメージです。
この“領域別の地図”は、病棟や外来の申し送りに強いです。なぜなら、薬剤名が一瞬で出てこなくても「糖尿病薬だから低血糖確認」「抗凝固薬だから出血確認」という形で、聞くべき項目がすぐ立ち上がるからです。
【参考リンク(ハイリスク薬の分類:治療領域・性質の整理がまとまった定義PDF)】
https://www.ncc.go.jp/jp/ncch/division/pharmacy/040/formulary/docs/high-riskteigi.pdf
治療領域だけで一覧を作ると、どうしても漏れが出ます。そこで効くのが「性質」による拾い上げです。定義の整理では、たとえば次のような観点が並びます(言い換えると、医療事故が起きやすい“構造”の分類です)。
この分類の良いところは、薬剤師だけでなく看護師・医師にも直感的に通じる点です。薬剤名の知識差があっても、「Unit製剤=単位ミス」「休薬期間=カレンダー管理」「定期検査=検査値がなければ止める判断」など、業務設計に落とし込みやすい。
意外に現場で効くのが、「休薬期間」カテゴリです。抗がん剤だけでなく、週1投与・隔週投与・クール制など、“患者が自宅で管理する期間”が含まれると、処方そのものは正しくても飲み方で事故が起きます。だからこそ、一覧の中で「休薬あり」「服薬期間が固定」「飲み間違い時の対応」をアイコン化して見える化すると、紙の一覧でも電子の一覧でも効果が出ます。
ハイリスク薬の事故は「難しい薬理」より、「名前・見た目・選択UI」で起きることがあります。厚生労働省の通知では、販売名の類似性による取り違え事故防止のため、医薬品の採用状況の再確認、手順書の見直し、疑義照会の徹底、そしてオーダリング等の病院情報システム上の工夫(表示方法や警告表示など)を求めています。
ここは上司チェックで突っ込まれやすい実務論なので、具体策を“そのまま院内提案に使える形”でまとめます。
「一覧を作る」だけなら誰でもできますが、「一覧が事故を減らす」状態にするには、UIと運用に踏み込む必要があります。とくに夜間・休日は、経験豊富なスタッフが薄くなりがちなので、システム表示と手順書が“新人でも迷いにくい”設計になっているかが勝負です。
【参考リンク(厚生労働省の通知PDF:名称類似薬の取り違え防止、疑義照会、オーダリング表示工夫の方針)】
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000903771.pdf
検索上位の記事は「一覧」「定義」「加算」「服薬指導」に寄りがちですが、医療安全の観点で“差がつく”のは、一覧の運用設計です。ここでは、現場で見落とされやすいのに効き目が大きいポイントを、あえて独自視点として整理します。
まず、一番ありがちな失敗は「一覧が更新されない」ことです。新薬採用、後発品への切替、供給不安による銘柄変更が起きると、名称類似や包装類似のリスクが増えます。にもかかわらず、一覧が古いままだと、現場は“安心材料”として一覧を参照しているつもりで、実際にはリスクを見逃す方向に働きます。
次に、「一覧の粒度」の問題があります。薬剤名だけ並べても、忙しい現場では見ません。役に立つ一覧は、最低限これを持っています。
教育面では、「年1回の研修」より「短い反復」が効きます。たとえば、病棟で月1回、5分だけ“今月のハイリスク薬ワンポイント”を回す。内容は「今月採用された薬」「ヒヤリ・ハットで多かったパターン」「名称類似の注意」など、現場の実例に寄せると定着します。
監査(チェック)の入れ方も工夫できます。おすすめは、監査を“罰”ではなく“一覧改善の材料”にすることです。
最後に、意外と重要なのが「一覧の置き場所」です。紙のファイルに入れて薬剤部だけに置くより、電子カルテ内の共通フォルダ、病棟端末のショートカット、薬剤棚のQRコードなど、“必要な瞬間に1手で開ける導線”にすると、一覧の参照回数が一気に増えます。参照回数が増えると、現場からのフィードバックが増えて、一覧が“育つ”ようになります。
このように、ハイリスク薬一覧は「作成」より「運用」が本番です。定義(何を含めるか)→分類(どう見せるか)→表示(どう選ばせるか)→教育(どう浸透させるか)→更新(どう維持するか)までつなげて初めて、医療安全のツールとして機能します。