デュピルマブ開始後にTARC値が一時的に上昇する患者が約3割います。
TARCとは、Thymus and Activation-Regulated Chemokineの略称で、正式な遺伝子名はCCL17(C-Cモチーフケモカインリガンド17)です。胸腺や活性化した樹状細胞、ケラチノサイトから産生されるタンパク質で、Th2型リンパ球のCCR4受容体に結合し、炎症部位へTh2細胞を呼び寄せる役割を担います。つまりTARCは炎症の「集合命令」を出す物質です。
アトピー性皮膚炎(AD)では、皮膚バリア機能の破綻をきっかけにTh2系免疫応答が過剰に活性化され、TARCが大量に分泌されます。この点が、TARCをADのバイオマーカーとして活用できる根拠になっています。健常成人の血清TARC濃度は通常450 pg/mL未満ですが、中等症〜重症ADでは数千〜数万 pg/mLに達することも珍しくありません。
測定方法はELISA法が標準で、採血後の血清を用います。日本では2008年から保険収載されており、アトピー性皮膚炎の重症度評価として臨床に広く普及しています。ケモカインとしてのTARCの発見は1997年(Imai et al.)にさかのぼり、比較的新しい指標です。意外ですね。
他の疾患でもTARCが上昇する場合があります。成人T細胞白血病(ATL)や菌状息肉腫などのT細胞リンパ腫でも高値を示すことがあるため、皮膚科以外の診療科でも意識しておくべき指標です。ATLではTARC値が100,000 pg/mLを超えるケースも報告されており、ADとの鑑別に有用な情報として押さえておく価値があります。
参考:日本皮膚科学会によるアトピー性皮膚炎診療ガイドライン(バイオマーカーの位置づけに関する記述あり)
日本皮膚科学会 アトピー性皮膚炎診療ガイドライン(公式)
TARC値の解釈は、単純に「高い・低い」で判断するのではなく、重症度スコアと照らし合わせて行うのが基本です。日本の保険診療では以下の目安が広く使われています。
ただし、TARC単独での重症度判定には限界があります。たとえば、乾癬や接触性皮膚炎が合併している患者ではTARCが過小評価されることがあり、逆にステロイド外用後の採血タイミングによっては見かけ上の低値が出るケースもあります。TARC値と皮疹の整合性が取れないときは要注意です。
臨床現場では、IGA(Investigator Global Assessment)スコアやEASI(Eczema Area and Severity Index)スコアとTARCを組み合わせて評価するのが標準的な手法です。EASI 16以上の中等症以上の患者では、TARCが2,500 pg/mLを超える傾向が報告されており、この相関性がTARCの有用性を支えています。数字で客観的に評価できるのは大きなメリットです。
小児のTARC基準値は成人と異なる点にも注意が必要です。健常小児ではTARCが成人より高値を示すことが知られており、特に乳幼児期(0〜2歳)では正常上限が700〜1,000 pg/mL程度とされています。成人の基準値をそのまま小児に当てはめると過大評価になるため、年齢別の参考値を確認する習慣が求められます。
TARCの血清測定は、アトピー性皮膚炎の重症度評価として保険適用されており、診療報酬点数は230点(2024年度改定時点)です。算定できる条件には明確なルールがあります。
月1回の算定制限は見落としやすいルールです。電子カルテの検査オーダーシステム上で自動チェックが入らない施設も存在するため、手動での確認が必要な場合があります。月をまたいで2回算定するケースは問題ありませんが、同月内の重複は返戻・査定の対象になります。算定月の管理が条件です。
また、2020年の診療報酬改定以降、デュピルマブ(デュピクセント®)などの生物学的製剤を使用中のAD患者においても、治療効果のモニタリング目的で月1回の算定が認められています。この点は比較的新しいルール変更で、見落としている医療機関もあります。これは使えそうです。
レセプト請求の際は、診療録にTARC測定の医学的必要性を記載しておくことが推奨されます。特に高額になる生物学的製剤使用患者では、審査支払機関からのコメント照会(問い合わせ)が来ることもあるため、測定値と臨床状態の整合性を記録に残す習慣が重要です。
これは医療従事者でも見落としがちな重要な知識です。デュピルマブ(IL-4/IL-13受容体拮抗薬)を投与開始した患者の約30%において、投与初期(2〜4週間)にTARC値が一時的に上昇することが報告されています。治療が効いていないのではと慌てる前に、この現象を知っておくことが大切です。
このTARC上昇の機序には諸説ありますが、有力な説としては「デュピルマブがIL-4Rαをブロックすることで皮膚炎症部位からの細胞動員パターンが変化し、一過性にCCL17産生が増加する」という仮説が挙げられています。実際には治療有効例でも見られる現象であり、皮疹は改善しているにもかかわらずTARCが上昇しているという「乖離」が生じます。意外なことに、TARC上昇が見られた患者群でも12週後には明確な低下を示すケースが多いです。
臨床的な対応としては、投与開始後4〜6週時点のTARC値を単独で判断せず、IGA・EASIスコア・患者の自覚症状(かゆみVASスコアなど)と総合的に評価することが推奨されます。TARC値だけで治療継続を判断すると誤った結論につながるリスクがあります。これはTARC測定の最大の落とし穴の一つです。
投与12週以降、多くの有効例ではTARCは基準値(450 pg/mL未満)に近い水準まで低下します。一方で、12週を超えてもTARCが2,000 pg/mL以上を維持している場合は、治療反応不良の指標として再評価の契機とすることが実践的な判断基準です。
参考:デュピルマブ治療中のバイオマーカー変動に関する臨床研究データ(国内のアレルギー・皮膚科学会誌)
アレルギー誌(J-STAGE)- 国内アレルギー関連研究の査読論文データベース
TARCはアトピー性皮膚炎の有用なバイオマーカーですが、万能ではありません。いくつかの重要な測定上の注意点を把握しておくことが、誤った臨床判断を防ぐ鍵になります。
まず、採血タイミングの問題があります。外用ステロイド薬やタクロリムス軟膏を大量に使用した直後は、TARC値が一時的に低下することがあります。特に入院中の集中治療後に採血するとTARCが見かけ上の改善を示し、実態より軽症に評価されるリスクがあります。採血前の治療状況の確認が原則です。
次に、感染症合併時の解釈です。アトピー性皮膚炎患者はカポジ水痘様発疹症(KVE)や皮膚の黄色ブドウ球菌感染を起こしやすく、感染症活動期にはTARCが急上昇します。このとき「ADが悪化した」と判断してしまうと、必要な抗菌・抗ウイルス治療が後手に回ります。TARCが急上昇した際は感染の有無を先に確認する習慣が重要です。
また、TARC値は人種差があるという研究報告も存在します。日本人のAD患者データから設定された基準値(450 pg/mL)を欧米の患者にそのまま適用することの妥当性については、現在も議論が続いています。逆に、日本以外で発表された臨床試験のTARCカットオフ値をそのまま国内臨床に転用する場合も注意が必要です。
最後に、TARC以外のバイオマーカーとの使い分けも意識しておきましょう。LDH(乳酸脱水素酵素)は炎症全般を反映しますが特異性が低く、IgE(総IgEおよびアレルゲン特異的IgE)はアレルギー素因の評価に有用です。これらをTARCと組み合わせることで、より精度の高い重症度評価と治療モニタリングが可能になります。複数指標を組み合わせるのが基本です。
参考:血清TARCの臨床的意義と測定上の注意点に関する情報(検査会社SRL・BMLの検査案内)
SRL検査項目情報 - TARC(CCL17)測定の臨床的意義・基準値・注意事項を確認できる