臓器売買は世界各地で深刻な人権侵害を引き起こしている。特に発展途上国では、経済的困窮者が生活費のために腎臓などの臓器を売却する事例が後を絶たない。
実際の臓器売買では、腎臓が2500~3500ドルで買い取られる一方、移植希望者は10万~20万ドルを支払うという大きな価格差が存在する。この差額は仲介業者の利益となっており、提供者への搾取構造が明確に現れている。
モルドバなどの貧困国では、3000ドルが10年分の収入に相当するため、多くの人が生活苦から臓器提供を選択せざるを得ない状況にある。しかし、提供者は粗悪な治療を受けた後、適切な術後ケアもないまま過酷な労働に戻らなければならず、健康被害は深刻だ。
日本においても2006年に宇和島臓器売買事件が発生した。内縁の妻を仲介役として、借金を抱えた女性から腎臓の提供を受けた事件で、「借金に300万円を上乗せして渡す」という虚偽の約束で誘導された典型的な搾取事例である。
日本では1997年に施行された臓器移植法により、臓器売買は厳格に禁止されている。違反者には5年以下の懲役または500万円以下の罰金という重い刑事罰が科される。
この法的禁止の倫理的根拠は、主に以下の3点に集約される:
世界保健機関(WHO)や国際移植学会も「移植ツーリズムの阻止に関するイスタンブール宣言」を採択し、臓器売買を人類に対する犯罪として位置付けるよう各国に求めている。
臓器売買の根本原因は、移植可能な臓器の慢性的な不足と社会経済格差にある。何千人もの患者が移植待ちで死亡する一方で、経済的困窮者が生存のために臓器を売却するという悲劇的な構造が存在する。
途上国では親が金品を得るために子どもを臓器売買組織に売り渡すケースすら報告されている。このような状況は、単なる個人の選択ではなく、貧困と格差という社会構造的問題が背景にある。
パレスチナの囚人が子どもを養うために腎臓の売却を検討した事例では、「貧困と臓器売却の選択は真の自由意志ではなく、社会的強制である」という倫理的問題が指摘されている。
国際的な臓器不足は移植ツーリズムを誘発し、先進国の患者が途上国で違法な臓器移植を受ける現象も深刻化している。これは医療における国際的不平等を拡大させる要因となっている。
医療従事者は臓器売買に関与した患者への対応において、複雑な倫理的ジレンマに直面する。日本では海外で違法な臓器移植を受けた患者への診療拒否が増加しており、医療機関は以下の対応方針を明確化している:
診療拒否の対象となるケース。
一方で、診療拒否は患者の生命に関わる問題でもあり、「患者を見捨てることが医療倫理に反する」という観点からの議論もある。医療従事者には以下の責務が求められる:
従来の禁止一辺倒のアプローチに加え、**「規制された臓器市場」**という新たな解決策が一部の研究者から提案されている。この提案では、現在の違法な臓器売買の非人道性を排除し、適切な規制下で臓器提供に対価を支払う制度の検討が行われている。
しかし、このような提案に対しても以下の問題点が指摘されている:
医療従事者による予防的アプローチとして、以下の取り組みが重要である。
医療現場では、個々の医療従事者が臓器移植の倫理的問題について深く理解し、適切な判断基準に基づいて行動することが不可欠である。臓器売買という複雑な問題に対し、医療倫理の原点に立ち返った対応が求められている。