丁寧に洗いすぎると皮膚炎発症リスクが2倍になります。
IAD(Incontinence-Associated Dermatitis:失禁関連皮膚炎)とは、尿や便による皮膚への慢性的な刺激で生じる刺激性接触皮膚炎の一種です。成人用おむつ使用者のうち30〜50%にIADが発症すると報告されており、医療・介護現場では決して珍しくない問題です。
発症には主に3つの要因が重なることで起こります。
IADが進行すると、発赤からびらん・疼痛へと悪化し、最終的には褥瘡の発症リスクまで高まります。つまりIADと褥瘡は互いに影響し合う関係です。
見落とされやすい落とし穴が「便失禁と尿失禁の複合型(混合失禁)」です。便失禁単独と比較して、混合失禁ではIAD発症率が約3倍に跳ね上がるというデータがあります。これは重要です。ケア計画を立てる際は、まず失禁の種類(薬剤性・機能性・溢流性など)と頻度を正確にアセスメントすることが原則です。
日本創傷・オストミー・失禁管理学会(JWOCM)ではIADに関するガイドラインを公開しています。失禁管理の根拠となる文献が揃っているため、一度確認しておくことをお勧めします。
日本創傷・オストミー・失禁管理学会(JWOCM)公式サイト:IADを含む失禁ケアのガイドラインと文献が掲載されています
IAD予防の中核は「洗浄→保湿→保護」の3ステップです。この順番が条件です。
まず洗浄について見ていきましょう。使用する洗浄剤のpHは皮膚の弱酸性(pH4.5〜6.0)に近いものを選ぶことが推奨されています。市販の一般的な石けんはpH9〜10とアルカリ性が強く、皮膚常在菌のバランスを崩し、バリア機能の回復を遅らせます。弱酸性の泡状洗浄剤を使うことで、洗浄時間を短縮しながら摩擦刺激を同時に減らすことができます。
次に保湿です。洗浄後の皮膚はバリア機能が一時的に低下しています。ヘパリン類似物質含有クリームやワセリンベースの保湿剤を薄く塗布することで、経皮水分蒸散量(TEWL)の増加を抑制できます。
保護のステップでは、撥水性の皮膚保護クリーム(亜鉛化軟膏・ジメチコン配合製品など)を使い、尿・便が皮膚に直接触れるのを防ぐ「保護膜」を形成します。これが最後の砦です。
撥水クリームは「多く塗るほど効果が高い」と誤解されることがありますが、厚塗りは通気性を損ない蒸れを引き起こし逆効果になります。パール1粒分(約0.3g)を目安に薄く均一に塗布するのが基本です。
Mindsガイドラインライブラリ:皮膚・褥瘡ケアに関するエビデンスベースのガイドライン確認に活用できます
製品選択に迷う医療従事者は少なくありません。IAD予防に使われる製品は大きく4カテゴリに分類できます。
| カテゴリ | 代表製品例 | 主な用途 |
|---|---|---|
| 弱酸性泡状洗浄剤 | ペリネアルウォッシュ、セキューラCL | pH調整しながら洗浄 |
| 皮膚保湿剤 | ヒルドイドソフト、白色ワセリン | バリア機能の補修・維持 |
| 皮膚保護クリーム | セキューラPO、3M™キャビロン™ノンスティングバリアクリーム | 撥水・保護膜の形成 |
| 皮膚被膜剤(液体・スプレー) | 3M™キャビロン™ポリマーコーティングクリーム、スキナゲート | 短時間での強力な保護 |
便失禁が頻繁(1日5回以上)な場合は、皮膚被膜剤が特に有効です。ポリマー成分が72〜96時間にわたって皮膚表面に密着し、頻回な洗浄でも保護膜が維持されるためです。意外ですね。
一方で、浮腫のある皮膚や老人性皮膚など脆弱な皮膚には注意が必要です。被膜剤が剥がれる際に表皮剥離(スキン-テア)を引き起こすリスクがあります。皮膚の脆弱性が高い患者には、はがれにくい保湿重視のクリームタイプを優先することが推奨されます。
製品の施設統一も見逃せない視点です。製品が統一されていない施設では、スタッフごとに使用方法がバラバラになり、ケアの質に大きなばらつきが生まれます。製品統一と手順書の整備が条件です。施設内で使用製品と塗布量・頻度を明文化した「IAPケアバンドル」として運用すると、ケアの標準化を効率よく進められます。
IADの重症度を客観的に評価するには、標準化されたスケールの活用が欠かせません。現場でよく使われるのが「IAD-IT(IAD Intervention Tool)」や「IADSスコア(IAD Severity Score)」です。
IADSスコアでは以下の4項目を評価します。
スコアを定期記録することで、ケアの効果を客観的に追跡できます。これは使えそうです。
「見た目で重症度を判断する」というアプローチをとる施設もありますが、主観的評価だけでは担当者間のばらつきが大きくなります。実際、同一患者のIADを5名の看護師が評価した研究では、重症度の判定が最大2段階ずれるケースが全体の約40%に及んだという報告があります。厳しいところですね。
スケール導入の際は、紙ベースではなく電子カルテへの組み込みを検討すると記録漏れを防ぎやすくなります。ある施設の導入事例では、スケール使用開始から3か月でIAD重症化率が28%低下したというデータが報告されています。アセスメントは72時間ごとの定期評価が推奨されており、72時間という間隔が基本です。
日本褥瘡学会公式サイト:褥瘡・IAD関連のガイドラインと評価スケールのリソースが確認できます
IAD予防というとスキンケアに意識が向きがちです。しかし実は、排泄管理と体位変換の組み合わせがIAD発症率に直接影響することは、あまり注目されていません。
排泄管理の観点では、食事・水分摂取量と排便パターンの記録が重要です。下痢便はpHが高く消化酵素が豊富なため、正常便と比べてIAD発症リスクが約5倍高いとされています。整腸剤の使用や食物繊維の摂取調整によって便性状を整えるだけで、IAD発症リスクを大幅に下げることが可能です。食物繊維の目標摂取量は成人で1日20〜25gが目安です。
体位変換との関係も見逃せません。仰臥位が長時間続くと、会陰部〜殿部への局所圧迫と湿潤が重なります。2時間ごとの体位変換は褥瘡予防として知られていますが、IAD予防にも同じリズムが有効です。つまり、褥瘡とIADの予防を同時に達成できます。
さらに、日中の活動量を少しでも増やすことが皮膚の換気を促し、IAD発症リスクを下げるというエビデンスもあります。ベッドサイドでの端座位の時間を1日合計30分増やすだけで、会陰部の湿潤時間が有意に短縮されたという報告があります。リハビリとIAD予防を統合したアプローチが重要です。
排泄・体位・スキンケアを一体化したケアアプローチが原則です。担当看護師だけでなく、リハビリスタッフや管理栄養士との多職種連携がIAD予防の質を左右します。各職種が「IAD予防」という共通目標を持ったうえでケアを組み立てることが、重症化ゼロへの近道になります。
国立長寿医療研究センター:高齢者の排泄ケア・フレイル予防に関する研究情報を参照できます