ブラキシズムの症状と治療方法:歯ぎしりと食いしばりの専門的対策

ブラキシズムは無意識に行われる歯ぎしりや食いしばりを指し、歯や顎関節に深刻な問題を引き起こします。この記事では専門家視点からブラキシズムの症状と効果的な治療法を解説します。あなたや患者さんはどのような対策を取るべきでしょうか?

ブラキシズムの症状と治療方法

ブラキシズムの基本情報
🦷
定義

無意識に行う歯ぎしりや食いしばりなどの習癖の総称

🔍
主な種類

グラインディング(歯ぎしり)、クレンチング(食いしばり)、タッピング

⚠️
影響

歯の摩耗、顎関節症、頭痛、被せ物の破損など多岐にわたる

ブラキシズムとは:歯ぎしりと食いしばりの基礎知識

ブラキシズムは、無意識のうちに行われる歯ぎしりや食いしばりなどの口腔内習癖の総称です。専門的には、睡眠時や覚醒時に咀嚼筋の異常緊張により非機能的に上下の歯を接触させる異常機能習癖と定義されます。日常生活において必要のない歯の接触が、歯や顎に負担をかけ続ける状態です。

 

ブラキシズムは主に以下の3種類に分類されます。

  • グラインディング:上下の歯をギリギリと擦り合わせる習癖で、一般的に「歯ぎしり」と呼ばれるものです。主に睡眠中に発生し、音を伴うため家族から指摘されることが多いです。
  • クレンチング:上下の歯を強く噛みしめる習癖で、「食いしばり」「噛みしめ」とも呼ばれます。音が出にくいため自覚しづらく、日中・夜間問わず発生します。
  • タッピング:上下の歯をカチカチと連続的に打ち鳴らす習癖です。他の2つと比較して発生頻度は低いとされています。

興味深いのは、1日のうち上下の歯が接触しているのが正常な状態では約15分程度とされていることです。本来、安静時には「上下の歯は少し開いている、舌は上顎に置いてある、唇は閉じている」状態が正しい位置関係なのです。

 

ブラキシズムの背景には複数の要因がありますが、ストレスや緊張、睡眠障害、不正咬合(歯並びの問題)などが挙げられます。また、カフェインやアルコール、喫煙なども影響すると考えられています。

 

ブラキシズムの症状:顎関節症から頭痛まで広がる影響

ブラキシズムによって引き起こされる症状は多岐にわたり、口腔内に限らず全身に影響を及ぼす可能性があります。特に注意すべきは、自覚症状がないまま進行することが多い点です。

 

口腔内の症状:

  • 歯の異常な摩耗(すり減り)
  • 歯の亀裂や破折
  • くさび状欠損(歯の根元にできるV字型のへこみ)
  • 知覚過敏(冷たいものがしみる)
  • 詰め物や被せ物の頻繁な破損や脱離
  • 歯周病の進行促進
  • 歯の動揺(ぐらつき)
  • 歯肉退縮
  • 骨隆起(歯ぐきの硬い隆起)

顎関節および周辺の症状:

  • 顎関節症(顎を動かす際の痛みや音)
  • 開口障害(口を大きく開けられない)
  • 朝起きた時の顎の疲労感やこわばり
  • クローズドロック(突然口が開かなくなる状態)

全身への影響:

  • 慢性的な頭痛(特に緊張性頭痛)
  • 肩こり
  • 首の痛み
  • 耳鳴り
  • 全身の倦怠感
  • 睡眠の質低下

通常、健康な人では顎の最大開口量は約40mm(人差し指から薬指までの3本を縦にして口に入れられる程度)あるとされますが、顎関節症が進行すると開口量が著しく減少します。

 

また、ブラキシズムによる咬合力は通常の咀嚼時と比較して非常に大きくなることがあります。睡眠時ブラキシズムでは約22.5kgfから81.2kgfに及ぶとの報告もあり、これが長期間続くことで歯や顎に大きなダメージを与えます。

 

セルフチェックとして、頬の内側や舌に歯型の跡が残っていないか、朝起きた時に顎に疲労感があるか、肩こりや頭痛が慢性的でないかなどを確認することで、自身のブラキシズムの兆候を知ることができます。

 

ブラキシズムの治療方法:マウスピースからボツリヌス治療まで

ブラキシズムの治療は、その原因や症状の程度によって異なりますが、現在のところ単一の確実な治療法は確立されていません。そのため、複合的なアプローチが一般的です。主な治療法は以下の通りです。
1. スプリント療法(マウスピース治療)
最も一般的な治療法で、「ナイトガード」とも呼ばれます。就寝中に装着するマウスピースにより、歯や顎関節にかかる力を緩和します。

 

  • 効果:歯のすり減りや破折の予防、詰め物・被せ物の保護、知覚過敏の予防
  • 種類:ソフトタイプとハードタイプ(スタビライゼーションスプリントなど)
  • 特徴:多くの場合、保険適用内で作製可能
  • エビデンス:日本補綴歯科学会の診療ガイドラインでは、短期間のイベント数減少に対してスタビライゼーションスプリント療法が弱く推奨されています

2. 認知行動療法と生活習慣の改善

  • 日中の歯の接触の意識化と改善
  • ストレス管理技術の習得
  • 睡眠環境の改善(寝る姿勢、寝具の調整)
  • カフェインやアルコール摂取の制限
  • 規則正しい生活リズムの確立

3. ボツリヌス療法(ボトックス注射)

  • 咬筋にボツリヌストキシンを注入し、筋肉の働きを弛緩させる治療法
  • 効果は一時的(約3~6ヶ月)で徐々に元に戻るため、継続的な治療が必要
  • 歯ぎしりや食いしばりの力を物理的に弱める効果がある

4. その他の治療法

  • 咬合調整:不正咬合が原因の場合、歯科医院での調整や矯正治療
  • 薬物療法:筋弛緩薬や抗不安薬などの処方(特定のケースのみ)
  • バイオフィードバック療法:筋肉の緊張を視覚や聴覚情報として提示し、自己制御を促す方法

治療の選択においては、患者の症状や原因、生活環境などを総合的に評価することが重要です。多くの場合、単一の治療法だけでなく、複数のアプローチを組み合わせることで効果が期待できます。

 

日本補綴歯科学会の「ブラキシズムの診療ガイドライン」では、治療法の有効性に関する詳細なエビデンスが紹介されています

ブラキシズムと睡眠の質:相互作用と包括的アプローチ

ブラキシズムと睡眠の質は密接に関連しており、相互に影響し合う関係にあります。この観点は一般的な治療アプローチでは見落とされがちですが、包括的な管理において重要な側面です。

 

睡眠時ブラキシズムは、睡眠の各段階、特にレム睡眠と非レム睡眠の移行期に頻発することが知られています。興味深いことに、睡眠時無呼吸症候群(OSAS)との合併も多く報告されており、これらの患者では歯ぎしりが無呼吸後の気道確保のメカニズムとして機能している可能性も指摘されています。

 

睡眠の質がブラキシズムに与える影響

  • 不十分な睡眠は筋肉の緊張を高め、ブラキシズムを悪化させる傾向がある
  • 睡眠中の姿勢(特にうつぶせや横向き)が顎に圧力をかけ、症状を悪化させる可能性がある
  • 睡眠環境(寝具の状態、室温、騒音など)が睡眠の質とブラキシズム両方に影響する

逆に、ブラキシズムが睡眠の質に及ぼす影響

  • 歯ぎしりの音が本人や家族の睡眠を妨げる
  • 顎の疲労感や痛みが快適な睡眠を阻害する
  • マイクロアラウザル(微小覚醒)を引き起こし、深い睡眠を妨げる

この相互作用を考慮すると、ブラキシズムの治療には睡眠の質の改善も含めた包括的なアプローチが必要です。

  1. 睡眠姿勢の最適化:仰向けで寝ることを心がけ、適切な枕の高さを調整する
  2. 睡眠環境の改善:快適な寝室環境(温度、湿度、照明、騒音)を整える
  3. 睡眠衛生の実践:就寝前のルーティンを確立し、電子機器の使用を制限する
  4. 併存する睡眠障害の評価と治療:特に睡眠時無呼吸症候群の可能性がある場合は専門医への相談が重要

また、睡眠時ブラキシズムがある患者に対しては、睡眠調査(ポリソムノグラフィー)を実施し、正確な診断と適切な治療計画の立案に役立てることも検討すべきでしょう。

 

ブラキシズムの自己診断:セルフチェックと臨床評価の重要性

ブラキシズムは自覚症状がないまま進行することが多いため、早期発見のためのセルフチェックが重要です。同時に、専門家による適切な臨床評価も欠かせません。

 

セルフチェックリスト:
以下の項目にいくつ当てはまるか確認してみましょう。3つ以上該当する場合、ブラキシズムの可能性が高いと考えられます。

 

  • 歯ぎしりをしていると家族から指摘されたことがある
  • 集中時や緊張時に無意識に歯を噛みしめている
  • 朝起きた時に顎に疲労感やこわばりがある
  • 歯に亀裂や欠けがある
  • 頬の内側や舌に歯形の跡がある
  • 歯がすり減っている(特に前歯や犬歯の先端)
  • 歯の根元にくさび状のへこみ(くさび状欠損)がある
  • 冷たいものがしみる(知覚過敏)ことがある
  • 慢性的な頭痛や肩こりがある
  • 顎を動かすと音がする(カクカク、ポキポキなど)

臨床評価の重要性:
セルフチェックで兆候が見られる場合でも、専門家による正確な診断が必要です。歯科医院での評価には以下が含まれます。

  1. 口腔内検査:歯の摩耗パターン、歯列の状態、顎運動の評価
  2. 問診:睡眠状態、ストレス、生活習慣、既往歴の確認
  3. 画像検査:パノラマX線やCT画像による顎関節や歯の状態評価
  4. 筋触診:咀嚼筋(咬筋、側頭筋など)の緊張状態の確認

正確な診断が難しい場合には、睡眠時ブラキシズムの客観的検査として、EMG(筋電図)を用いた評価やポリソムノグラフィー検査が選択肢となります。

 

ブラキシズムの予防と日常管理:

  • 顎のリラクゼーション:「lips together, teeth apart(唇は閉じるが歯は離す)」の姿勢を意識する
  • 頭頸部のストレッチ:就寝前や入浴時に首や肩の筋肉をほぐすエクササイズを行う
  • TCH(歯列接触癖)の意識化:日中の歯の接触を意識し、習慣的に歯を離す練習をする

ブラキシズムは完全に治癒することが難しい場合もありますが、適切な自己管理と専門的な治療の組み合わせにより、症状を軽減し、口腔内のダメージを最小限に抑えることが可能です。定期的な歯科検診を受け、早期発見・早期対応を心がけることが重要です。

 

日本歯科医師会のサイトでは、ブラキシズムのセルフチェックと対処法について詳しい情報が提供されています