ブラキシズムは、無意識のうちに行われる歯ぎしりや食いしばりなどの口腔内習癖の総称です。専門的には、睡眠時や覚醒時に咀嚼筋の異常緊張により非機能的に上下の歯を接触させる異常機能習癖と定義されます。日常生活において必要のない歯の接触が、歯や顎に負担をかけ続ける状態です。
ブラキシズムは主に以下の3種類に分類されます。
興味深いのは、1日のうち上下の歯が接触しているのが正常な状態では約15分程度とされていることです。本来、安静時には「上下の歯は少し開いている、舌は上顎に置いてある、唇は閉じている」状態が正しい位置関係なのです。
ブラキシズムの背景には複数の要因がありますが、ストレスや緊張、睡眠障害、不正咬合(歯並びの問題)などが挙げられます。また、カフェインやアルコール、喫煙なども影響すると考えられています。
ブラキシズムによって引き起こされる症状は多岐にわたり、口腔内に限らず全身に影響を及ぼす可能性があります。特に注意すべきは、自覚症状がないまま進行することが多い点です。
口腔内の症状:
顎関節および周辺の症状:
全身への影響:
通常、健康な人では顎の最大開口量は約40mm(人差し指から薬指までの3本を縦にして口に入れられる程度)あるとされますが、顎関節症が進行すると開口量が著しく減少します。
また、ブラキシズムによる咬合力は通常の咀嚼時と比較して非常に大きくなることがあります。睡眠時ブラキシズムでは約22.5kgfから81.2kgfに及ぶとの報告もあり、これが長期間続くことで歯や顎に大きなダメージを与えます。
セルフチェックとして、頬の内側や舌に歯型の跡が残っていないか、朝起きた時に顎に疲労感があるか、肩こりや頭痛が慢性的でないかなどを確認することで、自身のブラキシズムの兆候を知ることができます。
ブラキシズムの治療は、その原因や症状の程度によって異なりますが、現在のところ単一の確実な治療法は確立されていません。そのため、複合的なアプローチが一般的です。主な治療法は以下の通りです。
1. スプリント療法(マウスピース治療)
最も一般的な治療法で、「ナイトガード」とも呼ばれます。就寝中に装着するマウスピースにより、歯や顎関節にかかる力を緩和します。
2. 認知行動療法と生活習慣の改善
3. ボツリヌス療法(ボトックス注射)
4. その他の治療法
治療の選択においては、患者の症状や原因、生活環境などを総合的に評価することが重要です。多くの場合、単一の治療法だけでなく、複数のアプローチを組み合わせることで効果が期待できます。
日本補綴歯科学会の「ブラキシズムの診療ガイドライン」では、治療法の有効性に関する詳細なエビデンスが紹介されています
ブラキシズムと睡眠の質は密接に関連しており、相互に影響し合う関係にあります。この観点は一般的な治療アプローチでは見落とされがちですが、包括的な管理において重要な側面です。
睡眠時ブラキシズムは、睡眠の各段階、特にレム睡眠と非レム睡眠の移行期に頻発することが知られています。興味深いことに、睡眠時無呼吸症候群(OSAS)との合併も多く報告されており、これらの患者では歯ぎしりが無呼吸後の気道確保のメカニズムとして機能している可能性も指摘されています。
睡眠の質がブラキシズムに与える影響
逆に、ブラキシズムが睡眠の質に及ぼす影響
この相互作用を考慮すると、ブラキシズムの治療には睡眠の質の改善も含めた包括的なアプローチが必要です。
また、睡眠時ブラキシズムがある患者に対しては、睡眠調査(ポリソムノグラフィー)を実施し、正確な診断と適切な治療計画の立案に役立てることも検討すべきでしょう。
ブラキシズムは自覚症状がないまま進行することが多いため、早期発見のためのセルフチェックが重要です。同時に、専門家による適切な臨床評価も欠かせません。
セルフチェックリスト:
以下の項目にいくつ当てはまるか確認してみましょう。3つ以上該当する場合、ブラキシズムの可能性が高いと考えられます。
臨床評価の重要性:
セルフチェックで兆候が見られる場合でも、専門家による正確な診断が必要です。歯科医院での評価には以下が含まれます。
正確な診断が難しい場合には、睡眠時ブラキシズムの客観的検査として、EMG(筋電図)を用いた評価やポリソムノグラフィー検査が選択肢となります。
ブラキシズムの予防と日常管理:
ブラキシズムは完全に治癒することが難しい場合もありますが、適切な自己管理と専門的な治療の組み合わせにより、症状を軽減し、口腔内のダメージを最小限に抑えることが可能です。定期的な歯科検診を受け、早期発見・早期対応を心がけることが重要です。