咀嚼筋(そしゃくきん)とは、顎、頬、頭部にある筋肉で、咬筋・側頭筋・外側翼突筋・内側翼突筋のことを言います。これらの筋肉群は、口を開け閉めしたり、食べ物を咬んだりする際に協調して働き、下顎の動きをコントロールしています。
咬筋は顔の側面に位置し、顎を閉じる力を生み出す最も強力な咀嚼筋です。側頭筋は頭の側面(こめかみ部分)に広がり、主に顎を閉じる働きをしますが、下顎の位置決めにも関与しています。内側翼突筋と外側翼突筋は顎の内側に位置し、特に外側翼突筋は口を開いたり、顎を前方や側方に動かしたりする際に重要な役割を果たします。
咀嚼筋の働きは脳の神経に支配されており、咀嚼することで脳が活性化されるなど、人間の生命維持に重要な役割を果たしています。現代の日本人の食生活は、洋食化やインスタント食品の普及により、昔と比べて柔らかいものを食べることが多くなり、咀嚼回数が大幅に減少しました。その結果、日本人の顎は細く弱くなったと言われており、顎関節症を発症するケースが増加しています。
咀嚼力の低下は、顎関節症だけでなく様々な健康問題に繋がる可能性があるため、適切な咀嚼習慣の維持が重要です。
咀嚼筋痛障害とは、咀嚼運動時の「食事中」や「口を開け閉めするとき」に痛みが生じる症状です。日本顎関節学会による顎関節症の病態分類(2013)では、咀嚼筋痛障害は顎関節痛障害とともに有痛性顎関節症に分類されます。
主な症状には以下のようなものがあります。
咀嚼筋痛障害の主な原因としては、以下のようなものが挙げられます。
原因 | メカニズム | リスク要因 |
---|---|---|
歯ぎしり・食いしばり | 咀嚼筋に過度な負担をかけ続けることで血行障害により炎症が生じる[1] | ストレス、睡眠障害 |
不正咬合 | 歯並びが悪いと噛み合わせも悪くなり、アンバランスな咬合力が咀嚼筋をアンバランスにする[1] | 出っ歯、受け口、乱杭歯など |
片側咀嚼 | 虫歯がある方で噛むことを避けるために片側だけで噛むと左右の咀嚼筋がアンバランスになる[1] | 虫歯、歯の痛み |
咀嚼筋の過緊張 | 筋肉が硬直することで血管を圧迫して血行を悪くする[1] | 精神的ストレス、緊張 |
最新の研究では、咀嚼筋痛障害は単純な「筋肉の痛み」ではなく、筋肉と周囲の結合組織(筋膜)の複合的な問題として捉えられています。2000年前後からの研究により、従来の「筋の損傷と疲労物質の蓄積」という理解から、「筋に隣接する結合組織などの間質の組織変化によって疼痛と機能障害が惹起される」という考え方に変化してきています。
咀嚼筋痛障害の治療は、症状の重症度や原因によって異なりますが、基本的には保存的(非侵襲的)な治療が第一選択となります。2000年前後から治療方針が大きく変化し、以前は「安静」が基本でしたが、現在は「適切な運動」が推奨されるようになっています。
1. 理学療法(物理療法)
咀嚼筋痛に対しては、筋肉のコリをほぐすための筋マッサージ、ストレッチを目的とした開口訓練、血行改善を目的とした温冷療法が有効です。具体的な方法には以下のものがあります。
2. 薬物療法
咀嚼筋や顎関節の痛みに対しては、以下のような薬剤が使用されることがあります。
3. スプリント療法(アプライアンス療法)
顎関節症や歯ぎしりに対しては、加熱重合レジンによるハードタイプの口腔内装置(スプリント、マウスピース、ナイトガード)が使用されることがあります。
重要なのは、ソフトタイプのスプリントは食いしばりなどの習癖が誘発されやすいため、専門家の間では使用が推奨されていない場合もあります。
4. 顎関節の治療手技
現代の治療アプローチでは「安静から運動へ」というパラダイムシフトが生じており、適切な運動療法が重視されています。不動による組織の線維化のリスクを避け、積極的なリハビリテーションを促す方向に向かっています。
咀嚼筋の問題は、日常的なセルフケアと適切な予防策によって多くの場合改善や予防が可能です。医療機関での治療と並行して、以下のようなセルフケア方法を実践することが推奨されています。
日常生活での注意点
自宅でできるケア方法
セルフマッサージの手順。
1. 清潔な手で行います
2. 顎の角から耳の下にかけて咬筋をやさしくマッサージ(20〜30秒)
3. こめかみ部分の側頭筋を円を描くようにマッサージ(20〜30秒)
4. 顎の内側から首にかけて優しく下へと流すようにマッサージ
5. 1日2〜3回を目安に実施
食生活の改善
予防のための定期的なチェック
顎の痛みや筋肉の違和感、痛みは顎関節症の症状です。このような症状が続く場合は早めに専門医に相談することをお勧めします。
近年の研究では、咀嚼筋痛障害に対する治療アプローチとして「安静」から「適切な運動」へとパラダイムシフトが起きています。不動や安静による組織の線維化に関する研究が報告されるようになり、筋に隣接する結合組織などの間質の組織変化によって疼痛と機能障害が惹起されるという考え方が説明されるようになってきました。
日本補綴歯科学会による最新のエビデンスでは、咀嚼筋痛障害に対する運動療法による痛みの軽減効果について、その有効性が注目されています。以下のような咀嚼筋トレーニングが推奨されています。
1. 筋力増強トレーニング(レジスタンス運動)
咀嚼筋の筋力を向上させることを目的としたトレーニングです。具体的には。
2. ストレッチング
咀嚼筋の粘弾性や伸張性を高めることを目的としたトレーニングです。
3. 顎関節可動域(ROM)トレーニング
顎関節の可動域を広げることを目的としたトレーニングです。