「名医」と呼ばれる医師がいる病院ほど、患者満足度が高いとは限りません。
医療従事者の間でも、「名医かどうか」を判断する際に学歴や肩書きに目が向きがちですが、実際の手術成績に最も強く関連するのは執刀件数です。これは直感に反するように感じるかもしれませんが、複数の大規模研究が共通して示している事実です。
カナダで行われた約3万8千例の大規模研究では、年間THA(人工股関節置換術)執刀件数と術後合併症の関係が詳細に検証されました。結果として、年間35件以下のTHAしか行っていない医師では脱臼率が1.9%であったのに対し、年間35件超の医師では1.3%と低くなっていました。この差は小さく見えるかもしれません。しかし、患者一人ひとりにとって「脱臼するかどうか」は非常に大きな問題です。
さらに別の研究では、年間6件未満しかTHAを行わない医師は、年間12件以上の医師と比較して再手術リスクが約1.2倍高いという結果も報告されています。再手術は患者に身体的・経済的負担を二重に与えることになります。
つまり、件数が基本です。
患者への紹介を検討する際には、まず担当医の年間THA件数を確認する習慣を持つことが、医療従事者としての重要な役割です。なお、すべての医療機関がホームページ上で医師個人の件数を公開しているわけではありません。その場合は診療科の実績データや病院全体の件数をDPCデータから確認することが現実的な方法となります。
船橋整形外科病院(千葉県)、玉川病院(東京都)、さっぽろ病院(北海道)などは、年間数百件規模の実績を持ち、DPCデータに基づくランキングでも上位に位置します。手術件数の多い病院の特徴を知っておくことは、患者への情報提供にも役立ちます。
変形性股関節症の治療・手術実績に基づいた病院ランキング(DPCデータ、2023年4月〜2024年3月)については、下記サイトが参考になります。
変形性股関節症の治療・手術実績に基づいた病院ランキング100|doctor110
名医かどうかを判断するうえで、術式(アプローチ)の選択と説明能力も重要な指標になります。変形性股関節症に対する人工股関節置換術(THA)には、大きく分けて前方アプローチ(DAA:Direct Anterior Approach)、前外側アプローチ、後方アプローチの3種類があります。
後方アプローチは手技が比較的容易で視野が広く、多くの施設で標準的に採用されてきた術式です。一方で術後の脱臼率がやや高く、一般的に約3%とされています。これはおよそ100人に3人が術後に脱臼を起こす計算であり、患者にとって術後生活に影響します。
前方アプローチ(DAA)は筋肉・靭帯をほとんど切離せずに行える低侵襲な術式で、術後の脱臼リスクが低く、早期離床・早期退院が期待できます。ただし、2020年にJAMAに掲載された研究によると、前方アプローチは側面または後方アプローチと比較して、わずかではあるが統計的に有意に重大術後合併症リスクが増大するという報告もあり、術者の習熟度が成績に大きく影響します。前方アプローチでは年間30件以上行うことで合併症が抑えられるという報告もあります。
厳しいところですね。
つまり「どの術式が最善か」ではなく、「その術者がその術式で何件の実績を持つか」が重要なのです。真に患者を思う名医は、術式の選択根拠を明確に説明できます。説明なしに「うちではこの方法しかやっていない」という一言で終わる医師よりも、患者の股関節の状態・年齢・活動性に応じて術式を選択し、その理由を丁寧に解説できる医師の方が、長期的な治療成績も良好です。
MIS(最小侵襲手術)を積極的に導入している施設では、術後の脱臼率・出血量・合併症確率が従来法より低く抑えられているとの報告があります。藤田医科大学ばんたね病院の金治有彦教授は、筋肉・靭帯をできる限り温存するMIS手術の第一人者として知られており、2024年のテレビ番組でも取り上げられた経緯があります。
術式ごとの特徴を理解しておくことは、患者への説明支援や紹介状作成の際にも役立ちます。
前方アプローチの術後合併症リスクに関するJAMA掲載研究の要約|ケアネット
医師個人の技量と同様に、あるいはそれ以上に重要なのが、病院全体のチーム医療体制です。これは見落とされやすいポイントです。
アメリカの大規模データを用いた研究では、年間25件以下という手術件数の少ない病院と年間200件超の病院を比較した結果、血栓症や1年以内の死亡リスクが低ボリューム病院では約2倍になるという結果が示されています。東京ドーム1個のスペースに100人の患者がいるとすれば、低ボリューム病院では2人多く亡くなるかもしれないという差です。これは決して無視できるものではありません。
また、年間13件未満の病院で手術を受けた患者では、年間100件超の病院と比較して「手術結果に不満足」と感じる割合が高かったという報告もあります。術後満足度に影響するのは単なる手技だけではなく、術前の十分な説明、術後の疼痛コントロール、リハビリテーション体制、チーム全体の経験が複合的に影響しているからです。
これは使えそうです。
したがって、名医を探す際は「その医師がいる病院全体のTHA件数はいくつか」という視点も不可欠です。具体的には以下のポイントを確認することを患者への情報提供に活用できます。
玉川病院では手術支援ロボット「Mako」を導入し、CT画像に基づく3Dの術前計画を立案したうえでカップ設置を行う体制を整えています。ロボット支援手術は「Mako®ロボティックアームシステム」を用いた半自動制御によってコンポーネントの設置精度が向上するとされており、特に臼蓋カップの設置角度精度の向上が合併症低減につながる可能性が期待されています(臨床整形外科、2025年3月号)。
入院中のリハビリ体制についても確認が必要です。術翌日から離床を開始し、1〜2週間での杖歩行退院を目指すクリニカルパスを採用している施設(えにわ病院、北水会記念病院など)では、早期回復と社会復帰が実現しています。
手術件数と病院体制だけが名医の条件ではありません。患者の状態に合わせた適切な術式の選択と、それを患者に丁寧に説明できるコミュニケーション能力も重要な指標です。
変形性股関節症の手術術式は大きく2つに分けられます。まず「関節温存手術(骨切り術)」は、自分の股関節を残しながら骨の向きを矯正して荷重を分散させる術式です。一般的に40代〜50代前半の比較的若い患者で、軟骨が十分に残っている場合に適応となります。一方、「人工股関節全置換術(THA)」は傷んだ関節を人工関節に置き換える術式で、60代以降の進行期・末期症例が主な対象です。ただし近年では、人工関節の耐用年数が25年後も90%以上が問題なく使用されているというデータもあり、若年層への適応も広がっています。
この判断が条件です。
骨切り術とTHAのどちらを選択するかは、患者の年齢・軟骨の残存度・活動性・社会的背景・患者の希望を総合して判断される必要があります。「変形性股関節症と診断されたら直ちに人工股関節」という単純な図式は誤りです。変形性股関節症診療ガイドライン改訂第3版(日本整形外科学会・日本股関節学会、2023年)でも、「保存療法が無効な場合や進行が予測される場合に手術が検討される」という段階的な判断プロセスが明示されています。
名医と呼ばれる医師は、手術に踏み切るタイミングの見極めも優れています。「この状態なら手術ですね」という一言だけで話を進める医師よりも、保存療法の限界・骨切り術の適応・THA適応のタイミングを個別に評価し、丁寧に説明できる医師を選ぶことが患者にとって重要です。
医療従事者が患者に対して「セカンドオピニオンを取ることも一つの選択肢」と伝えることも有用です。特に術式の選択に迷っている患者や、手術適応に疑問を感じている患者に対しては、別の股関節専門医の意見を聞く機会を提供することが患者の自律的な意思決定を支えます。
変形性股関節症診療ガイドライン改訂第3版(日本整形外科学会・日本股関節学会)
医療従事者として患者への情報提供・紹介先選択を行う場面で、実際に活用できる評価視点をまとめます。これは一般に公開されているランキングサイトや医師紹介サービスだけでは拾えない、臨床現場で判断に役立つ独自視点です。
まず、医師個人・病院全体の実績確認として参照できるのがDPCデータです。DPCデータに基づく変形性股関節症の治療実績ランキングでは、船橋整形外科病院(年間1,102件)・玉川病院(789件)・さっぽろ病院(782件)が全国上位に位置しています(2023年4月〜2024年3月)。これは銀行ATM1台で1年間に処理する件数に例えるならば、1日3件相当という非常に高い稼働率です。
次に見るべき点として、以下の確認事項が挙げられます。
「リビジョン手術への対応実績」は特に見落とされがちです。初回手術の成績が良くても、感染・ゆるみ・脱臼などが生じた場合に対応できる体制がなければ、患者は転院を余儀なくされます。再置換術は初回より難易度が高く、経験の少ない施設では対応困難なケースもあります。
意外ですね。
また、地方在住の患者に対しては、手術件数上位の施設が必ずしも患者の居住地の近くにあるとは限りません。退院後の通院距離や術後リハビリの継続性を考えると、「手術は遠方の高実績病院・術後リハビリは地元の連携施設」というパターンを提案することも実際的な選択肢となります。愛知県の藤田医科大学ばんたね病院(年間158件)や各地域の赤十字病院系施設は、連携体制が整っているため紹介しやすい施設の一例です。
患者を通じて関係構築を深めていくためにも、紹介先の医師・施設情報を定期的に更新しておくことは医療従事者として欠かせない習慣です。medicalNoteやMedPeerなどの医師向け情報サービスでも、変形性股関節症を得意とする医師の情報が確認できます。
変形性股関節症を得意とする医師の一覧|MedicalNote