血栓症は発生する血管の種類により「動脈血栓症」と「静脈血栓症」の2つに大別されます。これらは発症メカニズムから治療アプローチまで異なる特徴を持っています。
【動脈血栓症】
動脈血栓症は血流の速い部位で発生し、主に動脈硬化を基盤として発症します。血管内膜の損傷部位に血小板が付着し、凝集することで血栓が形成されます。代表的な疾患には以下があります。
【静脈血栓症】
静脈血栓症は血流の遅い部位で発生し、長時間の同じ姿勢や脱水、高凝固状態などが原因となります。フィブリンや赤血球を主体とした血栓が形成されるのが特徴です。
血栓症の発症にはウィルヒョウの三徴として知られる3つの要素が関連します。
特に入院患者では、これらの要素が複合的に作用しやすく、血栓症のリスクが高まります。近年では、抗リン脂質抗体症候群など特定の疾患による血栓形成リスクも注目されています。
血栓症は発生場所によって症状が大きく異なりますが、予兆なく突然発症することが多いのが特徴です。早期発見のためには、以下の初期症状に注意が必要です。
深部静脈血栓症(DVT)の初期症状
非閉塞型浮遊血栓(フリーフロート血栓)の場合、症状が軽微であることが多く、見逃されやすいため特に注意が必要です。この状態は症状が乏しいものの、血栓が遊離して肺塞栓症を引き起こすリスクが高いとされています。
肺血栓塞栓症の症状
脳梗塞の症状
医療従事者は、特に手術後や長期臥床患者において、これらの症状の早期発見が重要です。また、Homans徴候(足関節の背屈で下腿に痛みが出る)などの理学所見も診断の手がかりとなります。
血栓症の治療は、血栓の種類や患者の状態に応じて抗凝固薬、抗血小板薬、血栓溶解薬などが使い分けられます。医療従事者は、これらの薬剤の特性を理解し、適切に選択することが求められます。
1. 抗凝固薬(静脈血栓症の主な治療薬)
静脈血栓症に対しては主に抗凝固薬が用いられます。血液を固まりにくくして新たな血栓形成を防ぎます。
DOACはワルファリンと比較して、食事制限が少なく、定期的な検査も不要という利点があります。特にがん関連静脈血栓塞栓症では、従来のLMWHよりも効果が高いとされています。
2. 抗血小板薬(動脈血栓症の主な治療薬)
動脈血栓症には主に抗血小板薬が使用されます。血小板の凝集を抑制し、血栓形成を予防します。
アテローム血栓性脳梗塞の急性期以降は、これら抗血小板薬の単剤または併用療法が中心となりますが、3ヶ月を超える長期併用はデメリットが多いとされています。
3. 血栓溶解療法
既に形成された血栓を溶解する治療法で、発症早期の重症例に考慮されます。
血栓溶解療法は出血リスクが高いため、適応は慎重に判断する必要があります。特に脳梗塞では、発症からの時間経過により適応が厳しく制限されています。
静脈血栓症と肺塞栓症は密接に関連しています。下肢の深部静脈に形成された血栓が遊離して血流に乗り、肺動脈を閉塞することで肺塞栓症を引き起こします。この一連の病態は「静脈血栓塞栓症(VTE)」として総称されることもあります。
肺塞栓症のリスク評価
特に注意が必要なのは、非閉塞型浮遊血栓(フリーフロート血栓)と呼ばれる血管壁から浮き上がった状態の血栓です。この血栓は症状に乏しく発見が難しい一方で、遊離しやすいため肺塞栓症のリスクが高いという特徴があります。
フリーフロート血栓の中でも、ヒラメ筋静脈から中枢へ進展して大きくなったものは、突然死の原因となる肺塞栓症の塞栓源として特に注意が必要です。一方、左腸骨静脈の血栓は解剖学的な理由から肺塞栓症に至るリスクが比較的低いとされています。
肺塞栓症の病態生理
肺塞栓症は、肺動脈が血栓で閉塞することにより、以下のような病態が引き起こされます。
肺塞栓症の致死率は非常に高く、急性肺塞栓症では32%にも達します。さらに、死亡例のうち43%が発症後1時間以内の突然死であることから、予防と早期発見・治療が極めて重要です。
診断と治療のポイント
肺塞栓症の診断には、D-ダイマー検査や造影CT検査、肺換気血流シンチグラフィーなどが用いられます。治療は抗凝固療法が基本となりますが、重症例では血栓溶解療法やカテーテル治療、外科的血栓摘除術が考慮されます。
再発予防として、下大静脈フィルターが留置されることもありますが、その適応は慎重に判断される必要があります。
血栓症治療の薬剤選択は近年大きく変化しており、医療従事者は最新のエビデンスに基づいた治療選択が求められます。ここでは、特に注目すべき最新のエビデンスについて解説します。
がん関連静脈血栓塞栓症の治療
がん患者における静脈血栓塞栓症は特殊な管理が必要です。最新のガイドラインでは、がん関連静脈血栓塞栓症に対して、低分子量ヘパリン(LMWH)または直接経口抗凝固薬(DOAC)が推奨されています。特に最近のエビデンスでは、DOACの方がLMWHよりも効果が高い可能性が示唆されています。
抗リン脂質抗体症候群における抗凝固療法
抗リン脂質抗体症候群(APS)による血栓症では、通常よりも強力な抗凝固療法が必要となることがあります。動脈血栓症の既往がある患者では、INR 2~3のワルファリン療法が基本ですが、血栓症再発のリスクが高い場合には、INR 3~4の強化療法や低用量アスピリンとの併用が考慮されます。
周術期の血栓予防プロトコル
周術期の血栓予防は、薬物的予防法と理学的予防法を組み合わせることで最大の効果を発揮します。特に整形外科手術(股関節全置換術、膝関節全置換術、股関節骨折手術)に対しては、低分子量ヘパリンの予防的投与が推奨されています。
薬剤副作用としての血栓症
一部の薬剤は血栓症のリスクを高めることが知られています。特に注意が必要な薬剤には以下があります。
これらの薬剤の使用時には、特に手術前後などの血栓リスクが高まる状況での管理に注意が必要です。
在宅自己注射の可能性
近年、ヘパリンカルシウムの在宅自己注射が保険適用となり、抗リン脂質抗体症候群患者の不育症(習慣性流産)や大動脈瘤などに合併した慢性DICの在宅治療が容易になっています。これにより、患者のQOL向上と医療費削減の両面からメリットが期待されています。
日本血栓止血学会による静脈血栓塞栓症の治療ガイドライン(最新版の詳細情報と実臨床での応用方法)
血栓症は一度発症すると重篤な結果をもたらす可能性があるため、予防が何よりも重要です。医療従事者として患者に提供すべき予防法と生活指導について解説します。
基本的予防法
すべての入院患者に対して実施すべき基本的な予防法には以下があります。
理学的予防法(圧迫療法)
圧迫療法は深部静脈血栓症の予防と治療の両方に有効です。
圧迫療法と抗凝固療法を併用することで、相乗効果が期待できますが、過剰作用にも注意が必要です。
生活習慣の改善
血栓症の再発予防には以下の生活習慣の改善が重要です。
特に動脈血栓症の再発予防には、血圧130/80mmHg未満、HbA1C 7.0%未満、LDLコレステロール120mg/dL未満を目標とすることが推奨されています。
ワルファリン服用中の食事指導
ワルファリンを服用している患者に対しては、以下の食事指導が必要です。
長時間移動時の注意点
航空機や車での長時間移動時(エコノミークラス症候群の予防)。
医療従事者は、患者の個別リスクに応じた予防法を選択し、適切な生活指導を行うことが求められます。とくに退院時の指導は、在宅での血栓症予防において重要な役割を果たします。
血栓症は適切な予防と早期発見・治療により、多くの場合で重篤な合併症を防ぐことができます。医療従事者には、最新のエビデンスに基づいた予防・治療法の知識と、患者への適切な指導が求められています。
日本循環器学会による肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドライン(詳細な予防プロトコルと実践方法)