HbA1cが6.5%未満でも、高齢患者は術後感染リスクが若年患者の約2倍になることがあります。
HbA1cは「ヘモグロビンA1c」の略で、赤血球中のヘモグロビンにブドウ糖が結合した割合(%)を示す指標です。赤血球の寿命が約120日であることから、過去1〜2ヶ月間の平均的な血糖レベルを反映します。空腹時血糖のように「測定時点の値」ではないため、食事の影響を受けにくく、血糖コントロールの長期的な評価に適しています。
日本ではJDS(日本糖尿病学会)値が使われており、2012年からNGSP(国際標準)値に統一されています。現在の基準はNGSP値で表記されるのが一般的です。
正常値の目安は以下のとおりです。
| 区分 | HbA1c(NGSP値) |
|---|---|
| 正常域 | 5.5%未満 |
| 正常高値(境界域) | 5.5〜6.4% |
| 糖尿病型 | 6.5%以上 |
| 糖尿病のコントロール目標(一般) | 7.0%未満 |
つまり「6.5%以上=糖尿病型」が基本です。
ただし、この数値はあくまで診断の補助指標であり、HbA1cの値だけで糖尿病と診断することはできません。日本糖尿病学会のガイドラインでは、HbA1c 6.5%以上に加えて血糖値の確認を組み合わせて診断するとされています。歯科でカルテを確認する際も、主治医の診断書や血液検査結果と合わせて解釈することが重要です。
「HbA1cは低ければ低いほど良い」は誤解です。
高齢者では過度な血糖コントロールが低血糖リスクを高め、転倒・骨折・認知機能低下につながることが明らかになっています。そのため日本糖尿病学会・日本老年医学会は、高齢糖尿病患者に対して年齢・認知機能・ADLに応じた「個別の目標値」を設けています。
高齢者のHbA1c目標値の目安は以下のとおりです。
| カテゴリ | HbA1c目標(下限値あり) |
|---|---|
| 認知機能正常・ADL自立(65〜74歳) | 7.0%未満(低血糖回避で6.0%以上) |
| 認知機能低下またはADL低下(75歳以上) | 7.0〜8.0%未満(6.5%以上) |
| 要介護・多剤服用リスクあり | 8.0〜8.5%未満(7.0%以上) |
これは重要なポイントですね。
つまり、75歳以上の患者さんがHbA1c 7.5%であっても、主治医の管理目標の範囲内である可能性があります。歯科側が「7.5%は高い」と判断して治療を制限することは、かえって患者のQOLを損なう場合があります。
年齢と全身状態を確認するのが原則です。歯科問診票や受診時の会話で「内科への通院状況・インスリン使用の有無・低血糖発作の既往」を確認することで、個々のリスクをより正確に把握できます。
日本老年医学会・日本糖尿病学会:高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(PDF)
歯科での観血的処置(抜歯・歯周外科・インプラントなど)を行う際、HbA1cの確認は「術後感染リスク」の評価に直結します。血糖コントロールが不良な状態では、白血球の機能が低下し、創傷治癒が遅れることが知られています。
一般的な歯科臨床での目安は以下です。
これが基本です。
ただし施設によって基準が異なる場合があるため、病院歯科と開業医で連携している施設ではより厳格な基準(7.5%以下など)を設けているケースもあります。インプラント埋入に関しては、HbA1c 8.0%以下を必須条件とする学術報告が複数あります(Osteosseointegrationへの影響を示す研究含む)。
感染リスクを数字でイメージするなら、HbA1c 10%超の患者は創部感染率が健常者の約3〜4倍になるとされており、クラス100の手術室ほどの清潔操作をしても補いきれないリスクがある、と理解しておくと判断の根拠が明確になります。
術前の抗菌薬予防投与の要否も、HbA1cと年齢・免疫状態を組み合わせて判断する施設が増えています。これは使えそうです。日本有病者歯科医療学会の指針も参考にしてください。
日本有病者歯科医療学会:有病者への歯科治療ガイドライン(公式サイト)
HbA1cが「正常値に見えても信頼できない」ケースがあります。歯科臨床では血液検査の読み込みに特化したトレーニングを受けていないスタッフも多く、この点が盲点になりやすいです。
HbA1cが偽低値を示す主な原因:
HbA1cが偽高値を示す主な原因:
意外ですね。
高齢患者では貧血・CKDを合併しているケースが多く、HbA1cの値をそのまま鵜呑みにすると実態とかけ離れた判断になる可能性があります。そのような患者では、グリコアルブミン(GA)や1,5-AG(1,5-アンヒドログルシトール)が補完指標として使われることがあります。
カルテに「腎機能低下」「透析中」「貧血治療中」の記載がある場合は、HbA1cだけで血糖評価するのは危険です。これに注意すれば大丈夫です。内科主治医への照会や診療情報提供書の確認を積極的に行うことが、歯科側のリスク管理につながります。
知識として持っていても、実務に落とし込めなければ意味がありません。
歯科における糖尿病患者対応の実務フローとして、以下の流れが有効です。
① 問診で確認すべき項目
② 処置前の血糖確認
観血的処置当日は、可能であれば処置前に簡易血糖測定を行うことが推奨されます。目安として、空腹時血糖が200mg/dL超の場合は処置を延期する施設が多いです。インスリン使用患者では、食事を摂っているかどうかの確認も必須です。これは必須です。
③ 術後の注意点と患者への説明
術後感染の早期発見のため、2〜3日後の経過確認の電話や再診を促すことが有効です。創部の治癒が通常より遅れた場合は、内科へ連絡するタイミングを早めることも重要です。
糖尿病のコントロール状態と歯周病の関係は双方向性であることも最新の研究で支持されています。HbA1cが高い患者に対して歯周治療を積極的に行うことで、HbA1c値が0.3〜0.4%程度改善するという報告もあります(メタアナリシスによる推計)。これは歯科が全身医療に貢献できる数少ない領域の一つです。
歯科が全身管理の入り口になれるということですね。年齢別の基準値の理解を深め、患者背景に合わせた柔軟な対応を積み重ねることが、歯科医療の質と患者の安全を同時に高める鍵となります。
日本歯科医師会:歯科医師のための糖尿病連携手帳・対応ガイド(PDF)
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