胃ろうとは、胃内と体外を結ぶ管状の瘻孔(ろうこう)を人為的かつ意図的に形成する医療処置です。この処置は、胃に穴をあけて専用のチューブを挿入し、直接胃に栄養を投与する方法として実施されます。
医学的な定義として、胃ろうは経腸栄養の経路を確保することを主要目的とし、自発的に食事摂取ができない患者への栄養管理に用いられます。経口的に食事摂取が難しくなった患者に対して、消化管機能を活用した栄養投与法として位置づけられています。
胃ろうの構造的特徴として、腹部の皮膚から胃の内側に管を通し、そこから栄養剤や薬を投与するシステムが構築されます。この方法により、経鼻経管栄養法と比較して患者の苦痛を軽減できる一方、適切な管理により合併症の予防が可能になります。
現代医療において、胃ろうは単なる栄養補給手段を超えて、患者の生活の質(QOL)向上と生命予後改善に寄与する重要な医療技術として認識されています。
胃ろうの延命治療としての効果は、複数の医学的研究により実証されています。日本老年医学会の報告によると、経口摂取不良患者への胃ろうは①生命予後を改善させる、②生活の質(QOL:quality of life)を向上させる、③管理が簡便で在宅でも対応できる、④他の人工的水分・栄養補充法よりも優れているという4つの主要な効果があります。
生命予後の改善について、胃ろうによる栄養管理は静脈栄養法と比較して明らかな優位性を示します。直接胃に栄養を注入することで、消化管機能を維持しながら必要な栄養素を効率的に供給でき、患者の全身状態の安定化に寄与します。
QOL向上の観点では、経鼻経管栄養法と比較して患者の身体的・精神的負担が大幅に軽減されます。鼻からのチューブ挿入による不快感や誤嚥リスクを回避できるため、患者はより自然な状態で治療を継続できます。
国際医療福祉大学の研究では、「米国などでは点滴より胃ろうの方が主流で、患者の生活の質(QOL)維持に貢献する」と報告されており、国際的にも胃ろうの延命治療としての有効性が認められています。
胃ろうの適応基準は、医学的な必要性と患者の状態を総合的に評価して決定されます。基本的な適応条件として、必要な栄養を自発的に摂取できないこと、正常な消化管機能を有していること、経管栄養の期間が長期に渡ると推測されることが最初の検討項目となります。
具体的な適応疾患には以下があります。
一方、胃ろうが禁忌となる場合として、内視鏡の挿入が困難な口腔・咽頭の状態、食道や胃噴門部の狭窄、大量の腹水貯留、極度の肥満、著明な肝腫大、胃の潰瘍性病変や急性粘膜病変、横隔膜ヘルニア、高度の出血傾向、全身状態不良で予後不良と考えられる例、消化管吸収障害などがあります。
嚥下機能に問題があり、誤嚥やそれによる肺炎などの危険性が高いものの、胃や腸の消化管には問題がない患者に特に適した方法とされています。
胃ろうの日常管理は、栄養剤注入前後のケアを中心として構成されます。注入前には注入口のふたを開けて胃内の空気を脱気させ、注入時には吐き気や腹痛、腹部膨満感などの症状を確認しながら適切な注入量と注入速度を維持します。
注入後の管理として、微温湯を注入してチューブ内の栄養剤残存による閉塞や腐敗を防止します。使用したチューブは流水での洗浄後、10倍希釈した酢酸水や0.01%の次亜塩素酸ナトリウムに1時間つけて消毒し、十分に乾燥させます。
胃ろう周囲の皮膚管理が重要なポイントとなります。栄養剤や胃液の漏れ、チューブとの接触により皮膚炎や皮膚潰瘍を起こしやすいため、皮膚の発赤や腫脹の有無を定期的に観察する必要があります。
チューブの固定は、付属するバルーンを水で膨らませることで行われますが、日が経つにつれて固定水が減少する可能性があるため、1~2週間に1度は固定水の量を確認し、必要に応じて追加します。胃ろうチューブは半年に一回の交換が目安とされており、前回交換からの日数、皮膚症状などを考慮して交換計画を立てます。
胃ろうは延命治療の一種として議論されることがあり、その倫理的側面について慎重な検討が求められます。食事ができない方に手術をして栄養を与え続けることが、本人の意思に反する延命ではないかという問題提起がなされています。
しかし、これは胃ろうに限らず点滴や経鼻胃管なども含めた全ての栄養投与方法において、患者の生命を維持するために栄養を投与するか否かという根本的な議論であり、胃ろう特有の問題ではありません。現在の医療においては患者やその家族の意向を無視して医療が行われることはなく、十分な説明と同意のもとで治療選択がなされます。
昔の日本の医療では、本人や家族の意向を無視して救命措置や延命措置が行われていた時代があり、回復の見込みがない方に対しても効率よく栄養が取れる胃ろうが造設されていた経緯があります。しかし現在では、患者の自己決定権を尊重し、家族を含めた十分な話し合いのもとで治療方針を決定することが基本原則となっています。
家族が胃ろうを行うかの判断をすぐにするのは簡単ではないため、胃ろうのメリットとデメリットをしっかりと把握し、本人と家族が納得のいく選択をすることが重要です。可能な場合は本人の意思を事前に確認しておくことが推奨されています。
胃ろうは延命だけを目的としているのではなく、治療過程で必要とされるケースもあり、実際に回復後に外して口からの食事が再開できたというケースも報告されています。このような事実を踏まえ、個々の患者の状況に応じた適切な判断が求められます。