世界保健機関(WHO)による健康の定義は、1948年に「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」として採択されました。この定義は現在でも世界中で広く使用されており、医療従事者にとって基本的な概念となっています。
従来の生物医学モデルとは大きく異なり、この定義は身体疾患の治療中心から生物心理社会モデルへの転換を明確に示しています。日本の医療普及・拡大の基盤充実期に発表されたことを考慮すると、その後の医療の方向性を示す重要な意義があったとされています。
興味深いことに、1998年の第101回WHO執行理事会では「spiritual(霊的)とdynamic(動的)」を加えた新しい健康定義が検討されましたが、第52回世界保健総会での審議の結果、採択は見送られました。これは健康概念の複雑さと、統一的な定義の困難さを物語っています。
健康概念の変遷における重要なポイント:
現代医療においては、健康を「肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態」として捉える生物心理社会モデルが主流となっています。このモデルでは、医師と患者だけでは完結しない、社会へと開かれた側面があることが強調されています。
小泉明の健康観(1986年)では、健康を3つの側面から捉えています:
この多面的理解は、医療従事者が患者の健康状態を評価する際に、単純な数値や症状だけでなく、患者の主観的体験や社会的背景を考慮する重要性を示しています。
研究によると、全生命周期健康の概念では、精準護理(精密ケア)のアプローチが注目されており、多組学を応用した症状管理が期待されています。これは従来の一律的な治療から、個別化された医療への転換を意味します。
現代の健康概念は、従来の疾病中心モデルからウェルビーイング中心へとシフトしています。この変化は、医療従事者の実践にも大きな影響を与えています。
現代的健康概念の特徴:
興味深い研究結果として、日本の特定保健指導アプリ(KENPO-app)を用いた研究では、個人の性格特性が体重減少の程度と関連することが明らかになっています。これは健康概念における個人差と個別化の重要性を科学的に裏付けています。
mHealth技術の普及により、健康概念はさらに個別化・動的化しています。心拍数、睡眠パターン、運動量などの継続的モニタリングにより、従来の「疾病の有無」から「健康パフォーマンス」への理解の転換が進んでいます。
日本の循環器・脳血管センターが開発した「生涯健康支援10(LHS10)」に関する詳細な予防医学的アプローチ
健康概念は文化的・社会的文脈によって大きく異なることが、近年の研究で明らかになっています。WHO定義の「完全な」という表現が、慢性疾患や障害を持つ人々にとって非現実的であるという批判から、ポジティブヘルス概念が注目されています。
ポジティブヘルス概念の特徴:
日本における健康概念の独自性として、「日常生活を満足して送る」「働くことができる」「食事がおいしい」といった固有の捉え方があります。これは病気の有無だけでなく、**生活の質(QOL)**と密接に関連しています。
また、こころの健康については、情緒的健康(感情の気づきと表現)、知的健康(適切な思考と問題解決)、社会的健康(他者との良好な関係構築)という3つの側面が重要とされています。
医療DX時代における健康概念は、従来の医師中心から患者中心へとパラダイムシフトしています。この変化により、医療従事者には新たな役割が求められています。
医療従事者に求められる新しい視点:
注目すべき研究として、患者主導の動画ブログ(Vlogs)が、HIV、糖尿病、がん患者のコミュニティ形成と社会的サポートに重要な役割を果たしていることが報告されています。これは健康概念におけるコミュニティ形成と相互支援の新たな側面を示しています。
また、ライフスタイル医学の分野では、従来の医療マインドセットと医療文化が大きく挑戦を受けており、政策主導と臨床現場主導の両方向から統合的ケアの必要性が指摘されています。これは健康概念の統合的理解と実践への転換を意味します。
WHO西太平洋地域事務局による「ひと中心のヘルスケア」の包括的な理論と実践ガイド
健康概念の個別化における重要な考慮点:
現代の医療従事者は、単に疾病を治療するだけでなく、患者一人ひとりの健康概念を理解し、それに基づいた個別化されたケアを提供することが求められています。これにより、真の意味での患者中心の医療が実現され、健康概念の多様性を活かした包括的な医療サービスの提供が可能となります。