糖尿病は、膵臓から分泌されるインスリンの作用不足により、血糖値が高くなる代謝疾患です。初期症状として、「口渇」「多飲」「多尿」の三大症状が特徴的です。これらの症状は高血糖により体内の水分バランスが崩れることで生じます。その他にも以下のような症状が現れることがあります。
糖尿病の診断基準は、①空腹時血糖値126mg/dl以上、②75g経口ブドウ糖負荷試験で2時間値200mg/dl以上、③随時血糖値200mg/dl以上、④HbA1c(NGSP値)6.5%以上の4項目のうち、いずれかが該当する場合に診断されます。これらの値が繰り返し確認された場合、糖尿病と確定診断されます。
糖尿病は病態によって大きく1型と2型に分類されますが、1型は自己免疫疾患などにより膵臓のβ細胞が破壊されてインスリン分泌が枯渇する疾患で、発症後数カ月でインスリン依存状態となるため、速やかなインスリン治療が必要です。一方、2型糖尿病は、インスリン分泌低下とインスリン抵抗性の両方が関与する疾患で、成人に多いタイプです。
糖尿病治療薬は大きくインスリン分泌を促進する薬剤と、インスリン分泌に直接関与しない薬剤に分類できます。ここでは、インスリン分泌を促進する主な薬剤について解説します。
1. DPP-4阻害薬
(ジャヌビア、グラクティブ、エクア、ネシーナ、トラゼンタなど)
食事摂取により小腸から分泌されるインクレチンというホルモンは、膵臓からのインスリン分泌を促進します。しかしインクレチンはDPP-4という酵素ですぐに分解されてしまいます。DPP-4阻害薬はこの分解を抑えることでインクレチンの作用を延長させ、血糖値を下げる効果があります。
特徴。
2. GLP-1受容体作動薬
(リベルサスなど)
GLP-1はインクレチンの一種で、膵臓のGLP-1受容体に結合してインスリン分泌を促進します。GLP-1受容体作動薬はGLP-1と同様に受容体を刺激し、インスリン分泌を促進します。以前は注射製剤のみでしたが、最近は内服薬も登場しています。
特徴。
3. スルホニル尿素薬
(アマリール、グリミクロン、オイグルコンなど)
膵臓β細胞を刺激して直接インスリン分泌を促進します。長時間作用するため、空腹時血糖値も含めた24時間の血糖コントロールに効果があります。
特徴。
4. 速効型インスリン分泌促進薬(グリニド薬)
(シュアポスト、グルファスト、スターシスなど)
スルホニル尿素薬と同様に膵臓を刺激しますが、作用時間が短いため、食後の血糖値上昇を抑える目的で使用されます。食事の直前に服用することで効果を発揮します。
特徴。
インスリン分泌を直接促進せず、様々な作用機序で血糖値を下げる薬剤群です。特に2型糖尿病の治療に重要な役割を果たしています。
1. ビグアナイド薬
(メトホルミン塩酸塩:メトグルコ、グリコランなど)
主に肝臓からのブドウ糖放出を抑制し、筋肉でのブドウ糖の取り込みを促進することで血糖値を下げます。インスリン抵抗性を改善する効果もあります。
特徴。
2. SGLT2阻害薬
(スーグラ、フォシーガ、ルセフィ、デベルザなど)
腎臓の近位尿細管でのブドウ糖再吸収に関わるSGLT2を阻害し、尿中にブドウ糖を排泄させることで血糖値を下げるユニークな作用機序を持ちます。
特徴。
3. チアゾリジン薬
(アクトス:ピオグリタゾン)
インスリン抵抗性を改善し、筋肉や肝臓でのインスリンの働きを良くすることで血糖値を下げます。
特徴。
4. α-グルコシダーゼ阻害薬
(ベイスン、グルコバイ、セイブルなど)
小腸での二糖類の分解・吸収を遅らせることで、食後の急激な血糖上昇を抑制します。
特徴。
5. イメグリミン塩酸塩
(ツイミーグ)
比較的新しい糖尿病治療薬で、ミトコンドリア作用を介して2つの方法で血糖値を下げます。インスリン分泌を促進し、インスリン抵抗性も改善する二重の作用があります。
特徴。
糖尿病治療薬は効果的な血糖コントロールを可能にしますが、それぞれに特有の副作用や注意点があります。適切な薬剤選択と患者教育が重要です。
1. 低血糖
インスリン分泌促進薬、特にスルホニル尿素薬では低血糖のリスクがあります。低血糖の症状として冷や汗、動悸、震え、集中力低下などが現れます。高齢者では症状が不明瞭になることがあるため注意が必要です。
対策。
2. 消化器症状
ビグアナイド薬、α-グルコシダーゼ阻害薬、GLP-1受容体作動薬などで消化器症状がみられることがあります。
対策。
3. 体液量への影響
SGLT2阻害薬では尿量増加による脱水、チアゾリジン薬では体液貯留による浮腫のリスクがあります。
対策。
4. 糖尿病性神経障害に対する薬物療法
糖尿病の合併症である神経障害に対しては、アルドース還元酵素阻害薬であるエパルレスタットが神経障害の進行抑制に効果がある場合があります。有痛性糖尿病性神経障害に対しては、三環系抗うつ薬(アミトリプチリン、イミプラミン)、プレガバリン、ミロガバリン、デュロキセチンなどが推奨されています。
5. 薬剤選択における総合的判断
糖尿病治療薬の選択にあたっては、血糖コントロール状態、合併症の有無、年齢、体重、腎機能・肝機能などを総合的に考慮することが重要です。特に、肥満合併例ではビグアナイド薬、SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬などが考慮されます。
また、配合剤(2種類の薬剤を1つの錠剤にまとめたもの)も利用可能で、服薬錠数を減らすことで服薬アドヒアランス向上につながります。
糖尿病治療は常に進化しており、最新の研究成果として注目されているのが「ベータゲニン(Betagenin)」と呼ばれる因子です。2025年2月に発表された研究によると、このベータゲニンは膵β細胞の増殖促進とアポトーシス抑制作用を持つことが明らかになりました。
ベータゲニンの特徴と可能性
ベータゲニンは消化管由来の因子で、膵β細胞に直接作用してその増殖を促進するとともに、アポトーシス(細胞死)を抑制する二重の効果があります。研究チームはベータゲニンのアミノ酸配列に基づくペプチドの合成にも成功し、このペプチドが薬剤誘導性の糖尿病モデルマウスの病態を改善することを確認しています。
従来の糖尿病治療薬は血糖値を下げることに重点が置かれていましたが、ベータゲニンを標的とするアプローチは膵β細胞自体の減少を食い止め、再生と増殖を促すという根本的に異なる作用機序を持っています。これにより、インスリン分泌能を根本から強化できる可能性があります。
臨床応用への期待
ベータゲニンを標的とした創薬研究が進展すれば、1型糖尿病だけでなく2型糖尿病に対しても革新的な治療法が開発される可能性があります。さらに、膵島や膵臓の再生医療への応用も期待されています。
糖尿病患者にとって最も理想的な治療は、インスリン分泌細胞である膵β細胞を増やし、自己のインスリン分泌機能を回復させることです。ベータゲニン研究はこの理想に一歩近づいた画期的な発見といえるでしょう。
現時点ではまだ基礎研究段階ですが、将来的には既存の治療薬と組み合わせることで、より包括的な糖尿病管理が可能になると期待されています。臨床への応用には今後の研究進展が待たれますが、糖尿病治療の新たな選択肢として大きな可能性を秘めています。