高齢者の尿閉は、膀胱収縮力の低下と前立腺肥大症による膀胱出口部閉塞が複合的に作用して発症します。診断においては排尿後残尿量の測定が重要で、半カップ以上(約120ml以上)の残尿を認めた場合に尿閉と診断されます。[1][2]
高齢者では急性尿閉と慢性尿閉の両者がみられますが、特に慢性尿閉では自覚症状が乏しく、水腎症や腎機能障害を合併してから発見されるケースも少なくありません。また、高齢者特有の問題として、認知機能の低下により症状の訴えが困難な場合があり、介護者による観察が重要となります。
診断には超音波検査による前立腺体積の評価、膀胱の膀胱内突出長(IPP:intravesical prostatic protrusion)の測定が有用です。IPPが10mm以上の場合、膀胱出口部閉塞に対する陽性的中率は70%以上とされています。
高齢者の尿閉治療における薬物療法では、下部尿路選択的α1受容体遮断薬(タムスロシン、シロドシンなど)とホスホジエステラーゼ5阻害薬(PDE5阻害薬:タダラフィル)が第一選択となります。[1]
α1受容体遮断薬の特徴 🎯
PDE5阻害薬の効果
近年、PDE5阻害薬のタダラフィルが高齢者においても有効かつ安全であることが報告されています。特に勃起不全を合併する高齢男性では、一石二鳥の効果が期待できます。
前立腺体積が30ml以上の場合には、5α還元酵素阻害薬(フィナステリド、デュタステリド)の併用により前立腺の進行性増大を抑制し、尿閉の再発予防効果が期待できます。ただし、PSA値の低下により前立腺癌の発見が遅れる可能性があるため、定期的なモニタリングが必要です。
薬物療法で改善が得られない高齢者の尿閉に対しては、外科的治療が考慮されます。従来の経尿道的前立腺切除術(TURP)に加え、近年はレーザーを用いた低侵襲手術が主流となっています。[1]
レーザー治療の特徴 ⚡
新しい低侵襲治療法
2022年より保険適用となった経尿道的前立腺吊り上げ術(ウロリフト)や、水蒸気治療(WAVE療法)などの選択肢も増えています。これらの治療法は手術時間が約15分と短く、出血もほとんどないため、高齢者にとって負担の少ない治療選択肢となります。
全身合併症を有する高齢者や抗血栓療法が中断困難な症例では、レーザー蒸散術の適応が特に有効です。入院期間も短縮でき、患者・家族の負担軽減にも寄与します。
高齢者の尿閉管理では、単なる症状改善だけでなく、患者と介護者のQOL向上を目指した包括的アプローチが重要です。認知機能低下や身体機能の制限がある場合、治療選択にも特別な配慮が必要となります。[1]
管理の重要ポイント 📋
慢性尿閉の場合、米国泌尿器科学会のアルゴリズムでは、症候性(下部尿路症状や尿路感染を伴う)または高圧性(水腎症を伴う)の場合には積極的治療が推奨されています。一方、無症候性かつ非高圧性の慢性尿閉では経過観察も選択肢となります。
フレイル高齢者では、過活動膀胱治療薬の抗コリン系薬剤により認知機能低下やせん妄のリスクが増加するため、β3受容体作動薬(ミラベグロン、ビベグロン)の使用が推奨されます。
高齢者の尿閉治療では、泌尿器科医だけでなく、内科医、薬剤師、看護師、介護職員との多職種連携が治療成功の鍵となります。特に在宅医療や施設入所中の患者では、この連携がより重要性を増します。
連携のポイント 🤝
薬物療法においては、認知症治療で使用される中枢性コリンエステラーゼ阻害薬と尿閉治療薬の相互作用に注意が必要です。特に副交感神経刺激薬との併用は「併用注意」となっており、慎重な投与が求められます。
近年の研究では、新規抗コリン薬服用者は新規β3受容体作動薬服用者と比較して認知症リスクが約23%高いことが報告されており、高齢者では特にβ3受容体作動薬の選択が重要です。
治療効果の判定には、国際前立腺症状スコア(IPSS)や過活動膀胱症状質問票(OABSS)などの客観的評価ツールを用いることで、治療効果の定量的評価が可能となります。また、排尿日誌の活用により夜間頻尿などの併存症状の評価も重要です。
健康長寿ネット:高齢者の下部尿路機能障害の詳細な治療戦略について
国立長寿医療研究センター:フレイル高齢者の尿閉治療に関する専門的解説