日本の高齢者死因は、超高齢化社会の進展とともに大きな変化を遂げています。厚生労働省の人口動態統計によると、55歳から79歳までは悪性新生物(がん)、心疾患、脳血管疾患の順に死因が多くなっており、この順位は比較的安定しています。
しかし、65歳以上になると肺炎が第4位に上昇し、80歳以上では脳血管疾患と順位が入れ替わって第3位となる特徴的な変化が見られます。より注目すべきは、85歳以上では老衰が増え始め、95歳以上では死因の第1位を占めるようになることです。
この変化は、医療技術の進歩と平均寿命の延伸により、従来の疾患による死亡から自然な老衰へと移行していることを示しています。
悪性新生物(がん)は現在でも多くの年代で死因第1位を占めており、日本人の3~4人に1人が悪性新生物で亡くなっています。発症の原因は遺伝子異常の積み重ねであり、年齢を重ねるほど起きやすくなるため、団塊世代が80代後半になる2030~2035年頃まで死亡者数は増え続けると予測されています。
一方で、がんの治療成績は着実に向上しており、多くの部位で5年生存率が上昇傾向にあります。これは早期発見システムの整備と治療技術の進歩によるものです。
心疾患については、50歳以降から第2位以上を維持し続けており、高血圧性を除く心臓病全般が含まれています。高齢者における心疾患の背景には、以下の要因が関与しています:
心疾患による死亡率は一時的に減少したものの、現在は再び上昇傾向にあり、これは人口の高齢化と生活習慣病の増加が影響していると考えられています。
肺炎による死亡は、高齢者の死因として特に重要な位置を占めています。1940年に肺炎で亡くなった人の死亡率は154.4(人口10万人対)でしたが、健康診断や予防接種の普及、治療薬の開発により1971年には22.1まで減少しました。
しかし、日本が高齢化社会(高齢化率7%以上)に突入した1970年頃から再び増加傾向となり、2013年には97.8まで増加しています。特に注目すべきは、肺炎で亡くなる人の97%以上を65歳以上の高齢者が占めていることです。
高齢者の肺炎には以下の特徴があります。
また、誤嚥性肺炎は認知症患者において特に頻発し、これが高齢者医療における重要な課題となっています。予防策としては、口腔ケアの徹底、嚥下機能訓練、適切な体位管理などが挙げられます。
脳血管疾患は従来、高齢者の主要死因の一つでしたが、近年その死亡率は減少傾向にあります。これは脳卒中急性期治療の進歩、血栓溶解療法や血管内治療の普及、高血圧管理の改善などが寄与しています。
しかし、注目すべき新たな知見として、慶応義塾大学らの研究グループが2025年3月に発表した研究では、2015~2021年で最も多い実質的な死因は認知症だとする結果が示されました。これは従来の厚労省人口動態統計とは異なる視点での分析結果です。
認知症が死因として注目される理由。
従来の死亡統計では、認知症は直接死因として記載されることが少なく、肺炎や心不全などが死因とされることが多いのが実情です。しかし、これらの疾患の背景に認知症があることを考慮すると、認知症の重要性がより明確になります。
老衰死は近年急激に増加している死因の一つです。85歳頃から老衰による死亡が増え始め、95歳以上では死因の第1位を占めるようになっています。この現象には複数の社会的・医学的背景があります。
老衰死増加の背景。
老衰死の診断には以下の条件が必要です。
また、興味深い統計として、85歳を過ぎると「不慮の事故」が6位以下まで減り、代わりに「老衰」が徐々に増えてくることが挙げられます。これは、不慮の事故に遭うような生活環境から、徐々に家の中にこもりがちになる高齢者の生活パターンの変化を反映していると考えられています。
老衰死の増加は、日本の死生観や医療に対する考え方の変化も反映しており、単なる統計的変化以上の社会的意味を持っています。医療従事者にとって、老衰死への適切な理解と対応は、今後ますます重要になると予想されます。