平滑筋細胞は、他の筋組織とは明確に異なる構造的特徴を有しています 。個々の細胞は細く紡錘形をした形状で、幅0.2〜0.8ミクロン、長さ20〜200ミクロン程度の大きさです 。最も特徴的な点は、細胞の中央に一つの核を持ち、骨格筋や心筋に見られる横縞(横紋)が認められないことです 。この特徴により「平滑」という名称が付けられています。
参考)https://www.visiblebody.com/ja/learn/muscular/muscle-types
平滑筋細胞の主要構成要素は、アクチンとミオシンという二つの筋フィラメントです 。これらのフィラメントはサルコメア構造を持たず、網状に走行しているため、骨格筋のような整然とした配列は見られません 。しかし、この独特な構造により、弾力性の高い収縮と弛緩が可能となっています 。
参考)https://lts-seminar.jp/2025/04/05/ohtsuka-457/
細胞外基質としてコラーゲンやエラスチンが豊富に存在し、これらが各細胞を支持しつつ、収縮力を周囲に伝達する重要な役割を担っています 。また、平滑筋は高い自己修復能力を持ち、損傷を受けた場合でも新たな平滑筋細胞を生成することができる特性があります 。
参考)https://www.teamlabbody.com/news/archives/873
平滑筋は信号伝達のメカニズムにより、単一ユニット型平滑筋(内蔵平滑筋)と多重ユニット型平滑筋の2つの主要な分類に区分されます 。
参考)https://www.kango-roo.com/learning/2094/
単一ユニット型平滑筋は、消化管、気管、子宮、卵管、尿管などの中空臓器の壁に見られます 。この型の平滑筋では、複数の細胞がギャップ結合によって相互に結合し、機能的には合胞体として働きます 。一つの細胞に神経からの信号が伝達されると、ギャップ結合を通じて他の細胞に興奮が伝播し、グループ内の細胞がほとんど同時に収縮する特性があります 。
参考)https://www.kango-roo.com/learning/2086/
また、単一ユニット型平滑筋は自発性にペースメーカ細胞を持っており、不規則ながらも自発的に活動電位を発生し収縮することができます 。この性質は心筋と類似していますが、心筋のような刺激伝導系は持たないため、活動電位の発生や収縮は不規則になる特徴があります 。
多重ユニット型平滑筋は、大動脈などの大血管、肺の太い気道、輸精管、虹彩および特定の括約筋に見られます 。この型では、ギャップ結合による細胞グループは形成されず、各細胞が独立して機能します 。自発的な活動電位を発生することはなく、神経支配に依存して活動する点で骨格筋に類似していますが、神経支配はより広範囲に及ぶ特徴があります 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%BB%91%E7%AD%8B
平滑筋の収縮は、骨格筋や心筋と同様にアクチンとミオシンの相互作用によって発生しますが、その調節機構は大きく異なります 。平滑筋では、細胞内カルシウム濃度の上昇が収縮の引き金となりますが、カルシウムによるミオシンATPase活性の調節メカニズムが横紋筋とは根本的に異なります 。
参考)http://www.med.kagawa-u.ac.jp/~cardiovasc-physiol/custom14.html
収縮刺激により細胞質のカルシウム濃度が上昇すると、カルシウムはカルモジュリンと結合し、ミオシン軽鎖リン酸化酵素(MLCK)を活性化します 。活性化されたMLCKによってミオシン軽鎖の19番目のセリンおよび18番目のトレオニンがリン酸化され、その結果ミオシンATPase活性が上昇し平滑筋が収縮します 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kmj1997/47/2/47_2_57/_pdf
収縮刺激が終了しカルシウム濃度が低下すると、ミオシン軽鎖脱リン酸化酵素(MLCP)によってミオシン軽鎖は脱リン酸化され、平滑筋は弛緩状態に戻ります 。この収縮・弛緩サイクルにより、血管径の調節や消化管の蠕動運動などの生理機能が実現されています。
平滑筋の特徴的な性質として、同じカルシウム濃度でも刺激の種類によって収縮の強さが変わる「カルシウム感受性の変動」という現象があります 。7回膜貫通型受容体の刺激による収縮では、細胞膜の脱分極刺激による収縮と比べて、同程度のカルシウム濃度でもより大きな収縮が発生することが知られています 。
平滑筋は全身の多様な臓器に分布し、それぞれの臓器に特化した重要な生理機能を担っています 。消化管の平滑筋は、協調的な収縮と弛緩による蠕動運動を通じて、飲み込まれた食物や栄養素の移送、混和、貯蔵、そして逆流防止などの多彩な機能を遂行しています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/iwateishi/71/1/71_9/_pdf/-char/ja
血管平滑筋は血管径の調節において中心的な役割を果たします 。血管の断面の円周方向に配列した平滑筋が収縮すると血管径が細くなり血管抵抗が高まり、逆に弛緩すると血管径が拡張し血流が増加します 。この機能により全身の血圧調整や局所的な血流制御が可能となっています。
呼吸器系では、気道の平滑筋が気管支の径を調節し、呼吸機能をサポートしています 。気管支平滑筋の収縮調節には、細胞内カルシウム濃度の上昇、カルシウム感受性の亢進、細胞外マトリックスとの相互作用などの複数の機構が関与しています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/66/6/66_798/_pdf
泌尿生殖器系では、膀胱平滑筋が排尿機能を制御し、子宮平滑筋が妊娠・分娩過程で重要な役割を果たします 。眼の平滑筋は、瞳孔の大きさを調節する瞳孔散大筋・括約筋や、水晶体の屈折率を調節する毛様体筋として機能し、視覚機能の維持に貢献しています 。
これらの臓器では、平滑筋が必要な時に拡張や弛緩を行うことで、各臓器の機能を適切に調整しており、基本的な生体活動に欠かせない役割を担っています 。
平滑筋の機能異常は多くの疾患の発症・進行に密接に関連しており、特に動脈硬化における平滑筋の役割は近年注目されています 。動脈硬化の発症・進展過程では、血管平滑筋細胞の表現型変化が重要な病態メカニズムとなっています 。
参考)https://www.akita-u.ac.jp/hkc/healthinfo/lsd.html
正常な血管壁の中膜に存在する分化型平滑筋細胞は、収縮能を有し血管のトーヌスおよび血圧の調節を担っていますが 、動脈硬化の病態下では脱分化型平滑筋細胞に形質転換します。脱分化型平滑筋細胞は線維芽細胞または上皮細胞様の形態を示し、収縮能は著しく低下する一方で、高い細胞増殖・遊走能を獲得します 。
参考)https://jsth.medical-words.jp/words/word-93/
アテローム性動脈硬化では、中膜の血管平滑筋細胞が脱分化して内膜側に遊走し、異常に増殖することで血管の内腔が狭窄し、心筋梗塞や脳梗塞の原因となります 。また、メンケベルグ型動脈硬化では、加齢に伴って骨芽細胞様に形質転換した血管平滑筋細胞が石灰化し、血管が破綻しやすくなる特徴があります 。
参考)https://t-takaya.net/?p=research%2Farteriosclerosis
高血圧と平滑筋の関係も重要な臨床的問題です 。慢性的な高血圧は血管壁に機械的ストレス、内皮機能不全、炎症の増強、酸化ストレスの増加を引き起こし、血管平滑筋細胞の構造・機能変化をもたらします 。さらに、全身の輸入細動脈で平滑筋細胞の筋線維膜がイオンポンプ機能障害を呈することで、慢性的な血管緊張増強につながる可能性も指摘されています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10691097/
脂質異常症、糖尿病、慢性腎臓病、加齢などの動脈硬化リスク因子が存在すると、酸化ストレスや慢性炎症を引き起こし、平滑筋細胞の死と石灰化阻害因子の欠乏、平滑筋細胞の形質転換が促進されることも知られています 。これらの病態理解は、動脈硬化の予防や治療戦略の開発において重要な意義を持っています。