有病率を「患者数 ÷ 総人口」で計算すれば十分と思っているなら、スクリーニング結果を誤って解釈して患者に誤った説明をするリスクがあります。
有病率(Prevalence)とは、ある特定の時点または期間において、対象集団の中で疾患を持つ人の割合を示す疫学指標です。計算式は一見シンプルに見えますが、分母と分子の定義を正確に理解していないと、臨床現場での判断や研究の解釈を誤ります。
基本の計算式は以下のとおりです。
たとえば、ある病院で外来患者1,000人を対象に調査した際、ある時点で高血圧と診断されている人が200人いれば、点有病率は200 ÷ 1,000 = 0.2、つまり20%となります。これはサッカーグラウンドに100人立っていれば20人が高血圧という計算で、集団の「現在の疾患の重さ」を一枚の写真のように切り取ったものです。
期間有病率では、「調査期間中のどこかで疾患を持っていた人」をすべて分子に含めます。つまり期間の途中で完治した人も含む点が、点有病率と異なります。期間が長くなるほど値は大きくなりやすいため、研究論文を読む際は必ずどちらの有病率が使われているか確認が必要です。
つまり分母と分子の定義が違うということですね。
また、分母についても注意が必要です。分母は「疾患を持つ可能性のある人(危険集団)」であるべきで、すでに疾患を持っている人を含めて計算するかどうかが問われる場面があります。たとえば糖尿病の既往がある人を分母から除外するかどうかで、数値は大きく変わります。
医療従事者が混同しやすい指標として、有病率(Prevalence)と罹患率(Incidence Rate)があります。どちらも「疾患の頻度」を表しますが、時間軸と対象者の定義がまったく異なります。
罹患率の計算では、分母に「人年(Person-Year)」を使うことが標準的です。たとえば10人の患者を2年間追跡すれば分母は20人年となり、その間に4人が発症すれば罹患率は4 ÷ 20 = 0.2(人年あたり)となります。
意外ですね。
有病率と罹患率には以下の関係式が成り立ちます(慢性疾患など有病率が低い・安定している場合)。
つまり治療期間が長くなる慢性疾患ほど、罹患率が変わらなくても有病率が上昇します。この関係を把握しておくと、地域の疾患負担を評価したり、新しい治療法が有病率に与える影響を推測したりする際に役立ちます。
臨床研究の論文でも、この2つは明確に使い分けられています。横断研究(クロスセクション研究)では基本的に有病率が得られ、コホート研究では罹患率が得られます。論文を読む際に「この数字はどちらの指標か?」を確認する習慣が、研究の正しい解釈につながります。
有病率の数値は、スクリーニング検査の解釈において決定的な影響を与えます。ここが、多くの医療従事者が見落としやすいポイントです。
検査の性能を示す指標として、感度(Sensitivity)と特異度(Specificity)はよく知られています。しかし実際の臨床で重要なのは「検査が陽性だったとき、本当に疾患がある確率(陽性的中率:PPV)」です。そしてこのPPVは、有病率によって劇的に変化します。
たとえば、感度90%・特異度90%という高性能の検査があったとします。
同じ検査なのに、PPVが8%と90%で10倍以上変わります。これは使えそうです。
一般住民へのスクリーニングで「陽性」が出ても、それが偽陽性である確率のほうがはるかに高いことがあるのです。この原理を「ベイズの定理」と呼び、事前確率(有病率)・尤度比(感度・特異度から算出)・事後確率(PPV)の関係で整理されます。
臨床でこの知識が直接役立つ場面として、患者へのインフォームドコンセントがあります。「この検査が陽性でも、この地域の有病率を考えると7割は偽陽性の可能性があります」と説明できれば、患者の不必要な不安を減らすことができます。有病率が条件です。
理論だけでは身につきません。実際の数値を使って計算の流れを確認しましょう。
例題1:点有病率の計算
ある市の成人人口50,000人を対象に、ある年の10月1日時点で2型糖尿病の有病者数を調査したところ、4,500人が診断を受けていた。
日本の成人における2型糖尿病の有病率は概ね10〜15%程度とされており、この例題は現実的な数値です。
例題2:期間有病率の計算
同市で、2024年1月1日〜12月31日の1年間に、2型糖尿病の診断を持つ人(新規・既存含む)が6,000人いた。年間の対象集団は50,000人とする。
点有病率(9%)より期間有病率(12%)が高くなる理由は、期間中に「いた」患者を累積しているからです。つまり期間が長いほど値が大きくなるということですね。
例題3:罹患率との比較
同市で2024年の新規2型糖尿病発症者が300人、追跡人年が45,000人年だったとすると、罹患率=300 ÷ 45,000 = 0.0067(人年あたり)≈ 0.67%/年となります。
有病率9%・罹患率0.67%から平均罹病期間を逆算すると、9% ÷ 0.67% ≈ 約13.4年です。糖尿病は長期にわたる慢性疾患であり、この数値は現実と一致します。計算式が実態を反映しているということですね。
教科書には載っていない視点ですが、有病率の計算における「分母の曖昧さ」は、臨床現場で思わぬ混乱を生む原因になっています。
たとえば電子カルテや医療データベースを用いた後ろ向き研究では、「対象集団の総数」を定義するのが困難なケースが多々あります。外来受診者を対象にした場合、受診回数が多い患者ほどカウントされやすくなるため、有病率が実態より高く見える「バーカソン・バイアス(Berkson's Bias)」が生じることがあります。
バーカソン・バイアスが条件です。
このバイアスが特に問題になるのは、複数の疾患を持つ患者(多疾患併存:マルチモビディティ)の研究です。重症患者ほど受診頻度が高いため、外来ベースのデータでは軽症・無症状の有病者が過小評価される傾向があります。日本の国民健康・栄養調査のような住民ベースの調査と、外来データを使った院内調査では、同じ疾患でも有病率が2〜3倍異なる事例も報告されています。
実際の研究や臨床活動でデータを扱う際は、「このデータの有病率はどのような集団・定義で計算されているか?」を必ず確認することが、判断ミスを防ぐ第一歩になります。意外ですね。
また、電子カルテを用いた疾患管理において、日本医師会が提供するJMDC Claims Databaseや、厚生労働省のNDBオープンデータは、実際の有病率推計に使われる信頼性の高いデータソースです。論文での有病率推計の根拠として活用できます。
参考:厚生労働省「NDBオープンデータ(レセプト情報・特定健診等情報データベース)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000177221_00012.html
参考:国立国際医療研究センター「日本における主要疾患の有病率・罹患率データ」
https://www.ncgm.go.jp/