フレックスペンとフレックスタッチの最大の見た目の違いは、「ダイアルを回して単位設定したときの注入ボタンの挙動」です。フレックスペンは単位を上げるほど注入ボタンがせり上がり(伸びる)ますが、フレックスタッチは伸びない設計です。
この違いは単なるデザインではなく、患者指導での“押し方の再現性”に影響します。フレックスペンは伸びた注入ボタンを「真上から最後まで」押し込む必要があり、斜め押しや途中で指が滑ると押し残しの原因になり得ます。
また、フレックスペンは本体がフレックスタッチより細いため、「滑らないように本体をしっかり握る」注意が明示されています。握りが甘い患者(高齢、神経障害、関節症など)では、注入ボタンの押下そのものより“保持と姿勢”が崩れやすい点が落とし穴です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5653146/
一方、フレックスタッチは「注入ボタンが伸びない」ことで、単位設定後も押下姿勢が大きく変わりにくく、押し込み動作を一定にしやすい方向に働きます(少なくとも“伸びた分だけ押し方が変わる”要素を減らします)。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/010d2f3b3a113c0e69e1d0099050eb95738ce946
医療者側の説明で大切なのは、「どちらも同じように見えるから同じ押し方でOK」と言い切らないことです。特にフレックスペンからフレックスタッチへ、あるいはその逆の切替では、患者は“いつも通り”のつもりで手技を固定化しているため、注入ボタンの違いを最初に言語化して示すと事故予防になります。
デバイス差のもう一つの軸が「注入圧(押下に必要な力)」です。資料上も、フレックスペンはフレックスタッチと比較して注入圧が異なることが明記されています。
フレックスタッチは“軽い力で押せる”ことが改良点として整理されており、手指の力が弱い患者や、押し切る動作がつらい患者にとって体感差が出やすいポイントです。
さらに、最大投与量がフレックスペンでは60単位、フレックスタッチでは80単位と異なります。大量投与が必要な患者では、デバイスの上限差がそのまま「1回で打てるか/分割が必要か」という運用差になります。
ここは処方設計だけでなく、自己注射の継続性にも直結します。1回の注射で済むか、2回に分かれるかは、患者の負担(手技回数・針交換・心理的抵抗)を増減させ、結果としてアドヒアランスに影響するためです。最大投与量は“器械のスペック”ではなく“行動の回数”に翻訳して説明すると理解されやすくなります。
加えて、注入圧が軽い/重いは「痛み」や「漏れ」の訴えにも間接的に関係して語られることがあります。フレックスタッチは“投与終了時にクリック音が鳴る”など、押し切り完了の認識を補助する設計要素が挙げられており、押下完了の自己確認が苦手な患者には説明価値があります。
切替時に患者が混乱しやすいのが、「同じ部分」と「違う部分」が混在している点です。フレックスペンとフレックスタッチでは、単位増減時のダイアル音・クリック感が同じである一方、空打ち(プライミング)時の勢いが異なることが示されています。
そのため、「いつもより勢いが弱い/強い=故障」と早合点されやすく、患者によっては空打ちを過剰に繰り返して薬液ロスにつながります。空打ちの“見え方が違っても想定内”であることを、切替時に先回りして伝えるのが安全です。
共通ポイントとして、針は変わらない(JIS T 3226-2 A型)こと、投与量設定は1単位刻みであること、空打ちは2単位であることが明記されています。ここは「同じなので安心してください」と言える部分で、患者の不安を下げる材料になります。
一方で、共通であっても“省略してよい”とは限りません。たとえば「注射後、6秒以上針を刺したままにする」「針を付けたまま放置しない」といった注意は、デバイス変更時に自己流が出やすい場面で再確認する価値があります。
現場では、説明を短くするために「同じ使い方です」で終わらせがちです。しかし、資料がわざわざ“違い”を列挙している時点で、誤使用が起こりうる箇所がそこに集約されています。切替指導では、①注入ボタン、②空打ち、③押し切り完了、の3点だけは必ず口頭で触れる運用にすると再現性が上がります。
参考:フレックスペン⇔フレックスタッチの「違い(注入ボタン、注入圧、最大投与量、共通ポイント)」を短く整理した資料
https://www.nicho.co.jp/files/6505_NovoRapid_Difference_Between_Flextouch_and_Flexpen.pdf
切替時のインシデントで見落とされやすいのが、「患者本人は打ったつもりだが、実際には押し切れていない」ケースです。フレックスペンでは注入ボタンが伸びるため、押し込み量(ストローク)が視覚的にも増え、最後まで押し切る動作が不十分だと投与不足のリスクが生じます。
このとき患者は「針は刺した」「押した」という記憶だけが残り、投与不足が起きても“自己注射のミス”として自覚しにくいのが厄介です。
見抜きのコツは、患者の主訴を「血糖が高い」だけで終わらせず、手技のどこで詰まっているかを質問で分解することです。例えば、以下のような聞き方は短時間でも情報量が取れます。
また、患者が“どの違いを違いとして認識しているか”を確認すると、説明の再設計がしやすくなります。ダイアル音が同じで安心している人もいれば、空打ちの勢いが違うだけで不安になる人もいます。
このズレを放置すると、患者は「不安だから空打ちを何回もする」「押すのが怖いから浅く刺す」など、別の自己流に進む可能性があります。切替指導では“安心材料(共通点)”と“注意点(相違点)”をセットで提示するのが安全です。
デバイスの違いを知っていても、指導がうまくいかない原因は「説明の粒度が患者背景に合っていない」ことです。ここは検索上位の記事では“違いの列挙”で終わりがちですが、実務では「誰に、どの違いを、どの順で教えるか」が重要です。
同じ資料に基づく説明でも、患者の握力・視力・理解度・注射への恐怖で刺さるポイントは変わるため、教え方をテンプレ分岐させると運用が安定します。
以下は、医療従事者が短時間で使える“教え方の分岐”例です(院内の指導メモにも転用しやすい形にしています)。
そして、説明で必ず触れる“固定フレーズ”を決めると、スタッフ間でばらつきが減ります。例えばフレックスペンなら「注入ボタンが伸びるので、真上から最後まで」、共通なら「押したら0まで、注射後は6秒」など、短い言い回しにしておくと患者も覚えやすいです。
このように、違いの知識を「指導スクリプト」に落とすところまでが、医療従事者向けの記事としての価値になります。