神経障害性疼痛は、通常の侵害受容性疼痛とは異なるメカニズムで発生し、独特の症状パターンを示します。最も特徴的な臨床所見は、障害された神経の支配領域に一致した部位に現れる自発的な痛みや刺激誘発性の痛みです。また、その部位には感覚の異常を合併することが多いとされています。
神経障害性疼痛の主な症状として、患者は以下のような訴えをすることが多いです。
特にアロディニアは神経障害性疼痛に特徴的な症状で、衣類が触れるだけ、冷風が当たるなどの通常では痛みを感じない程度の刺激で強い痛みが誘発されます。これにより日常生活に大きな支障をきたすことがあります。
診断においては、「神経障害性疼痛スクリーニング質問票」などのツールが活用されます。日本で開発されたスクリーニング質問票では、上記の7つの症状の特徴について評価し、神経障害性疼痛の可能性を判断します。また、painDETECTなどの国際的な評価ツールも活用されています。
神経障害性疼痛の診断は一般的に以下のステップで進められます。
神経障害性疼痛の主な原因疾患としては、糖尿病性神経障害、帯状疱疹後神経痛、外傷性神経障害、中枢性疼痛症候群(脳卒中後など)、複合性局所疼痛症候群などが挙げられます。これらの疾患に罹患している場合、神経障害性疼痛の可能性を常に念頭に置く必要があります。
神経障害性疼痛の治療において、薬物療法は基本的なアプローチとなります。日本神経障害性疼痛ガイドライン(2021年改訂)では、効果と副作用のバランスを考慮した段階的な薬物選択が推奨されています。
第一選択薬
これらの薬剤は神経障害性疼痛に対するエビデンスが確立されており、最初に試みられることが多いです。第一選択薬の特徴として、神経の興奮を抑制したり、痛みの伝達を調節する神経伝達物質のバランスを整えたりする作用を持ちます。
プレガバリンやミロガバリンはカルシウムチャネルα2δリガンドとして作用し、過剰に興奮した神経の活動を抑制します。一方、デュロキセチンやアミトリプチリンは下行性疼痛抑制系を活性化することで鎮痛効果を発揮します。
第二選択薬
第一選択薬で十分な効果が得られない場合や、副作用により継続使用が難しい場合に検討される薬剤です。トラマドールは弱いμオピオイド受容体作動作用とセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害作用を併せ持つ特徴的な鎮痛薬です。
第三選択薬
強オピオイドは効果が高い一方で、副作用や依存のリスクがあるため、疼痛専門医の管理下での使用が推奨されています。長期使用については慎重な判断が必要です。
薬物療法の実施にあたっては、以下のような段階的アプローチが有効です。
神経障害性疼痛の薬物療法では、完全な痛みの消失を目指すのではなく、痛みの軽減とQOLの向上を目標とすることが現実的です。また、患者の年齢や合併症、併用薬などを考慮した個別化治療が重要となります。
薬物療法で十分な効果が得られない場合や、副作用により継続が困難な場合には、神経ブロックや神経刺激療法などの介入治療が検討されます。これらは専門的な技術を要するため、ペインクリニックや麻酔科などの専門医療機関で実施されることが一般的です。
神経ブロック療法
神経ブロックは、痛みを伝える神経経路を遮断するために用いられる治療法です。局所麻酔薬を用いて、痛みの原因となっている神経の周辺に注射を行います。神経ブロックの特徴として。
神経ブロックの種類には、星状神経節ブロック、腰部交感神経節ブロック、硬膜外ブロック、末梢神経ブロックなどがあり、症状の部位や原因に応じて適切な手技が選択されます。
神経刺激療法
神経刺激療法は、電気的な刺激を利用して痛みの伝達や認知を調整する治療法です。代表的なものに以下があります。
これらの刺激療法は、薬物療法と比較して身体的依存や耐性の問題が少なく、長期的な疼痛管理に有用である可能性があります。特に薬物療法で副作用が問題となる患者や、効果が不十分な難治性の神経障害性疼痛に対して検討される価値があります。
神経刺激療法を検討する際のポイント。
神経障害性疼痛は単に痛みという身体症状だけでなく、患者の生活全体に大きな影響を与えます。特に睡眠障害、抑うつ、活力低下などの併存症状が多く、これらが痛みをさらに増強させる悪循環を形成することがしばしば見られます。そのため、治療においては痛みの軽減だけでなく、QOLとADL(日常生活動作)の向上を目標とした包括的なアプローチが重要です。
多面的アプローチによる管理
神経障害性疼痛の包括的な管理には以下の要素が含まれます。
特に重要なのは、これらの治療法を単独ではなく組み合わせて実施することです。神経障害性疼痛に対する生物心理社会的アプローチとして、身体的要因、心理的要因、社会的要因を総合的に評価し、個々の患者に合わせた治療計画を立てることが推奨されています。
治療目標の設定と評価
神経障害性疼痛の治療においては、現実的な目標設定が重要です。
治療効果は、痛みの程度だけでなく、QOL指標やADL評価、心理状態の評価など複数の尺度を用いて総合的に判断することが望ましいでしょう。定期的な評価と治療計画の見直しにより、長期的な疼痛管理の最適化が可能となります。
神経障害性疼痛のメカニズムはきわめて複雑ですが、近年の研究で交感神経系が重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。特に複合性局所疼痛症候群(CRPS)などでは、交感神経依存性疼痛が病態の一部を形成していると考えられています。
交感神経系と神経障害性疼痛の関連
交感神経系が神経障害性疼痛に関与するメカニズムには以下のようなものがあります。
交感神経依存性の痛みを評価する方法として、交感神経ブロック(星状神経節ブロックや腰部交感神経節ブロックなど)による疼痛緩和効果を確認することがあります。このようなブロックで一時的に痛みが軽減する場合、交感神経系の関与が強く示唆されます。
新しい治療アプローチ
神経障害性疼痛に対する最新の治療アプローチには、以下のようなものがあります。
特定の神経調節タンパク質を標的とした治療法の開発が進められています。例えばNGF(神経成長因子)の抗体療法などが研究されています。
痛みの発生部位に直接作用する薬物送達システムにより、全身性の副作用を軽減しつつ効果を高める試みがあります。
疼痛関連遺伝子の発現を調節する治療法が研究段階にあります。特にウイルスベクターを用いた遺伝子導入により、持続的な鎮痛効果を期待する研究が進められています。
認知の修正を目的としたVR技術の応用が注目されています。特に幻肢痛や複合性局所疼痛症候群などに対する有効性が報告されています。
神経障害性疼痛における炎症プロセスに着目し、特異的な抗炎症療法の開発が進められています。
これらの新しいアプローチは、従来の治療法で効果が不十分であった難治性の神経障害性疼痛に対する選択肢を広げる可能性を持っています。
臨床実践への示唆
神経障害性疼痛の管理において、交感神経系の関与を考慮することで、より効果的な治療戦略を立てられる可能性があります。
また、最新の治療法についての情報収集と、適応となり得る患者の適切な専門医療機関への紹介も重要です。特に難治性の神経障害性疼痛では、単一の医療機関ではなく、多職種による集学的アプローチが望ましいでしょう。
神経障害性疼痛の治療は日々進化しており、今後もさらなる研究開発が期待されます。医療従事者は最新のエビデンスに基づいた治療を提供するとともに、患者個々の状況に応じたパーソナライズドケアの実践が求められています。
神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン 改訂第2版(日本ペインクリニック学会による最新の治療指針)
慢性疼痛診療ガイドライン(神経障害性疼痛を含む包括的な疼痛管理についての情報)