肺塞栓症の症状と治療方法
肺塞栓症の基本知識
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多彩な症状
呼吸困難と胸痛が主症状だが、無症状から重篤なショック状態まで様々な臨床像を示します
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治療の多様性
抗凝固療法を基本に、重症度に応じて血栓溶解療法やカテーテル治療を適切に選択することが重要です
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早期発見の重要性
「疑うこと」が最も重要な診断の第一歩であり、迅速な判断と治療開始が予後を左右します
肺塞栓症の主な症状と臨床像
肺血栓塞栓症(肺塞栓症)は、血栓が肺動脈を閉塞することで発症する疾患です。症状は血栓の大きさや位置によって様々で、無症状から生命を脅かす重篤な状態まで幅広く存在します。
最も頻度の高い症状としては以下のものがあります。
- 呼吸困難(73%):突然の息切れが特徴的で、安静時には軽度でも活動時に悪化することがあります
- 胸痛(66%):鋭い痛みや圧迫感として感じられ、呼吸によって痛みが増強することが多いです
- 咳(37%):乾いた咳が特徴的で、時に血痰を伴うこともあります
- 起座呼吸(28%):横になると息苦しくなるため、座位をとることで呼吸を楽にしようとする状態です
- 下肢の症状(44%):ふくらはぎや太ももの痛みや腫れを伴うことがあり、これは深部静脈血栓症(DVT)の存在を示唆します
その他、発症頻度は低いものの、以下のような症状も確認されています。
- 喘鳴(21%)
- 喀血(13%)
- 不整脈
- めまい・ふらつき
- 失神
- ショック状態
- 心停止
高齢者では精神状態の変化(せん妄など)が最初の症状として現れることもあるため、注意が必要です。
重要なポイントとして、肺塞栓症では症状の重症度と血栓の大きさが必ずしも相関しません。大きな血栓による肺塞栓でも症状が軽微なケースや、無症状の患者も全体の約1/3を占めるとされています。このため、肺塞栓症の診断において最も重要なのは「疑うこと」です。
肺塞栓症を疑うべきリスク因子としては、長期臥床、手術後、悪性腫瘍、妊娠・出産、経口避妊薬使用などがあり、これらのリスク因子を持つ患者で呼吸器症状が見られる場合は、積極的に肺塞栓症を鑑別に挙げる必要があります。
肺塞栓症の診断アプローチと重症度評価
肺塞栓症の診断は、症状や身体所見だけでは確定できないため、複合的なアプローチが求められます。診断の流れは以下の通りです。
臨床的疑いの評価
Wellsスコアなどの臨床予測ルールを用いて、肺塞栓症の可能性を評価します。
Wellsスコアの項目。
- DVTの臨床症状および徴候:3点
- 肺塞栓症以外の診断の可能性が低い:3点
- 心拍数>100/分:1.5点
- 4週間以内の不動化または手術:1.5点
- 過去のDVT/PE:1.5点
- 喀血:1点
- 悪性腫瘍:1点
4点以上で肺塞栓症の可能性が高いとされます。
血液検査
D-ダイマー検査は陰性の場合に肺塞栓症を除外するのに有用です。ただし、陽性の場合は特異度が低く、様々な疾患で上昇するため注意が必要です。
画像診断
肺塞栓症の確定診断には以下の画像検査が用いられます。
- 造影CT検査:現在の第一選択の検査法で、感度と特異度が高く迅速に実施可能です
- 肺換気血流シンチグラフィ:造影CTが施行できない患者に適しています
- 経胸壁心エコー:右心負荷所見から間接的に肺塞栓症を疑うことができ、重症例の評価に有用です
重症度評価
肺塞栓症の重症度分類は治療方針の決定に重要です。
- 大量肺塞栓症(高リスク)
- ショックや低血圧を伴う
- 血栓溶解療法やカテーテル治療、外科的治療の適応となる可能性が高い
- 中間リスク肺塞栓症
- 血行動態は安定しているが右心負荷所見あり
- 心筋障害マーカー(トロポニンなど)の上昇で亜高リスクと判断
- 低リスク肺塞栓症
- 血行動態が安定している
- 右心負荷や心筋障害の所見なし
- 抗凝固療法が主体となる
重症度評価にはPESI(Pulmonary Embolism Severity Index)スコアなども用いられ、点数が高いほど予後不良とされています。
肺塞栓症の抗凝固療法と薬物治療の実際
肺塞栓症治療の基本は抗凝固療法です。治療の目的は、①血栓の進行防止、②新たな血栓形成の抑制、③肺血流の改善にあります。
初期治療と全身管理
診断後は以下の初期治療を速やかに開始します。
- ベッド上安静:新たな血栓の移動を防止します
- 酸素投与:酸素飽和度低下時に実施します
- 輸液療法:必要に応じて水分・電解質を補充します
- 疼痛管理:適切な鎮痛薬を使用します
抗凝固療法の選択肢
- 未分画ヘパリン
- 即効性のある静注薬で、効果が予測しやすい利点があります
- 出血リスクが高い患者では効果を迅速に中和できるメリットがあります
- APTTをモニタリングしながら用量調整が必要です
- 低分子量ヘパリン(LMWH)
- 皮下注射で投与し、用量調整が不要です
- 出血などの合併症が少ない利点があります
- 経口抗凝固薬
- ワルファリン:古くから使用されている薬剤ですが、食事内容の影響を受けやすく定期的なPT-INRの測定が必要です
- 直接経口抗凝固薬(DOAC):アピキサバン、エドキサバン、リバーロキサバンなどがあり、定期的なモニタリングが不要で食事の影響も少ないため、近年では第一選択薬になりつつあります
特にがん患者では、従来使われてきた低分子量ヘパリンよりもDOACの方が効果が高いとされています。
抗凝固療法の期間は原因や再発リスクにより異なります。
- 一過性のリスク因子(手術など):3〜6ヶ月
- 原因不明または持続的リスク因子(悪性腫瘍など):無期限または状況改善まで
- 再発例:無期限
肺塞栓症のカテーテル治療と血栓溶解療法の最新知見
より積極的な治療が必要な大量肺塞栓症や血行動態が不安定な症例では、血栓溶解療法やカテーテル治療が選択されます。
血栓溶解療法
血栓溶解療法は血栓を直接溶かす薬剤を用いて、急速に肺血流を回復させる治療法です。
- 適応:大量肺塞栓症(ショックや持続的低血圧を伴う場合)や、血行動態は安定しているが重篤化リスクが高い一部の症例
- 日本で保険適用のある薬剤:モンテプラーゼ(組織型プラスミノゲンアクチベータの変異型)
- メリット。
- 血行動態の迅速な改善
- 右心負荷の軽減
- 症状の早期改善
- デメリット。
- 出血リスクの増加(特に脳出血など重篤な出血)
- 高齢者や出血リスクの高い患者では注意が必要
最近の研究では、中等度リスクの肺塞栓症に対する血栓溶解療法は、循環動態改善効果は認められるものの生命予後に有意差はなく、出血性合併症のリスクが増加するとされています。そのため、若年者など出血リスクの少ない患者を中心に慎重に適応を判断する必要があります。
カテーテル治療
カテーテル治療は、血栓溶解療法が禁忌の場合や、より直接的な血栓除去が必要な場合に選択されます。治療効果の高さと侵襲性の低さから近年注目されています。
カテーテル治療の種類。
- カテーテル的血栓吸引術:専用カテーテルで血栓を直接吸引します
- カテーテル的血栓破砕術:血栓を破砕して末梢の小血管に分散させ、中枢肺動脈の閉塞を解除します
- 流体力学的血栓除去術:高圧の生理食塩水を噴射して血栓を破砕・吸引します
- カテーテル的血栓溶解療法:カテーテルを通じて血栓に直接溶解薬を投与します
カテーテル治療の利点。
- 血栓溶解療法が禁忌の患者にも施行可能
- 全身への血栓溶解薬投与量を減量または回避できる
- 外科的血栓摘除術より侵襲が少ない
一方、技術的な熟練を要することや、施設によっては24時間体制での対応が難しいという課題もあります。
肺塞栓症の予防戦略と患者教育の実践ポイント
肺塞栓症は適切な予防措置によって多くの発症を防げる疾患です。また、発症後の患者教育により再発予防や早期受診につなげることができます。
リスク評価と予防戦略
肺塞栓症のリスク因子は「患者関連因子」と「状況関連因子」に分類できます。
- 患者関連因子
- 高齢
- 肥満(BMI≧30)
- 静脈血栓塞栓症の既往
- 悪性腫瘍
- 血栓性素因
- ホルモン療法
- 妊娠・産褥期
- 慢性炎症性疾患
- 状況関連因子
- 大手術(特に整形外科手術や腹部・骨盤手術)
- 外傷
- 長期臥床
- 長時間の座位
- 中心静脈カテーテル留置
- 入院(特に集中治療室入院)
これらのリスク因子を持つ患者に対して、適切な予防措置を講じることが重要です。
予防措置の種類
- 機械的予防法
- 早期離床・積極的な運動:最も基本的で重要な予防策です
- 弾性ストッキング:足首から大腿部にかけて段階的に圧迫を加え、静脈還流を促進します
- 間欠的空気圧迫法(IPC):専用装置で下肢を間欠的に圧迫し、静脈還流を促進します
- 薬物的予防法
- 低分子量ヘパリン:最も広く使用されている薬物的予防法です
- 未分画ヘパリン:腎機能障害患者などに選択されます
- 直接経口抗凝固薬:整形外科手術後の予防などで使用されます
最新の予防アプローチ
- 電子カルテを活用したリスク評価システム
入院時に自動的に静脈血栓塞栓症のリスクを評価し、適切な予防措置を提案するシステムにより予防措置の実施率向上と発症率低下が報告されています。
- リスクに応じた層別化予防戦略
患者のリスクに応じて機械的予防法と薬物的予防法を適切に組み合わせることで、より効果的な予防が可能になります。
患者教育のポイント
肺塞栓症患者への教育は再発予防や早期受診のために極めて重要です。
- 疾患理解の促進
- 肺塞栓症のメカニズムと症状について、わかりやすく説明する
- 視覚的な教材を活用する
- 再発症状の認識
- 再発を示唆する症状(呼吸困難、胸痛、下肢の腫れや痛みなど)の具体的な説明
- 症状出現時にすぐ医療機関を受診することの重要性を強調
- 抗凝固療法のアドヒアランス向上
- 薬剤の種類に応じた服薬指導
- 食事や他剤との相互作用に関する情報提供
- 服薬アプリやリマインダーの活用
- 生活指導
- 長時間の同一姿勢の回避
- 定期的な運動の推奨
- 長距離旅行時の注意点(定期的な歩行、水分摂取など)
- 禁煙指導
多職種連携アプローチ
肺塞栓症の患者管理には多職種連携が重要です。
- 抗凝固外来:専門の看護師や薬剤師による抗凝固療法の管理
- 理学療法士による指導:適切な運動療法のプログラム作成や弾性ストッキングの着用指導
- 薬剤師による服薬指導:抗凝固薬の適正使用や副作用モニタリングの説明
肺塞栓症の予防と患者教育は、再発防止だけでなく患者のQOL向上にも直結します。医療者は最新のエビデンスと技術を活用し、個々の患者に適した予防戦略と教育プログラムを提供することが重要です。また、患者自身が疾患と治療に積極的に関わることができるよう、エンパワーメントの視点を持った支援が求められています。
肺塞栓症におけるデジタルヘルス活用と遠隔モニタリングの展望
近年、肺塞栓症の管理においてデジタル技術の活用が進んでいます。特に抗凝固療法のモニタリングや患者教育、再発予防において、テクノロジーを活用した新しいアプローチが注目されています。
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肺塞栓症患者