血栓溶解薬は、プラスミノーゲンをプラスミンに変換することで血栓を溶解する薬剤です。現在臨床で使用される血栓溶解薬は、大きく2つのタイプに分類されます。
組織型プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)
ウロキナーゼ型プラスミノーゲン活性化因子(u-PA)
日本で承認されているt-PA製剤は全て遺伝子組み換え技術により製造された製剤(rt-PA)で、天然のt-PAと同じアミノ酸配列を持つアルテプラーゼと、半減期延長のためにアミノ酸置換を行ったモンテプラーゼがあります。
アルテプラーゼは527個のアミノ酸からなる一本鎖ポリペプチドで、分子量は約7万ダルトンです。チャイニーズハムスター卵巣細胞を用いた組み換えDNA技術により合成され、血管内皮細胞で産生される通常のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子と同じ構造を持ちます。
臨床で使用される血栓溶解薬の詳細な特徴を以下に示します。
アルテプラーゼ製剤
商品名 | 製造会社 | 単位数 | 薬価(円/瓶) |
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アクチバシン注600万 | 協和キリン | 600万国際単位 | 32,014 |
アクチバシン注1200万 | 協和キリン | 1200万国際単位 | 70,384 |
アクチバシン注2400万 | 協和キリン | 2400万国際単位 | 140,570 |
グルトパ注600万 | 田辺三菱製薬 | 600万国際単位 | 33,431 |
グルトパ注1200万 | 田辺三菱製薬 | 1200万国際単位 | 69,832 |
グルトパ注2400万 | 田辺三菱製薬 | 2400万国際単位 | 134,842 |
アルテプラーゼの主な適応は以下の通りです。
モンテプラーゼ製剤
商品名 | 製造会社 | 単位数 | 薬価(円/瓶) |
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クリアクター静注用40万 | エーザイ | 40万国際単位 | 36,301 |
クリアクター静注用80万 | エーザイ | 80万国際単位 | 60,414 |
モンテプラーゼは半減期延長のために一部アミノ酸を置換した製剤で、急性肺塞栓症に主に適応があります。
ウロキナーゼ製剤
商品名 | 製造会社 | 単位数 | 薬価(円/瓶) |
---|---|---|---|
ウロナーゼ静注用6万単位 | 持田製薬 | 6万単位 | 9,400 |
ウロナーゼ冠動注用12万単位 | 持田製薬 | 12万単位 | 7,810 |
ウロキナーゼは従来から使用されている血栓溶解薬で、比較的低コストですが、フィブリン特異性が低いため使用が限定されています。
血栓溶解薬の適応は疾患と病期により厳格に定められています。
急性虚血性脳梗塞
日本脳卒中学会の適正治療指針では、静注用血栓溶解薬にはアルテプラーゼを用い、投与量として0.6mg/kgを静注することが推奨されています。発症から4.5時間以内という時間制限があり、この治療法では60分かけて慎重に静脈内投与を行います。
脳梗塞に対する血栓溶解療法は1996年に米国で初めて認可され、その科学的根拠は米国NINDSによる無作為化比較試験に基づいています。
急性心筋梗塞
急性ST上昇型心筋梗塞では、発症後6時間以内にアルテプラーゼまたはモンテプラーゼを投与します。冠動脈血栓の溶解により高い再開通率が期待できます。
急性肺塞栓症
低血圧を伴う急性肺塞栓症に対しては、主にモンテプラーゼが使用されます。全身投与または局所投与により血栓の溶解を図ります。
脳静脈洞血栓症
重症例や急速に進行する症例では、ウロキナーゼやt-PAを使用した血栓溶解療法を実施します。局所血栓溶解療法では血管造影下でカテーテルを血栓近くまで到達させ、より効果的な血栓溶解を目指します。
新たな適応疾患への展開
現在、テネクテプラーゼという新しい血栓溶解薬の臨床試験が進行中です。国立循環器病研究センターと杏林大学を中心とした多施設共同研究により、急性期脳梗塞への適応が検討されています。
血栓溶解薬の最も重要な副作用は出血性合併症です。
主要な副作用
モニタリングの重要性
血栓溶解薬投与中は以下の点に注意が必要です。
リスク因子の評価
血栓溶解療法実施前には以下のリスク因子を慎重に評価します。
臨床現場での血栓溶解薬選択では、単純に薬剤の薬理学的特性だけでなく、患者の個別性や医療機関の体制も考慮する必要があります。
コスト効果を考慮した選択
アルテプラーゼ製剤は高額ですが、フィブリン特異性の高さから副作用リスクが相対的に低く、特に脳梗塞領域では第一選択となります。一方、ウロキナーゼは低コストですが、使用場面が限定的になっています。
血栓溶解薬の薬価を比較すると、アルテプラーゼ600万単位で約3万円、1200万単位で約7万円と高額です。しかし、治療効果と安全性を総合的に評価すると、適応のある症例では積極的な使用が推奨されます。
時間的制約への対応策
脳梗塞では4.5時間、心筋梗塞では6時間という厳格な時間制限があるため、救急医療体制の整備が不可欠です。多くの医療機関では、血栓溶解薬の迅速な準備と投与体制を構築しています。
患者選択の細分化
最近の臨床研究では、画像診断による血栓の性状評価や、患者の遺伝的背景を考慮した個別化医療の重要性が指摘されています。特に、血栓の組成(フィブリン豊富型vs血小板豊富型)により、血栓溶解薬の効果に差があることが報告されています。
将来の展望
テネクテプラーゼなどの新世代血栓溶解薬は、半減期の延長により単回投与が可能となり、医療現場での利便性向上が期待されています。また、血栓溶解薬と機械的血栓回収術の併用療法についても、さらなる研究が進められています。
血栓溶解療法の成功には、適切な患者選択、迅速な診断と治療開始、そして綿密なモニタリングが不可欠です。医療従事者は各薬剤の特性を十分に理解し、個々の患者に最適な治療選択を行うことが求められます。
参考リンク。
日本脳卒中学会の静注血栓溶解療法適正治療指針について詳細な投与基準と注意事項が記載されています
日本脳卒中学会 静注血栓溶解(rt-PA)療法適正治療指針
国立循環器病研究センターの最新臨床試験情報について
急性期脳梗塞の新たな血栓溶解薬開発に向けて臨床試験を開始