医療者でも「空打ちは空気抜き」とだけ捉えがちですが、患者指導で本当に効く説明はもう一段具体化したものです。日本糖尿病協会の手技ガイドでは、空打ちは「注射の前に必ず」行い、針先から少なくとも液が一滴出ることを確認する、とされています。さらにその理由として、①液の流路が閉塞していない確認、②注入器が壊れていない確認、③注射針の空気を除去するため、が明示されています。これを読むと、空打ちは“安全確認を兼ねた始業点検”に近い行為だと位置づけ直せます。指導の場では「空気を抜くためです」に加えて「詰まっていたらその時点で気づけるので、打った“つもり”を防げます」と言い換えると、実務に直結した理解になります。
また、日本くすりと糖尿病学会の注射手技チェックリストでも、空打ちは「意味(目的)を理解し、毎回実施」する項目として扱われています。単なる推奨ではなく、自己注射の質保証の中核に置かれている点が重要です。現場では「患者が慣れてきた頃に空打ちを省略する」「忙しい朝に省略する」などが起こりやすいですが、そこに潜むリスクは“空気”より“閉塞・装着不良の見逃し”です。つまり、空打ちを省くと、患者は失敗を自覚しないまま投与不足(あるいは実質ゼロ投与)を起こし、高血糖や体調不良に繋がって初めて気づくことがあります。だからこそ、医療者は「空打ちは毎回の安全装置」として伝える必要があります。
「なぜ1単位ではなく2単位なのか?」という質問は、患者さんよりも、むしろ新人看護師・新人薬剤師から出やすい印象があります。日本くすりと糖尿病学会の注射手技チェックリストでは、空打ちの量について「2単位(ランタスXRは3単位)」に設定することが明記されています。つまり、国内の実務的な標準化資料で“2単位が基準”として扱われている、というのがまず大きな根拠です。
ここで押さえておきたいのは、「2単位」は“気泡の量を2単位分想定している”という意味ではないことです。実際の目的は、針内を薬液で満たし、機器の流路が通っていることを視認で確認できる状態にすることです。そのため、1単位でも状況によっては滴下が見えることはありますが、常に見えるとは限りません。2単位は、毎回の再現性(=教育現場での成功率)を上げるための現実解として理解すると、指導側の迷いが減ります。特に、針を付け替えた直後や、ペンの保管状況(温度変化など)によっては微小な気泡が生じやすく、押し出しの“きっかけ量”として余裕を見た設定が実務では扱いやすいのです。
加えて、日本糖尿病協会のガイドは「一滴出ることを確認」としているため、単位数そのものより“出たことの確認”が本体です。したがって、2単位に合わせることを機械的に強調するより、「2単位に合わせて、出るのを確認する。出なければ針交換や再度空打ち」という行動セットで教える方が安全です。医療従事者向け記事としては、この“量”と“確認”の主従関係を明確に書くと、指導の質が上がります。
実際の手順は、患者が自己流になりやすい部分なので、手技を言語化しておく価値があります。日本くすりと糖尿病学会のチェックリストには、空打ちの一連の動作として「注射針を上に向け」「3〜4回はじいて空気を上に集め」「針先を上に向けたまま注入ボタンを最後まで押し」「インスリンが出ていることを確認」といった具体的行動が並びます。ここが、指導での“観察ポイント”になります。
医療者の指導場面でありがちなズレは、「2単位に合わせた」ことだけを確認し、針先が上を向いていない/はじいていない/最後まで押し切れていない/出たことを見ていない、を見逃すことです。空打ちは“セッティング”ではなく“通液確認”なので、最終的に針先に薬液が現れたかが結果指標です。患者が視力低下や手指巧緻性低下を抱えている場合、「出たかどうか」自体が曖昧になり得るため、医療者側は「針先に光る小さな液滴が見える」など観察の言語化、あるいは背景色を変える工夫(白いティッシュの上で行う等)を提案すると再現性が上がります。
そして、空打ちで出ない場合の対応も、必ず教えるべきです。PMDA掲載のインスリンペン型注入器(ヒューマペン サビオ)添付文書では、空打ちでインスリンが出てこない場合は針を交換し、インスリンが出てくるまで空打ちを繰り返すこと、それでも出ないなら故障の恐れがあるため新しい本品に交換すること、が示されています。ここまで踏み込むと、患者は「出ないまま注射を続ける」事故を避けられますし、医療者も「どの段階で受診・相談に繋げるか」を具体的に示せます。
参考:自己注射手技の基本(空打ちの目的・針先から一滴確認、針をつけっぱなしにしない等)
日本糖尿病協会「インスリン自己注射ガイド」(PDF)
参考:空打ち量2単位(ランタスXRは3単位)、針先上向き・はじく・出る確認などの具体チェック項目
日本くすりと糖尿病学会「注射手技チェックリスト」(PDF)
「空打ちは2単位」と覚えている医療者ほど、例外に弱くなります。日本くすりと糖尿病学会のチェックリストには、ランタスXRは空打ち3単位と明記されています。さらに、サノフィの患者向け資材でも「空打ちの単位は3単位(2と4の間)」と書かれており、メーカー資料としても3単位が提示されています。ここは“施設内の思い込み”で2単位に統一しないよう注意点として強調すべきです。
では、なぜランタスXRだけ3単位になり得るのか。一般に、製剤によって濃度やペン機構が異なり、同じ「1単位」でも吐出される液量が同一ではない場合があります。患者説明として安全なのは、細かい濃度の話に踏み込みすぎるより、「薬の種類によって、空打ちに必要な目盛りが違うことがある。あなたの薬では3単位がルール」という“個別化の原則”で伝えることです。医療者向けには、チェックリストとメーカー資材の両方に根拠がある点を押さえておけば、監査・指導の場でも説明が通ります。
また、指導のときに便利な言い換えを用意しておくと、患者の抵抗感(「毎回捨てるのがもったいない」)が下がります。例えば次のように伝えると実践率が上がります。
このとき、「もったいない」への対応として、針を付けっぱなしにしない指導もセットにすると説得力が増します。日本糖尿病協会のガイドでは、針をペン型注射器につけたままにするとカートリッジに空気が入り、投与量が不正確になるおそれがある、とされています。つまり、空打ちを“節約”するために針を付けっぱなしにする行為は、逆に空気混入や不正確投与を招き、空打ちの必要性を増やす方向に働きます。ここをセットで説明できると、患者の納得感は上がりやすいです。
参考:ランタスXRの空打ちは3単位と明記(患者向け資材)
サノフィ「ランタスXRをご使用の患者様へ」(PDF)
検索上位の解説は「空気を抜く・針の詰まり確認・2単位が目安」で概ね収束しますが、現場ではもう一つ“見えにくい問題”があります。それは、空打ちの操作が患者にとって「毎回の儀式」になり、うまくいかない日が続くと“空打ち疲れ”が起こることです。空打ちで出ない、何度やっても出ない、やり直しが増える、指が痛い、朝の忙しい時間に焦る——こうした流れで省略につながります。つまり、空打ちの教育は手技だけでなく、継続可能性(アドヒアランス)も設計しないと崩れます。
この対策として、医療者ができることは「出ない原因」を患者が切り分けられるようにすることです。PMDAの添付文書にある通り、まず針交換、次に空打ちの繰り返し、それでも出ないなら器具交換(故障疑い)という意思決定の順番を、患者の“迷いなく動けるアルゴリズム”として渡します。さらに、針を斜めに装着すると後針が曲がり、流路不良の原因になり得ることが日本糖尿病協会ガイドで写真付きで示されているため、「真っ直ぐ付ける」「装着後に必ず確認」という行動も、空打ち不成功の予防策として教えられます。ここまで踏み込むと、患者は“空打ちが苦手”なのではなく、“原因のある失敗”をしている可能性に気づけます。
最後に、医療者向けに一つ意外な観点を加えるなら、「小さすぎる気泡の扱い」です。気泡があると不安になり、空打ちを過剰に繰り返す患者がいます。しかし、学会資料や薬剤師会の資料では、空打ちの主目的は大きな気泡や閉塞の確認にあり、繰り返しにより消耗(薬液の無駄、手技負担)が増えると逆効果になり得ます。そこで指導では「空打ちは“出る確認”が取れたら終わり」「小さな気泡をゼロにする競技ではない」というメッセージを添えると、過剰な空打ちを減らし、結果的に省略の予防にもつながります。患者の行動は“正確さ”と“続けやすさ”の綱引きなので、医療者は両方のバランスを取りにいくべきです。
参考:空打ちで出ない場合の対処(針交換、出るまで繰り返し、それでも出ないなら故障疑いで交換)
PMDA掲載 添付文書「ヒューマペン サビオ」(PDF)