医療従事者でも文章化の瞬間に迷いやすいのが、「目薬をさす」の“さす”を漢字にする場面です。一般に候補として挙がるのは「差す」「点す」「注す」の3つで、いずれも「目に薬液を入れる」行為を指し得ますが、語感と成り立ちは同一ではありません。
「点す(さす)」は、点眼(てんがん)の「点」と結びつきが強く、「少量を点のように垂らす」というイメージを素直に表します。
参考)「目薬をさす」を漢字で書くと?元となった表記を知れば思わず納…
実務で「点眼」という語が標準化している背景には、この“点として落とす”発想があり、用語としての整合性が高い表記です。
「注す(さす)」は「注ぐ」と同根で、「液体を注ぎ入れる」という意味合いを含みます。
ただし点眼は通常“1滴”であり、「注ぐ」の語感は量が多い動作にも連想が広がるため、現代の一般文では相対的に出番が減った、と説明されることが多い表記です。
「差す(さす)」は日常語として圧倒的に広く使われる「さす」の代表的な漢字で、辞書では「目薬を差す」の用例が示され、一般向けの文章で採用されやすい立ち位置にあります。
“液体を入れる”という意味を「差す」が直接持つかどうかは議論が分かれますが、現代日本語の運用として「目薬を差す」が一定の標準として機能している点が重要です。
医療現場で困るのは、漢字の“正誤”よりも「媒体ごとに表記が混在して誤解と不信感を生む」ことです。そこで、媒体別の実務ルールを先に決めると運用が安定します。
この整理の“意外な盲点”は、同じ院内でも「患者説明文」と「職員向け手順書」がコピペ混在しやすいことです。たとえば職員向けに「点眼」と書いた文をそのまま患者へ渡すと、言葉としては正しくても距離感が生まれ、質問が増えることがあります(特に高齢者で顕著です)。
院内で統一するなら、テンプレートの語彙を2層にしておくと事故が減ります。
この“二重テンプレ”は、医療安全というよりコミュニケーション安全の設計です。伝わる言葉に寄せつつ、専門用語も院内では保持できます。
参考:患者向けに「正しい点眼の手順(手洗い、1滴、先端非接触、点眼後の閉眼や涙嚢部の押さえ方)」が整理されています。
参天製薬|目薬(点眼液・眼軟膏)の使い方(基本手技と注意点)
表記を整えるだけでなく、医療従事者向け記事として価値が出るのは「なぜその手技が必要か」を短く説明できることです。点眼は“できたつもり”になりやすく、正しく点眼できている人は半分以下ともいわれる、という指摘もあります。
基本動作はシンプルですが、感染予防と薬効の両方を同時に満たすにはポイントがいくつかあります。
参天製薬の一般向け解説では、①手を石けんと流水で洗う、②下まぶたを軽く引き1滴を確実に点眼、③容器先がまぶた・まつ毛・目に触れない、④点眼後はまばたきをせず閉眼し、あふれた液は清潔なガーゼやティッシュで拭く、⑤そのまま1〜5分閉眼(または涙嚢部を軽く押さえる)と整理されています。
医療従事者として補足しておきたいのは、「1滴」の意味です。多くの患者は“多いほど効く”と感じやすいのですが、眼表面に保持できる量には限界があり、溢れた分は効果になりにくい上、皮膚刺激や汚染リスクの増加にもつながります(特に複数薬剤併用時)。
また「涙嚢部(目頭のやや鼻より)を押さえる」手技は、薬液が鼻涙管へ流れるのを抑え、局所滞留を増やす狙いが説明しやすいポイントです。ただし手術後は傷に触れる可能性があるため“押さえずに閉眼のみ”とされている点は、指導時に必ず分岐させたい注意事項です。
現場の言い換えとしては、患者説明では「目薬をさしたら、まばたきせずに目を閉じて休ませてください」が伝わりやすく、職員向けには「点眼後は閉眼1〜5分、必要に応じ涙嚢部圧迫」と書くと実務に落ちます。
患者の実際の発話は、教科書通りにはなりません。近年「目薬をうつ」という言い方が聞かれる、という指摘があり、背景として「注射をうつ」と同じ感覚が推測されると説明されています。
ここで大切なのは、言葉を直して“勝つ”ことではなく、用法を確認して安全に“通じる”状態にすることです。たとえば患者が「目薬うっていい?」と言ったら、まず「点眼(目薬をさす)ですね」と意味を合わせ、その上で回数・間隔・副作用兆候の確認へ進むのが実務的です。
また「入れる」は広すぎる表現ですが、患者にとっては操作の理解が最優先です。説明文では「目に入れる」より「下まぶたを軽く引いて1滴さす」のように、行為を具体化すると誤解が減ります。
文章作成の観点では、誤用を“晒す”書き方は避け、患者の表現に寄り添って同義語を併記するのが安全です。
こうすると、用語の橋渡しができ、検索意図(漢字の疑問)にも答えつつ実務価値も出せます。
検索上位の多くは「差す・点す・注すのどれが正しいか」に着地しがちですが、医療従事者向けなら、もう一段“運用”に踏み込むと差別化できます。
表記ゆれは、直接の医療事故よりも「指示の読み違い」「説明の受け取り違い」「スタッフ間の確認コスト増」に形を変えて効いてきます。特に、院内の文書がテンプレ化・転用されるほど、微細な表記差が累積し、患者が複数資料を見比べたときに不安を増やす要因になり得ます(例:「点す」と「差す」が混ざる→“違う行為なのでは”と感じる)。
そこでおすすめなのが、院内の文章ルールを“漢字の正解探し”ではなく“読者別の最適化”として定義することです。
この運用は、国語の問題を「情報設計」に変換する発想で、チーム医療の現場ほど効きます。
さらに意外な利点として、患者への聞き返しが減ることで、服薬指導・点眼指導の“本丸”(回数、間隔、併用順、手技)に時間を使えるようになります。漢字の迷いを先に潰すことは、結果的に点眼の質を上げるための地ならしになります。