メトトレキサート(MTX)は関節リウマチ治療において中心的役割を担う薬剤です。開発から70年以上経過した現在でも、生物学的製剤やJAK阻害薬が登場した時代においてもなお「アンカードラッグ」と呼ばれる第一選択薬として使用されています。
MTXの基本的な作用機序は葉酸代謝拮抗作用です。体内に入ったMTXは細胞内でポリグルタメート化され、以下のような多角的な作用によりリウマチの炎症を抑制します。
MTXの治療効果は比較的早く現れることが特徴です。服用開始後、早ければ2週間、遅くとも4~8週間で効果がみられます。他の抗リウマチ薬が効果発現まで2~3ヵ月かかることを考えると、比較的早く効果が現れる薬剤といえます。
また、MTXの高い継続率も注目されています。多くの抗リウマチ薬ではエスケープ現象(一度効果が出た後に効かなくなる現象)が見られますが、MTXでは比較的少なく、3年以上経過しても50%以上の患者さんが服用を継続できています。これは効果の持続性を示す重要な指標です。
さらに、MTXには以下のような臨床的効果が認められています。
MTXは効果が高い反面、いくつかの副作用にも注意が必要です。MTXの主な副作用とその対処法について詳しく見ていきましょう。
消化器症状
MTXの最も一般的な副作用は消化器症状です。具体的には以下のようなものがあります。
これらの症状は特にMTX投与開始後や増量後の1ヵ月程度に起こりやすいとされています。対処法としては、MTXの減量や制酸剤などの胃薬の併用が有効です。また、内服薬から注射薬(メトジェクト)への切り替えも消化器症状の軽減に効果的な場合があります。
口内炎・口腔内潰瘍
MTXによって口腔粘膜が傷害されることで口内炎が生じることがあります。これはMTXが葉酸の働きを阻害することによるものです。口内炎が複数個所にできた場合には、骨髄抑制の可能性も考慮して一時的にMTXの服用を中止し、医師に相談することが推奨されています。対処法としては、ステロイド軟膏の使用や、後述する葉酸の併用が有効です。
肝機能障害
MTXの服用により肝機能検査値(AST/GOT、ALT/GPTなど)が上昇することがあります。通常は検査値の異常のみで、身体がだるくなるなどの自覚症状が出ることは稀ですが、定期的な血液検査でモニタリングすることが重要です。
骨髄抑制(血球減少)
MTXが細胞の増殖を強く抑えすぎると、白血球や血小板が減少することがあります。具体的には以下のような症状に注意が必要です。
特に高齢者や腎機能低下のある患者さんでは、脱水状態になるとMTXの血中濃度が上昇し、骨髄抑制が生じやすくなるため注意が必要です。
間質性肺炎
稀ですが重篤な副作用として間質性肺炎があります。痰を伴わない乾いた咳、息切れ、呼吸困難、発熱などの症状が現れた場合には、速やかに医療機関を受診することが重要です。
MTXは葉酸の働きを阻害することで効果を発揮する薬剤ですが、同時にその作用によって副作用も生じます。この副作用を軽減するために、葉酸(フォリン酸を含む)の補充が推奨されています。
葉酸補充の重要性
コクラン共同計画のシステマティックレビューによると、MTX治療中の関節リウマチ患者に対する葉酸またはフォリン酸の補充は、以下のような効果があることが示されています。
具体的には、MTXを服用している100人の患者のうち、葉酸を併用しない場合は35人に消化器症状が現れますが、葉酸を併用すると26人に減少します(9%の絶対リスク減少)。
葉酸服用のタイミング
葉酸の服用タイミングは非常に重要です。MTXの効果を損なわずに副作用を軽減するためには、MTX最終投与後24~48時間後に葉酸を服用することが推奨されています。
例えば具体的な服用スケジュール
このタイミングを守ることで、MTXの効果を維持しながら副作用を軽減することができます。
葉酸の投与量
葉酸は通常5mgを週1回、MTX最終投与の48時間後に服用します。コクラン共同計画のレビューによると、MTX25mg/週以下に対して葉酸7mg/週以下の補充が効果的であるとされています。
ただし、注意点として葉酸を含むサプリメントや青汁などの健康食品をMTX服用中に使用すると、MTXの効果が弱まる可能性があります。このため、こうした健康食品の使用は医師に相談することが重要です。
従来、関節リウマチ治療におけるMTXは経口投与(内服薬)のみでしたが、近年では皮下注射タイプの「メトジェクト」が登場し、新たな選択肢となっています。
メトジェクトの効果と利点
メトジェクトの最大の特徴は、内服薬と比較して副作用、特に消化器症状が少ない点です。これは注射剤が胃腸を経由せず、血流に直接入るため胃腸への負担が軽減されることによります。
二重盲検試験の結果では、12週間後のACR20%改善率(関節リウマチの改善度を示す指標)は、MTX経口群で51%、メトジェクト群で59.6%と同程度の有効性が示されています。一方で、副作用の発現率はMTX経口群が34%であったのに対し、メトジェクト群では25%と低減しています。
メトジェクトが適している患者
以下のような患者さんにメトジェクトが特に適していると考えられます。
メトジェクトを使用している患者からの相談例として、「メトジェクトを打った後に気持ち悪くなります」という症状に対しては、以下のような対策が提案されています。
MTX服用中は、副作用の早期発見のために常に体調の変化に注意を払うことが重要です。特にMTXの投与開始後や増量後の1ヶ月程度は副作用が起こりやすい時期です。
即時に医療機関へ連絡すべき症状
以下の症状が現れた場合には、MTXの服用を一時中止し、速やかに医師に連絡することが推奨されています。
MTXの一時中止を検討すべき状況
以下のような状況では、MTXの副作用リスクが高まるため、一時的な服用中止を検討すべきです。
定期的なモニタリングの重要性
MTXの安全な使用のためには、定期的な医療機関の受診と以下の項目のチェックが必要です。
MTXは腎機能低下により血中濃度が上昇しやすいため、腎機能の低下している患者や高齢者では特に注意が必要です。また、脱水状態でもMTXの血中濃度が上昇するため、十分な水分摂取を心がけることが重要です。
特殊な患者群での注意点
MTXは以下の患者さんには使用できないため、投与前のスクリーニング検査が非常に重要です。
また、妊娠を希望する女性は休薬が推奨されています。
効果的なMTX服用法
MTXの服用方法としては、週1回の服用が基本です。服用方法には以下のようなパターンがあります。
最も推奨されるのは分1(週1回まとめて服用)の方法です。これは服用漏れを防ぎ、MTXの効果を最大限に引き出すためです。分2や分3は、一度にまとめて服用すると消化器症状が強く出る患者さんに適しています。
MTXの適切な使用と副作用への注意により、関節リウマチの効果的なコントロールが可能になります。副作用に対する正しい知識と対応策を持つことで、このアンカードラッグの恩恵を最大限に受けることができるでしょう。
メトトレキサートを服用する患者さんへの詳細な説明資料(日本リウマチ学会)
メトトレキサートの作用機序に関する詳細な学術解説(Clinical Rheumatology)
コクラン共同計画によるメトトレキサートの副作用軽減のための葉酸補充に関する詳細なレビュー