サイトカインは、生体内の免疫反応における細胞間コミュニケーションを担う重要な物質です。その語源はギリシャ語で「細胞」を意味する「cyto」と「動き」を意味する「kinos」の組み合わせに由来しています。これらの小さなタンパク質は、炎症、感染、外傷などの刺激に応じて様々な免疫細胞から分泌され、免疫反応を調節する中心的な役割を果たしています。
サイトカインには多くの種類があり、代表的なものとして以下が挙げられます。
これらのサイトカインは、分泌した同じ細胞(オートクリン作用)や近接する細胞(パラクリン作用)だけでなく、体全体に影響を与えることもあります(エンドクリン作用)。例えば、発熱はサイトカインが視床下部に作用することで引き起こされる全身反応の一つです。
健全な免疫応答では、サイトカインの分泌は厳密に制御されており、感染源や異物を排除した後、速やかに正常レベルに戻ります。しかし、この調節機構が破綻すると、過剰な免疫反応を引き起こす「サイトカイン・ストーム」と呼ばれる状態に陥ることがあります。
サイトカイン・ストームは、免疫系が過剰に活性化し、大量のサイトカインが短時間に放出される現象です。この状態では、T細胞、マクロファージ、ナチュラルキラー細胞などの様々な免疫細胞が制御不能に活性化され、重篤な全身性炎症反応を引き起こします。
サイトカイン・ストームの主な症状は以下の通りです。
軽症であれば上記の症状にとどまりますが、重症化すると以下のような生命を脅かす症状へと進行することがあります。
サイトカイン・ストームを引き起こす主な原因としては以下が挙げられます。
特に近年注目されるのは、CAR-T細胞療法に伴うサイトカイン放出症候群(CRS)です。CAR-T細胞療法後、大量のサイトカインが放出され、上記のような症状が現れることがあります。CRSは多くの場合、CAR-T細胞投与翌日から14日目までに発生し、その重症度は体内の腫瘍残存状況やCAR-T細胞の種類によって大きく異なります。
サイトカイン放出症候群(CRS)の治療アプローチは、症状の重症度に応じて段階的に行われます。米国移植細胞治療学会(ASTCT)の分類基準に基づき、以下のような治療戦略が取られています。
1. 支持療法(軽症CRS)
軽度のCRSに対しては、まず解熱薬としてアセトアミノフェンの投与が行われます。また、輸液や電解質補正、酸素投与などの支持療法が基本となります。この段階で症状が改善しない場合、抗サイトカイン療法へと移行します。
2. 抗IL-6療法(中等度〜重症CRS)
IL-6は炎症性サイトカインの一種で、CRSの中心的な役割を担っています。抗IL-6受容体抗体薬であるトシリズマブ(商品名:アクテムラ)は、CRSに対する第一選択薬として確立されています。
アクテムラは2019年3月に「腫瘍特異的T細胞輸注療法に伴うサイトカイン放出症候群」の効能・効果で承認され、2023年9月には「悪性腫瘍治療に伴うサイトカイン放出症候群」全般への適応が追加されました。これにより、CAR-T細胞療法以外の悪性腫瘍治療に伴うCRSにも使用が可能となっています。
投与量は体重30kg以上では8mg/kg、体重30kg未満では12mg/kgを点滴静注します。早期のトシリズマブ使用によって、CAR-T細胞の抗腫瘍効果を損なうことなくCRSの重症化を防げることが示されており、特に高齢患者では早期に使用されることが推奨されています。
3. ステロイド療法(トシリズマブ抵抗性CRS)
トシリズマブで効果が不十分な場合、または急速に症状が進行する場合には、副腎皮質ステロイドホルモンが投与されます。ステロイドは広範な抗炎症作用を持ち、多様なサイトカインの産生を抑制する効果があります。
特に、CAR-T投与後に見られる頚部・顔面浮腫に対してはトシリズマブの効果が乏しく、ステロイドが著効することが知られています。これらの症状が進行すると気道閉塞のリスクが高まり、挿管や人工呼吸管理が必要になることもあるため、早期発見と迅速な対応が重要です。
4. 補助療法
その他の治療アプローチとしては、以下のものがあります。
サイトカインの過剰放出を制御する治療法として、従来あまり注目されていなかった抗ヒスタミン薬の可能性が近年研究されています。これは特にCOVID-19パンデミックを契機に新たな注目を集めている分野です。
ヒスタミンは、免疫応答において重要な役割を果たす生理活性アミンであり、肥満細胞(マスト細胞)や好塩基球から放出されます。ヒスタミンは体内で4種類の受容体(H1〜H4)を介して作用し、それぞれの受容体は体内の異なる部位に分布しています。
特に注目すべきは、H1受容体拮抗薬(抗アレルギー薬)とH2受容体拮抗薬(胃酸分泌抑制薬)の併用療法です。セチリジン(H1ブロッカー)とファモチジン(H2ブロッカー、商品名:ガスター)の併用によるヒスタミン受容体の二重遮断が、サイトカイン・ストームを抑制し、肺症状を緩和する効果が報告されています。
この治療法の利点は以下の点が挙げられます。
ファモチジンは一般用医薬品としてドラッグストアでも購入可能で、第1類医薬品として薬局でも入手できる安全性の高い薬剤です。これらの抗ヒスタミン薬によるサイトカイン制御は、従来の抗サイトカイン療法と比較して、より低侵襲かつアクセスしやすい選択肢として、特に軽症〜中等症例での活用が期待されます。
この治療アプローチは、「ヒスタミンを介したサイトカインストームを最小限に抑える」という機序で作用すると考えられており、症状の重症度の進行を軽減する可能性が示唆されています。今後さらなる臨床研究が進むことで、サイトカイン関連疾患への新たな治療戦略となる可能性があります。
サイトカインの研究は治療薬の開発だけでなく、再生医療の分野においても重要な意義を持っています。特に、サイトカイン・ストームによって損傷を受けた組織の修復に、再生医療技術を応用する研究が進んでいます。
COVID-19などの感染症でサイトカイン・ストームを経験した患者では、肺をはじめとする様々な組織が著しいダメージを受け、再生不能な状態に陥ることがあります。こうした組織損傷の修復に再生医療の活用が検討されており、特に以下のアプローチが注目されています。
1. 間葉系幹細胞療法
脂肪や骨髄から採取した間葉系幹細胞を培養・増殖させ、患者に投与する方法です。間葉系幹細胞は以下の特性を持ちます。
損傷した組織に移植された間葉系幹細胞は、局所の微小環境に応じて適切な分化を遂げ、組織再生を促進します。また、過剰な炎症反応を抑制する効果も持ち合わせており、サイトカイン・ストーム後の治療に有望視されています。
2. 幹細胞培養上清液の活用
幹細胞を培養した際の上清液には、様々な成長因子やサイトカインが含まれています。この上清液に含まれるサイトカインには以下のような特徴があります。
幹細胞培養上清液の投与により、損傷を受けた臓器や血管の再生を促進するだけでなく、炎症調節能力の回復も期待されています。細胞そのものを投与する方法と比較して、安全性や品質管理の面でも利点があり、実用化に向けた研究が進められています。
3. サイトカイン制御型バイオマテリアル
サイトカインの徐放化や局所送達を実現するバイオマテリアルの開発も進んでいます。これらは以下のような特性を持ちます。
これらの先端技術は、ぜんそくなどのアレルギー性気道炎症の慢性化機構の解明にも貢献しています。例えば、IL-33というサイトカインが「病原性記憶2型ヘルパーT(Th2)細胞」を誘導し、アレルギー性気道炎症(ぜんそく)を慢性化させる分子機構がヒトとマウスで解明されており、これらの知見は今後のサイトカイン標的治療の発展に寄与すると期待されています。
サイトカインの理解が深まるにつれ、単に過剰なサイトカインを抑制するだけでなく、サイトカインバランスを適切に調節し、組織再生を促進するという、より洗練された治療アプローチが可能になりつつあります。これらの研究の進展により、サイトカイン関連疾患の治療法はより効果的かつ低侵襲なものへと進化していくでしょう。
サイトカイン放出症候群の詳細と具体的な治療法について - 日本造血・免疫細胞療法学会
アクテムラの悪性腫瘍治療に伴うサイトカイン放出症候群への適応追加に関する情報 - 中外製薬
サイトカインとサイトカイン・ストームの詳細な解説と再生医療の可能性 - Neurotech