網膜症とは、眼の奥にある網膜に異常が生じる疾患の総称です。中でも最も一般的なのが糖尿病網膜症です。日本では約140万人の患者が糖尿病網膜症に罹患していると推定されています。この疾患は、高血糖状態が長期間続くことにより、網膜の血管が損傷し、視力障害を引き起こします。
糖尿病網膜症のほかにも、網膜静脈閉塞症や網膜剥離なども網膜症の一種として知られています。網膜剥離は、網膜が剥がれてしまう病気で、飛蚊症(目の前を小さな虫が飛んでいるような症状)や光視症(目に光が当たったわけでもないのに光を感じる症状)といった初期症状がみられます。
網膜は視覚情報を処理する重要な役割を担っており、その中心部にある黄斑部は特に視力に直結する重要な部位です。この部分に障害が生じると、視力低下や視野の歪みなどの症状が現れることがあります。網膜症の多くは早期発見・早期治療により進行を抑えることができるため、定期的な眼科検診が重要です。
糖尿病網膜症は、進行に応じて大きく3つのステージに分類されます。
1. 単純糖尿病網膜症(初期)
この段階では、網膜の毛細血管が閉塞し、以下のような眼底所見が見られます。
初期段階では視力にはほとんど影響がなく、自覚症状もほぼありません。しかし、放置せず血糖コントロールを適切に行うことが重要です。
2. 増殖前糖尿病網膜症(中期)
血管がつまってできる軟性白斑が多数出現し、静脈が異常に腫れ上がったり、毛細血管の形が不規則になります。この段階では眼底の状態を詳しく把握するために、蛍光眼底造影(血管造影)検査が実施されることがあります。
この時期になると視力に影響が出始める場合があり、特に網膜の中心部(黄斑部)にむくみ(黄斑浮腫)が生じると、視力低下やかすみ目、物が歪んで見える変視症などの症状が現れることがあります。
3. 増殖糖尿病網膜症(重症)
最も進行した段階で、酸素不足の網膜に新生血管が形成されます。新生血管は非常にもろく破れやすいため、以下のような合併症を引き起こす危険性が高まります。
症状としては「目の中に煙のすす」が見えたり、「赤いカーテン」がかかったように見えるなど、明らかな視覚障害が現れます。急に「まったく見えなくなる」といった状態になることもあり、失明リスクが格段に高まります。
網膜症、特に糖尿病網膜症の治療には様々な方法があります。症状の進行度や状態によって最適な治療法が異なります。
1. 血糖コントロール
網膜症治療の基本は、原因となる高血糖状態を改善することです。内科医と連携して以下の治療を行います。
2. 抗VEGF薬による治療
VEGF(血管内皮増殖因子)は血管の透過性を高め、新生血管の形成を促進する物質です。抗VEGF薬はこの働きを抑制します。
3. ステロイド薬治療
ステロイド薬は炎症を抑え、血管からの水分漏出を改善する効果があります。
4. レーザー光凝固術
網膜の異常部位にレーザーを照射する治療法です。
治療時間は1回10〜15分程度で、広範囲の治療は数回に分けて実施されることがあります。
5. 硝子体手術
進行した網膜症に対する外科的治療法です。
硝子体手術は複雑な手術であり、手術前の網膜症の状態によって視力回復の程度に差があります。適切な時期に手術を受けることが重要です。
網膜症による視力障害からの回復可能性は、疾患の種類、進行度、治療のタイミングなど多くの要因に左右されます。最新の研究と臨床経験から得られた知見をもとに、網膜症患者の視力予後について考察します。
糖尿病網膜症の視力予後
糖尿病網膜症の視力予後は、治療開始時の段階によって大きく異なります。
特に注目すべきは、黄斑部の状態です。黄斑は中心視力を担う重要な部位であり、この部分に浮腫や瘢痕化が生じると、治療後も視力回復が限定的になることがあります。
抗VEGF治療による視力改善の可能性
近年、抗VEGF薬による治療は糖尿病黄斑浮腫に対して顕著な効果を示しています。2025年の最新データによれば、適切なタイミングでの抗VEGF治療により、視力低下が進行した症例でも視力回復が期待できるようになってきています。
しかし、重要なのは治療の継続性です。抗VEGF治療は通常「1回の投与ではなく、3回程度の導入期投与を経て複数回の維持投与による有効性が報告されています」。治療の中断は効果の減弱や症状の再燃につながる可能性があります。
網膜剥離の視力予後
網膜剥離に対する治療成績は、剥離の範囲や黄斑部の状態によって異なります。早期に適切な手術治療を受けた場合、「視力回復の可能性が高くなります」。しかし、黄斑部が剥離してから時間が経過すると、完全な視力回復は難しくなります。
予後予測の新たな指標
近年の研究では、OCT(光干渉断層計)などの精密な検査機器により、網膜の微細な構造変化を評価することで予後予測の精度が向上しています。特に黄斑部の層構造の保存状態が視力回復の重要な指標となっています。
網膜症、特に糖尿病網膜症は早期発見と適切なリスク管理によって進行を防ぐことができます。医療従事者として患者に推奨すべき戦略を説明します。
定期的な眼科検診の重要性
糖尿病患者にとって、定期的な眼科検診は必須です。
眼科検診では以下のような検査が行われます。
リスク要因の管理
網膜症の進行リスクを減らすためには以下の管理が重要です。
早期症状の認識と対応
患者自身が以下の症状に気づいたら、速やかに眼科を受診するよう指導することが重要です。
特に「急に見えなくなった」「赤いカーテンがかかったように見える」といった症状は緊急性が高く、即座に受診が必要です。
患者教育の重要性
網膜症予防において患者教育は極めて重要です。
「検査と治療を続けていれば、糖尿病が原因で失明することは必ず防げます」というメッセージを患者に伝えることが大切です。早期発見・早期治療によって、これまで多くの患者の視力と生活の質を守ることができています。
網膜症、特に糖尿病網膜症の管理は患者のQOL(生活の質)に直結する重要な課題です。効果的な治療と管理には、様々な医療専門職による連携アプローチが不可欠です。
眼科医と内科医の連携
糖尿病網膜症の治療では、眼科医と内科医(糖尿病専門医)の緊密な連携が必要です。
糖尿病網膜症の患者では「内科での糖尿病治療と、眼科での定期的な検査が大切」であり、両科の連携が治療成功のカギとなります。
看護師の役割
看護師は患者教育と支援において重要な役割を担います。
定期的な眼科検診の重要性を患者に理解してもらうために、看護師による継続的な教育と支援は非常に効果的です。
視能訓練士の貢献
視能訓練士は視機能検査と視機能訓練の専門家として。
特に視力低下が進行した患者では、視能訓練士による適切な支援が日常生活の質の維持に大きく貢献します。
栄養士との協働
栄養士は糖尿病患者の食事管理をサポートし。
食事療法は血糖コントロールの基本であり、網膜症の進行予防に直結します。特に「食生活の改善(食事療法)」は治療の第一歩として重視されています。
心理的サポートの重要性
視力障害の進行は患者の精神的健康に大きな影響を与えます。
心理士や医療ソーシャルワーカーの関与により、患者の心理社会的ニーズにも対応した包括的なケアが可能になります。
地域リソースとの連携
医療機関だけでなく、地域の様々なリソースとの連携も重要です。
特に進行した視覚障害を持つ患者では、医療と福祉の連携による切れ目のないサポートが生活の質を維持するために不可欠です。
このような多職種連携アプローチにより、網膜症患者は単に治療を受けるだけでなく、生活全般にわたる包括的なサポートを受けることができます。結果として、疾患管理の向上とQOLの維持・改善が期待されます。