せん妄治療における第一選択薬は、患者の合併症と症状重症度により決定されます。日本総合病院精神医学会の専門医136名への調査では、糖尿病と腎機能障害を併存しない過活動型せん妄に対して、68%以上の専門医がリスペリドンまたはクエチアピンの使用を推奨していることが明らかになりました。
糖尿病のない患者への推奨順位:
糖尿病合併患者への対応:
糖尿病がなく腎機能障害を併存する過活動型せん妄に対しては、88%以上の専門医がクエチアピンの使用を推奨していました。一方、クエチアピンは糖尿病患者への投与が禁忌とされているため、糖尿病合併例ではリスペリドンが第一選択となります。
投与経路の選択は患者の重症度と協力度により決定されます。内服可能な患者では経口投与が基本となりますが、重篤な興奮状態や内服困難例では注射製剤の使用が必要です。
内服投与の実際:
注射投与の適応:
速やかな鎮静を要する場合には、ハロペリドールの経静脈投与が推奨されます。「セレネース0.5A+生食50ml、30分かけて点滴投与、1時間間隔で最大3回/日まで」という具体的なプロトコールが多くの施設で採用されています。
低活動型せん妄に対しては、エビリファイ(アリピプラゾール)3mg 0.5錠から開始し、1時間間隔で最大6回/日まで調整することが推奨されています。
せん妄治療薬による副作用は、薬剤性せん妄として新たな治療課題となる可能性があります。特に注意すべき副作用として、錐体外路症状、悪性症候群、QT延長、糖代謝異常などが挙げられます。
H2受容体遮断薬による薬剤性せん妄:
消化性潰瘍治療に使用されるH2受容体遮断薬は、副次的な薬理作用により中枢神経系のH2受容体を遮断し、せん妄や錯乱を引き起こすことが知られています。この機序は、H2受容体遮断薬が血液脳関門を通過し、脳内のH2受容体を遮断することで中枢神経系が抑制されるためです。
抗精神病薬の副作用監視:
ブチロフェノン系薬(ハロペリドールなど)では悪性症候群のリスクがあり、発症した場合の半数にせん妄を伴うため、体温、筋硬直、CPK値の監視が重要です。また、クエチアピンでは糖代謝への影響を、リスペリドンではプロラクチン上昇を定期的にモニタリングする必要があります。
従来の治療薬以外にも、新たな選択肢として注目される薬剤があります。アセナピン舌下錠は進行がん患者のせん妄治療において、投与前後でAgitation Distress Scale(ADS)値が有意に低下することが報告されており、嚥下困難な患者に対する有用な選択肢となっています。
アセナピンの臨床的特徴:
国際的な新薬動向:
海外では、ザノメリン-トロスピウムクロリド(Xanomeline-trospium)が統合失調症の治療薬として開発されており、これは初めてのD2ドパミン受容体遮断作用を持たない抗精神病薬として注目されています。また、デクストロメトルファン-ブプロピオンとデクスメデトミジンがアルツハイマー病の攪乱症状治療においてFDAからBreakthrough Therapy指定を受けています。
効果的なせん妄治療には、医師、看護師、薬剤師による多職種連携が不可欠です。薬剤師は薬剤性せん妄のリスク評価、相互作用の確認、副作用モニタリングにおいて重要な役割を担います。
薬剤師による貢献領域:
看護師による観察ポイント:
せん妄フォーミュラリの導入により、施設内での標準化された治療アプローチが可能となります。これにより、治療の質の向上と医療安全の確保が期待されます。
ベンゾジアゼピン系薬剤の位置づけ:
せん妄治療においてベンゾジアゼピン系薬剤は原則として推奨されませんが、アルコール離脱によるせん妄など特定の状況では併用が検討されます。ただし、脱抑制や意識障害の悪化リスクがあるため、慎重な適応判断が求められます。
治療効果の評価は、症状改善度だけでなく、患者・家族のQOL向上、医療スタッフの安全確保、在院日数短縮などの多角的な視点で行うことが重要です。適切な薬剤選択と継続的なモニタリングにより、せん妄患者の予後改善と医療の質向上を図ることができるでしょう。