錐体外路症状と薬:原因・治療・看護の総合ガイド

錐体外路症状は抗精神病薬などの薬剤によって引き起こされる運動障害です。パーキンソニズム、ジストニア、アカシジアなど様々な症状があります。医療従事者として知っておくべき原因薬剤、治療法、予防策について解説しますが、あなたは適切に対応できていますか?

錐体外路症状と薬

この記事のポイント
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錐体外路症状の主な原因薬剤

抗精神病薬、制吐剤、抗うつ薬などのドーパミン受容体遮断作用を持つ薬剤が錐体外路症状を引き起こします

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錐体外路症状の種類と特徴

パーキンソニズム、急性ジストニア、アカシジア、遅発性ジスキネジアなど出現時期や症状が異なります

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治療と予防の重要性

原因薬剤の調整、抗コリン薬の使用、早期発見と適切な対応が患者のQOL向上に不可欠です

錐体外路症状を引き起こす薬剤の種類

 

錐体外路症状(EPS)は、脳内のドーパミンD2受容体を遮断する作用を持つ薬剤によって引き起こされる運動障害の総称です。最も頻度が高い原因薬剤は抗精神病薬であり、特に定型抗精神病薬(第一世代)では発現率が高くなります。代表的な定型抗精神病薬には、ハロペリドールクロルプロマジンなどがあり、これらは強力なドーパミン受容体遮断作用を持つため、錐体外路症状のリスクが高いとされています。
参考)錐体外路症状(EPS)|心療内科・精神科|うつ病治療の品川メ…

非定型抗精神病薬(第二世代)は定型抗精神病薬に比べて錐体外路症状を起こしにくいように開発されましたが、薬剤の種類や用量によっては依然として発現する可能性があります。非定型抗精神病薬の中では、リスペリドン/パリペリドンが最も錐体外路症状のリスクが高く、次いでアリピプラゾールクエチアピンオランザピンの順となり、クロザピンが最もリスクが低いとされています。
参考)【図解】錐体外路症状とは?原因・種類・代表的な症状を解説

抗精神病薬以外にも、消化器系薬剤である制吐剤が錐体外路症状を引き起こすことがあります。メトクロプラミドプリンペラン)やドンペリドンナウゼリン)などのドーパミン受容体遮断作用を持つ制吐剤は、特に高齢者や長期使用の場合に注意が必要です。その他、一部の三環系抗うつ薬SNRI、降圧薬の一部のカルシウム拮抗薬なども、まれに錐体外路症状と関連することが報告されています。
参考)薬剤起因性老年症候群とその対応|錐体外路症状(すいたいがいろ…

医療従事者として知っておくべき重要な点は、患者の持参薬の中にもこれらの薬剤が含まれている可能性があることです。特に精神科以外の診療科でも、制吐剤は頻繁に使用されるため、錐体外路症状のリスクを常に念頭に置く必要があります。
参考)http://hospi.sakura.ne.jp/wp/wp-content/themes/generalist/img/medical/jhn-cq-akashi-210414.pdf

錐体外路症状の出現時期による分類

錐体外路症状は、薬剤投与開始からの経過時間によって大きく4つのタイプに分類されます。この分類を理解することは、早期発見と適切な対応のために極めて重要です。
参考)https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/article/3525/

急性ジストニアは、薬剤投与開始後数時間から数日以内に出現する最も早期の錐体外路症状です。眼球上転(眼球が上を向いたままになる)、舌突出、頸部の捻転、後弓反張などの不随意運動が特徴的で、若年男性に多く見られます。突然発症するため患者の不安が強く、速やかな対応が求められます。
参考)ジストニア・アカシジア・ジスキネジア・夜間ミオクローヌスにつ…

薬剤性パーキンソニズムは、投与開始後数日から数週間で出現し、最も頻度の高い錐体外路症状です。寡動(動作が少なくなる)、筋固縮(筋肉が硬くなる)、振戦(手足が震える)、仮面様顔貌(表情が乏しくなる)などの症状が見られます。高齢者や女性に多く、日常生活動作に大きな影響を与えるため注意深い観察が必要です。
参考)錐体外路症状のジスキネジアとは

アカシジアは、投与開始後数日から数週間で出現し、じっとしていられない、足踏みする、歩き回るなどの静座不能が特徴です。内的な不快感や焦燥感を伴うため、患者は非常に苦痛を感じます。この症状は精神症状の悪化と誤認されやすいため、鑑別が重要です。
参考)https://kango-oshigoto.jp/hatenurse/article/3349/

遅発性ジスキネジアは、抗精神病薬の2〜3か月以上の長期使用後に出現する最も治療困難な錐体外路症状です。口周囲の不随意運動(口をもぐもぐさせる、舌を出し入れする)、四肢の舞踏様運動などが特徴で、高齢者、糖尿病患者、脳に器質的異常がある患者で発現しやすいとされています。原因薬剤を中止しても症状が持続することが多く、約半数では中止後も改善しない難治性の副作用として知られています。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000245263.pdf

錐体外路症状の治療における薬物療法

錐体外路症状の治療は、まず原因薬剤の特定と調整が最優先されます。可能であれば原因薬剤の減量や中止を検討しますが、精神疾患などで抗精神病薬が不可欠な場合は、急激な中止により原疾患が悪化する可能性があるため、慎重な判断が求められます。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E9%81%85%E7%99%BA%E6%80%A7%E3%82%B8%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%8D%E3%82%B8%E3%82%A2

原因薬剤の調整が困難な場合や、調整しても症状が残存する場合には、抗コリン薬による対症療法が行われます。抗コリン薬は、錐体外路系の線条体でドーパミンとアセチルコリンのバランスを調整することで症状を改善します。代表的な抗コリン薬には、ビペリデンアキネトン)、トリヘキシフェニジル(アーテン)などがあります。抗コリン薬は特に急性ジストニアやパーキンソニズムに有効で、急性期には速やかな症状改善が期待できます。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/10/dl/s1019-4d6.pdf

しかし、抗コリン薬にも副作用があることを忘れてはいけません。口渇、便秘、排尿困難などの末梢性抗コリン作用に加え、認知機能低下、せん妄などの中枢性副作用があり、特に高齢者では注意が必要です。そのため、抗コリン薬の予防的投与については慎重な判断が求められ、症状が出現してから必要最小限の使用にとどめるべきとされています。
参考)https://www.jsnp-org.jp/csrinfo/img/togo_guideline2022_2_3.pdf

アカシジアに対しては、抗コリン薬の効果が限定的であり、ベンゾジアゼピン系抗不安薬や一部のβ遮断薬が有効な場合があります。遅発性ジスキネジアの治療は特に困難で、原因薬剤の中止や減量、非定型抗精神病薬への変更が基本となりますが、改善が得られない場合も多いです。2022年には遅発性ジスキネジアに対する治療薬としてバルベナジン(ジスバル)が日本で承認され、小胞モノアミン輸送体2選択的阻害薬として新たな治療選択肢となっています。
参考)統合失調症に対する抗精神病薬治療中に出現した遅発性ジスキネジ…

抗精神病薬の変更も重要な治療戦略です。錐体外路症状を引き起こしにくい非定型抗精神病薬、特にクエチアピン、オランザピン、クロザピンなどへの切り替えにより症状が改善することがあります。ただし、精神症状のコントロールと錐体外路症状のリスクのバランスを考慮した慎重な薬剤選択が必要です。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/contentpage.aspx?diseaseid=560

錐体外路症状の看護と予防的介入

医療従事者、特に看護師による錐体外路症状の早期発見は、患者のQOL維持において極めて重要です。日々の観察では、薬剤投与後の患者の動作、表情、姿勢の変化に注意を払う必要があります。具体的には、歩行時のふらつきや小刻み歩行、表情の減少、手指の震え、落ち着きのなさ、口や舌の不随意運動などの症状を見逃さないことが重要です。
参考)錐体外路症状

錐体外路症状の評価には、標準化された評価スケールの使用が推奨されます。DIEPS(薬原性錐体外路症状評価尺度)は、日本で開発された信頼性の高い評価ツールで、医療従事者が統一した基準で症状を評価できます。定期的な評価により、症状の変化を客観的に把握し、適切なタイミングでの治療介入が可能となります。
参考)https://www.saitama-pho.jp/documents/4294/kkvol4.pdf

転倒予防は錐体外路症状患者のケアにおいて最も重要な安全対策の一つです。パーキンソニズムによる歩行障害や姿勢反射障害は転倒リスクを著しく高めるため、環境整備が不可欠です。具体的には、ベッド周囲の障害物の除去、ナースコールの手の届く位置への設置、夜間の適切な照明確保、滑りにくい履物の使用などが挙げられます。また、患者自身にも転倒リスクについて説明し、無理な動作を避けるよう指導することが重要です。
参考)パーキンソン病の錐体外路症状とは?【自己管理法!】 - 脳卒…

ADL(日常生活動作)支援では、患者の残存能力を活かしつつ、安全に配慮した介助が求められます。食事介助では、嚥下機能の評価を行い、誤嚥予防のための姿勢調整や食事形態の工夫が必要です。更衣や入浴では、時間に余裕を持ち、患者のペースに合わせた介助を心がけます。排泄ケアでは、尿閉などの抗コリン作用による副作用にも注意が必要です。
参考)統合失調症のお薬について(薬の種類や副作用の解説)

患者および家族への教育も看護の重要な役割です。錐体外路症状について分かりやすく説明し、症状が現れた際には速やかに医療者に報告するよう指導します。また、薬剤の自己調整や中断の危険性についても十分に説明し、服薬アドヒアランスの向上を図ることが重要です。
参考)ジストニア・ジスキネジアについて

予防的観点からは、錐体外路症状のリスクが高い患者の特定が重要です。高齢者、女性、脳器質性疾患の既往がある患者、過去に錐体外路症状の経験がある患者などは特にハイリスク群として注意深い観察が必要です。これらの患者では、可能な限り錐体外路症状を起こしにくい薬剤の選択や、必要最小限の用量での開始が推奨されます。
参考)https://c2h.niph.go.jp/results/C2H2205/C2H2205_Background.pdf

錐体外路症状管理の臨床的ポイント

錐体外路症状の管理において、医療従事者が押さえておくべき臨床的ポイントがいくつかあります。まず、症状の鑑別診断の重要性です。パーキンソン病などの神経変性疾患と薬剤性パーキンソニズムの鑑別、精神症状の悪化とアカシジアの鑑別などは、適切な治療方針の決定に不可欠です。薬剤性の場合は原因薬剤の投与開始時期と症状出現時期の関連性を確認することが診断の手がかりとなります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9163948/

薬剤選択における優先順位の理解も重要です。急性錐体外路症状が出現した場合、治療のアプローチには①抗精神病薬の減量、②抗パーキンソン薬(抗コリン薬)の併用、③錐体外路症状を起こしにくい抗精神病薬への切り替え、という選択肢があります。ガイドラインでは、まず減量を検討し、それが困難な場合は切り替えを検討し、対症療法は最後の選択肢とする考え方が推奨されています。これは、抗コリン薬の長期使用による副作用リスクを最小限にするためです。
参考)統合失調症患者の抗コリン薬中止、錐体外路症状への影響は|医師…

多職種連携も錐体外路症状管理において欠かせません。医師、薬剤師、看護師、理学療法士などがそれぞれの専門性を活かし、総合的な患者ケアを提供することが重要です。特に薬剤師は、薬物相互作用のチェックや服薬指導において重要な役割を果たします。理学療法士によるリハビリテーションは、運動機能の維持・改善に貢献します。
参考)錐体外路症状(EPS)|名古屋,心療内科,精神科,メンタルク…

長期的な視点での管理も重要です。遅発性ジスキネジアのように、長期使用により発現するリスクがある症状については、定期的なモニタリングと記録が不可欠です。また、患者の治療継続におけるモチベーション維持のため、症状の改善だけでなく、患者のQOLや社会機能の改善にも注目することが大切です。​
最新の治療薬に関する知識のアップデートも医療従事者には求められます。遅発性ジスキネジアに対するバルベナジンのような新規治療薬の登場により、従来は治療困難とされていた症状にも対応可能になってきています。医療従事者は、最新のエビデンスに基づいた治療選択肢について常に学習し、患者に最適な医療を提供する姿勢が重要です。
参考)遅発性ジスキネジアと治療薬バルベナジン(ジスバル)について|…

厚生労働省の重篤副作用疾患別対応マニュアル(ジスキネジア)- 錐体外路症状の診断・治療に関する公式ガイドライン
日本神経精神薬理学会「抗精神病薬の薬剤性錐体外路系副作用」ガイドライン - 専門的な治療指針
PMDA重篤副作用疾患別対応マニュアル(遅発性ジスキネジア)- 遅発性ジスキネジアの詳細な対応方法