慢性疼痛は「治療を要すると予測される時間を超えて持続する慢性的な疼痛、または進行性の非ガン性疾患に関連する痛み」と定義されています。具体的には以下のような特徴を持つ痛みを指します。
慢性疼痛の症状は多岐にわたります。痛みの種類も部位も人によって異なり、ズキズキする痛み、ナイフで刺すような痛み、焼けるような痛み、チクチクする感覚など様々です。神経障害性疼痛の場合は、針で刺されるような鋭い痛み、電気が走るようなビリビリとした痛み、衣類や風が触れただけで痛むといった特徴的な症状が見られます。
注目すべきは、疼痛以外の随伴症状が多いことです。慢性疼痛患者では以下のような症状が頻繁に報告されています。
さらに精神面への影響も大きく、不安や抑うつといった心理的問題を引き起こしやすいことが知られています。慢性疼痛患者の18%、疼痛専門外来の患者では52%がうつ病を併発していたという報告もあります。この精神的問題が痛みをさらに悪化させるという悪循環を形成することが特徴です。ある研究によれば、不安感や抑うつ感によって、7~20か月後の痛みの程度や生活上の問題を予測できるとされています。
慢性疼痛の治療において、薬物療法は中心的な役割を果たします。しかし、急性疼痛とは異なるアプローチが必要です。慢性疼痛、特に神経障害性疼痛に対する薬物選択は以下のように分類されます。
1. 非オピオイド鎮痛薬
ただし、これらの消炎鎮痛剤は神経に対する鎮痛効果が弱いため、神経障害性疼痛に対してはあまり効果を示さない可能性があります。
2. 鎮痛補助薬(第一選択薬)
日本神経障害性疼痛ガイドライン(2021年改訂)では、これらが第一選択薬として位置づけられています。これらの薬剤は痛みの感覚を直接止めるのではなく、神経が痛みを処理するプロセスに変化を与えることで作用します。
3. オピオイド鎮痛薬
痛みが強く、鎮痛補助薬や非オピオイド鎮痛薬では十分な効果が得られない場合に使用されますが、便秘、嘔気、掻痒感、呼吸抑制などの副作用があり、依存のリスクもあるため注意が必要です。
薬物療法を開始する際は、まずは「快適に眠れるようになる」「現在の痛みが半分になる」など、身近な治療目標を設定して取り組むことが重要です。最初から「痛みをなくす」を目標にするのではなく、段階的に痛みの緩和やQOLの改善を目指すアプローチが推奨されています。
慢性疼痛治療において、近年最も注目されているのが認知行動療法(CBT)とリハビリテーションを組み合わせたアプローチです。2018年に発表された慢性疼痛治療ガイドラインでは、認知行動療法がエビデンスレベルと推奨度の両方で最高評価を得ています。
認知行動療法のアプローチ
認知行動療法は「痛くて何もできない」から「痛みがあっても行動できる」というマインドに変えていくことを目指します。具体的には以下のような技法が用いられます。
研究結果からも、その有効性は実証されています。頭痛を除く慢性疼痛を対象とした研究(Williams ACら, 2012)では、認知行動療法によって、痛みの強さ、QoL、気分や考え方の改善効果が確認されています。長期的にみても、QoLや気分の改善は継続することが報告されています。
リハビリテーションの役割
慢性疼痛治療ガイドラインでは、以下のようなリハビリテーションアプローチが推奨されています。
特に注目すべきは、慢性腰痛を対象とした研究(Khan Mら, 2014)の結果です。この研究では、運動療法だけ行った患者と、認知行動療法を併用した患者を比較したところ、両者とも効果が見られましたが、治療後3ヶ月経過時点では、運動療法と認知行動療法を併用していた患者の方が、痛みの強さや生活の問題がより改善していたことが明らかになりました。このことから、身体的アプローチと心理的アプローチを組み合わせた集学的治療が効果的であることがわかります。
慢性疼痛治療において、従来の西洋医学的アプローチに加えて、補完・統合医療が治療の選択肢として注目されています。これらの療法は薬物療法や認知行動療法と併用することで、患者の痛みの軽減とQOL向上に寄与する可能性があります。
鍼治療(はり)
鍼治療は体の特定の部位に細い針を刺す治療法です。鍼治療の作用機序については完全に解明されていませんが、一部の患者では痛みがかなり軽減することが報告されています。鍼治療は特に筋骨格系の慢性疼痛に対して検討される価値があるでしょう。
マインド-ボディセラピー
これらの身体と精神の両方にアプローチする療法は、リラクゼーション効果だけでなく、痛みの認知にも影響を与え、慢性疼痛の緩和に貢献する可能性があります。慢性疼痛治療ガイドラインでもマインド-ボディエクササイズの有用性が言及されています。
マニピュレーション療法と身体ベースの治療法
これらの療法も補完的アプローチとして検討される場合があります。特に筋緊張が関与する疼痛に対しては、効果が期待できる場合があります。
トリガーポイント療法
理学療法士や作業療法士による痛みの緩和法として、トリガーポイント(筋肉の過敏点)に対するアプローチがあります。スプレーでトリガーポイントのある領域を冷却し、その後筋肉をストレッチさせる「スプレー&ストレッチ」と呼ばれる方法は、痛みを軽減する効果があります。
これらの補完・統合医療は、単独で用いるよりも従来の治療法と組み合わせることで、より効果的な痛みの管理につながることが多いと考えられます。患者の状態、痛みの性質、患者の希望などを考慮しながら、個別化した治療計画を立てることが重要です。
近年、慢性疼痛治療における新たなフロンティアとして再生医療が注目を集めています。特に、神経障害性疼痛のように損傷した神経が原因となる慢性疼痛に対しては、神経の修復や再生を目指す治療法が革新的なアプローチとなる可能性があります。
幹細胞治療の可能性
幹細胞治療は患者自身の脂肪組織から取り出した幹細胞を活用し、体内の損傷した組織や神経を修復する先進的な治療法です。従来の治療法が対症療法中心であったのに対し、幹細胞治療は損傷部位の「修復」、「炎症抑制」、「組織再生」といった根本的なアプローチを可能にします。
幹細胞の「ホーミング効果」と呼ばれる、損傷部位に集まる特性を利用することで、神経障害性疼痛の原因となっている神経損傷部位に直接働きかけることができます。これにより、過敏になった神経を正常な状態に近づける可能性が期待されています。
遺伝子治療の展望
遺伝子治療も慢性疼痛治療の新たなアプローチとして研究が進められています。特定の痛覚伝達に関わる遺伝子の発現を調節することで、神経の過敏性を抑制する試みが行われています。まだ研究段階ではありますが、従来の薬物療法では効果が限定的だった難治性の慢性疼痛に対する新たな選択肢となる可能性があります。
神経調節療法の進化
脊髄刺激療法などの神経調節療法も進化しています。従来の脊髄刺激療法に加え、高周波脊髄刺激療法や後根神経節刺激療法など、より精密なターゲッティングが可能な技術が開発されています。これらの技術は、薬物療法では十分な効果が得られない患者に対する選択肢として検討する価値があります。
再生医療による慢性疼痛治療は、まだ研究段階の技術も多く含まれていますが、従来の対症療法では限界があった神経障害性疼痛などに対する根本的な治療アプローチとして大きな期待が寄せられています。現時点では保険適用外の治療が多いという課題もありますが、今後の臨床研究の蓄積により、エビデンスに基づいた治療選択肢の一つとして確立されていくことが期待されます。
慢性疼痛の治療においては、これらの先進的な治療法も視野に入れつつ、患者の状態や希望に応じた最適な治療計画を立案することが重要です。「痛みをゼロにする」という非現実的な目標ではなく、「痛みと共存しながらも生活の質を向上させる」という現実的な目標を設定し、多角的なアプローチで支援していくことが医療者に求められています。
慢性疼痛診療ガイドライン - 日本医療機能評価機構Mindsサイト(最新のエビデンスに基づく慢性疼痛治療の推奨グレードや具体的なCQ一覧を確認できます)
慢性疼痛診療ガイドライン - 日本頭痛学会(慢性疼痛の詳細な診断基準や治療アルゴリズムを確認できます)