高ナトリウム血症は電解質異常の中でも特に慎重な治療アプローチが必要な病態です。血清ナトリウム値が145mEq/L以上に上昇した状態を指し、細胞内脱水による重篤な中枢神経症状を引き起こす可能性があります。この病態の治療において、なぜ5%ブドウ糖液が第一選択となるのか、その理由と治療戦略について詳しく解説します。
5%ブドウ糖液が高ナトリウム血症の治療に選択される最も重要な理由は、その自由水としての特性にあります。ブドウ糖は体内に入ると速やかに細胞内に取り込まれ、代謝により水と二酸化炭素に分解されます。これにより実質的には真水の点滴と同等の効果を発揮し、細胞内外の浸透圧バランスを調整することができるのです。
生理食塩水にはナトリウムが含まれているため、高ナトリウム血症の患者に投与すると高ナトリウム血症が増悪する可能性があります。一方、5%ブドウ糖液は電解質を含まないため、細胞内脱水による浸透圧異常を安全に補正できます。
臨床現場では以下の症例が実際に報告されています。
高ナトリウム血症の治療では、**水分欠乏量(eTWD: estimated Total Water Deficit)**を正確に算出することが重要です。計算式は以下の通りです。
水分欠乏量(L)= 体重(kg)× 0.6 × [現在のNa値 - 目標Na値(140mEq/L)] / 140
例えば、体重50kgの患者で血清ナトリウム値が180mEq/Lの場合。
この計算により、必要な5%ブドウ糖液の投与量を決定します。通常は1日2Lずつのペースで補充し、4日間かけて正常値に戻すことが推奨されています。
継続する水分喪失量(ongoing loss)も考慮し、尿量や不感蒸泄による追加の水分喪失分も補正する必要があります。特に尿崩症患者では大量の希釈尿による水分喪失が継続するため、より多くの5%ブドウ糖液が必要となります。
高ナトリウム血症の治療において最も重要なのは適切な補正速度の管理です。急速すぎる補正は脳浮腫という致命的な合併症を引き起こす可能性があります。
推奨される補正速度は以下の通りです。
脳浮腫が発生する機序は複雑です。高ナトリウム血症では脳細胞内の水分が細胞外に引き出され、細胞が脱水状態となります。この際、脳細胞はタウリンやグルタミン酸などの有機浸透圧物質を産生し、細胞内浸透圧を上昇させて水分を引き戻そうとします。この代償機構が働いている状態で急速にブドウ糖液を投与すると、細胞内に過剰な水分が流入し、脳浮腫を引き起こすのです。youtube
高ナトリウム血症の治療では、血清ナトリウム値の補正だけでなく、総体液量の評価も同時に行う必要があります。患者の体液状態により治療戦略が異なるためです。
体液量による治療選択。
重要なモニタリング項目。
特に注意が必要な症例として、50歳女性の急性虫垂炎患者では、計算上の水分欠乏量の5%ブドウ糖液を24時間で投与予定でしたが、4時間で2.5Lの大量排尿(尿浸透圧100mOsm/kgH₂O)があり、血清ナトリウムが160mEq/Lまで上昇した事例が報告されています。この症例は継続する水分喪失量の重要性を示しています。
重篤な高ナトリウム血症では、5%ブドウ糖液による通常の輸液療法では限界がある場合があります。特に食塩中毒による急性高ナトリウム血症では、透析療法が必要となることがあります。
食塩中毒による高ナトリウム血症の症例では、40歳台女性が食塩50gを摂取し、血清Na値が157mEq/Lから173mEq/Lまで急速に上昇しました。この症例では:
この症例から、食塩中毒による急性高ナトリウム血症においては、透析療法による2mEq/L/hr以上の急速補正でも神経学的後遺症を起こすことなく治療できる可能性が示唆されています。
透析療法の適応基準。
ただし、透析療法を行う際も血清ナトリウムの変化量を慎重にモニタリングし、急速すぎる補正による合併症を避ける必要があります。
高ナトリウム血症の治療において、5%ブドウ糖液は単なる水分補給以上の重要な役割を果たしています。その特性を理解し、適切な補正速度で安全に治療を行うことが、患者の予後改善につながります。特に医療従事者は、急速補正による脳浮腫のリスクを常に念頭に置き、慎重な治療戦略を立てることが求められます。
高ナトリウム血症は見た目以上に複雑な病態であり、体液量評価、継続する水分喪失量の考慮、適切なモニタリングなど、多面的なアプローチが必要な疾患です。今回解説した治療原則を理解することで、より安全で効果的な治療が可能となるでしょう。