うつ病の症状は多岐にわたり、医療従事者による早期発見が患者の予後を大きく左右します。主要症状として、持続的な抑うつ気分、興味・喜びの著明な減退、食欲・体重の変化、睡眠障害、精神運動の焦燥または制止、易疲労感、無価値感・罪責感、思考力・集中力の減退、死への思考が挙げられます。
これらの症状のうち、抑うつ気分または興味・喜びの減退のいずれかを含む5つ以上の症状が2週間以上継続し、日常生活に著明な支障をきたしている場合にうつ病と診断されます。
特に注意すべき点として、患者の睡眠障害や食欲不振といった身体症状から受診するケースが多く、これらの症状が見過ごされやすい傾向があります。医療従事者は問診時に、単に身体症状の治療だけでなく、気分や認知面の変化についても丁寧に聞き取ることが重要です。
🔍 診察時のチェックポイント
現在の日本におけるうつ病治療薬の主流は、新規抗うつ薬と呼ばれるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)、NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)の3種類です。
SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)
セロトニンの再取り込みを選択的に阻害し、シナプス間隙のセロトニン濃度を高めることで抗うつ効果を発揮します。副作用が比較的少なく、第一選択薬として広く使用されています。
SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
セロトニンとノルアドレナリンの両方の再取り込みを阻害する薬剤で、特に意欲低下や疲労感が強い症例に有効とされています。
NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)
SSRIやSNRIとは異なる作用機序でセロトニンとノルアドレナリンの放出を促進する比較的新しい抗うつ薬です。
一方、三環系・四環系抗うつ薬は、現在はSSRIやSNRIに反応しない重症例や効果不十分例に使用されることが多く、抗コリン作用による口の渇きや便秘、抗ヒスタミン作用による眠気などの副作用が強いため、慎重な使用が求められます。
うつ病の薬物療法における治療効果について、医療従事者が把握しておくべき重要なデータがあります。抗うつ薬による治療で症状が改善する患者は約50%、完全寛解(症状がなくなること)する患者は全体の約30%というのが現実です。
この数値は1種類の抗うつ薬で治療した場合のデータであり、治療効果が不十分な場合でも患者や家族に絶望感を与える必要はありません。薬剤の効果には個人差があり、抗うつ薬には様々な種類があって効き方も異なるため、別の抗うつ薬を試すことで効果が認められることがあります。
治療継続期間の重要性
抗うつ薬の効果が現れるまでには通常2〜3週間程度必要で、症状が改善した後も医師の指示に従って継続的な服用が必要となります。うつ病患者の大半は再発予防のために6〜12カ月間の服用が必要で、50歳以上の患者では最長2年間の服用が推奨される場合もあります。
早期に抗うつ薬を減量したり服薬を中止したりすると、症状が改善しないまま慢性化してしまうリスクがあるため、患者への服薬継続の重要性についての説明が欠かせません。
📊 治療効果の目安
うつ病治療薬の副作用管理は、治療継続率と患者の安全性に直接関わる重要な課題です。特に治療開始初期の自殺リスクの増加については、医療従事者が十分に理解し、適切な対応を取る必要があります。
自殺リスクの管理
抗うつ薬の服用開始後または増量後すぐの時点で、少数の患者において興奮、抑うつ、不安が悪化することがあります。これらの症状が見過ごされて治療が遅れると、特に小児や青年では自殺傾向が高まることが報告されています。
この現象は最初SSRIで報告されましたが、リスクは抗うつ薬の種類によらず存在すると考えられています。患者や家族には治療開始前に必ずこのリスクについて説明し、症状の悪化があった場合には速やかに受診するよう指導することが重要です。
薬剤別副作用の特徴
新規抗うつ薬は従来の三環系・四環系抗うつ薬と比較して副作用は軽減されていますが、それぞれに特徴的な副作用があります。
SSRIでは消化器症状(悪心、下痢)、性機能障害、セロトニン症候群のリスクがあり、SNRIでは血圧上昇、発汗、排尿困難などが報告されています。NaSSAでは体重増加、眠気が比較的多く見られます。
⚠️ 副作用監視のポイント
従来の単剤療法で効果が不十分な治療抵抗性うつ病に対して、近年注目されているのが増強療法(augmentation therapy)です。これは抗うつ薬に非定型抗精神病薬を組み合わせる治療法で、抗うつ効果を高めることが知られています。
増強療法の適応と効果
抗うつ薬による適切な治療を十分な量・十分な期間実施しても効果が認められない場合に、非定型抗精神病薬を併用することで約20-30%の患者で追加的な改善効果が期待できます。
主に使用される非定型抗精神病薬には、アリピプラゾール、クエチアピン、オランザピンなどがあり、それぞれ異なる受容体プロファイルを持っているため、患者の症状や副作用の状況に応じて選択されます。
その他の治療選択肢
薬物療法で効果が不十分な場合、修正型電気けいれん療法(m-ECT)や経頭蓋磁気刺激法(TMS)などの物理療法も選択肢となります。m-ECTは重篤な場合や強い希死念慮がある場合に用いられ、TMSは比較的新しい治療法として注目されています。
また、認知行動療法や対人関係療法などの精神療法との併用も、薬物療法単独よりも高い効果が期待できることが示されています。
🏥 治療抵抗例への対応手順
うつ病の症状と治療薬について、医療従事者は常に最新の知見を把握し、患者一人ひとりに最適化された治療を提供することが求められます。治療効果の限界を理解しつつも、様々な治療選択肢を適切に組み合わせることで、より多くの患者の症状改善と社会復帰を支援することが可能となります。
厚生労働省のうつ病治療ガイドラインによる最新の治療指針
https://www.mhlw.go.jp/content/r4h-3-1.pdf
日本うつ病学会による治療ガイドライン
https://www.smilenavigator.jp/utsu/about/04.html