双極性障害は、気分が高揚する躁状態と落ち込むうつ状態を繰り返す慢性的な精神疾患です。世界的には約100人に1人が罹患するとされており、決して稀な疾患ではありません。双極性障害にはI型とII型があり、I型は激しい躁状態とうつ状態を、II型は軽躁状態とうつ状態を繰り返すことが特徴です。smilenavigator+1
双極性障害の最大の特徴は、正反対の気分状態が交互に出現することです。躁状態では本人に病識がないことが多く、周囲が困惑する状況を引き起こします。一方、うつ状態では通常のうつ病と同様の症状が現れますが、治療アプローチが異なるため正確な鑑別が重要です。uruoi-clinic+3
躁状態は、気分の異常な高揚と活動性の亢進を特徴とします。DSM-5では、躁病エピソードは少なくとも1週間、異常に高揚した気分または易怒的な気分が持続し、社会生活に著しい支障をきたす状態と定義されています。軽躁状態はより軽度で、4日以上の持続が診断基準となります。kokoro-share+3
躁状態の基本症状として以下が挙げられます:midori-satohp
躁状態では「不機嫌な高揚感」を伴うことが多く、これは「不機嫌な、絶えず心の中で何か突き上げられるような、じっとしていられない高揚感」として表現されます。この状態では衝動性が高まっており、攻撃的な行動につながる可能性があります。ashitano+1
周辺症状としては以下のような特徴が認められます:midori-satohp
これらの症状により、高額な買い物やギャンブル、上司への攻撃的言動、無謀な投資など、社会的・経済的損失を招く行動化が起こります。重要な点として、躁状態の患者は病識を欠如しており、自身の状態が異常であることを認識できません。ims+1
双極性障害のうつ状態は、大うつ病性障害の診断基準と基本的に同様です。DSM-5の診断基準では、以下の症状のうち5つ以上が同じ2週間の期間中に存在し、そのうち少なくとも1つは抑うつ気分または興味・喜びの喪失である必要があります:mencli.ashitano+1
双極性障害のうつ病エピソードでは、一般的なうつ病と異なり「非定型うつ症状」を呈することがあります。これは食欲低下・体重減少ではなく、過食・体重増加が見られる状態です。特に女性患者では、「ストレス・不安・抑うつ気分から過食→食欲・摂食量のコントロールができない→体重増加→自信喪失・抑うつ→そのストレスからまた過食」という悪循環に陥りやすく、本人にとって大変苦痛な症状となります。sakura212
うつ状態では、大好きだった趣味やテレビ番組にも関心がなくなり、おっくうで身体を動かすことができないといった症状も見られます。これらの症状は臨床的に著しい苦痛を引き起こし、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害をもたらします。smilenavigator+1
混合状態は、躁状態とうつ状態が同時に混在している状態を指します。臨床で多く見られるのは、抑うつあるいは不安を伴った躁状態、または興奮や焦燥感を伴ったうつ状態です。混合状態は治療が難治であることが多く、自殺念慮を持つリスク、急速交代型となるリスク、心理社会的な障害を起こすリスクが高いため、予後にも大きな影響を与えます。sakura212+1
急速交代型(ラピッドサイクラー)は、DSM-5において過去12ヵ月に抑うつ、躁病、軽躁病の気分エピソードを4回以上認めると定義されています。双極性障害患者の5~20%に見られ、女性に多く、甲状腺機能障害の頻度が高いことが知られています。journal.jspn+2
急速交代型の特徴として以下が挙げられます:
急速交代型は非急速交代型双極性障害に比して薬物療法の反応が悪いと考えられており、うつ症状の罹患、物質依存や自殺関連事象との関連が示され、その転帰が相対的に不良であることから診断・治療に十分な注意を要します。急速交代型になる原因の一つとして、双極性障害の治療で使用することのある抗うつ薬が考えられており、抗うつ薬の内服によってラピッドサイクラーを引き起こしやすくなり、双極性障害の症状を悪化させる恐れがあるとのデータがあります。ashitano+1
双極性障害の診断は、採血検査や画像検査では確定できないため、世界保健機関(WHO)のICD-11や、米国精神医学会のDSM-5などの診断基準が用いられます。DSM-5では、双極性障害を双極I型障害と双極II型障害に分類しており、それぞれ異なる診断基準が設定されています。ashitano+2
双極I型障害は、少なくとも1回の躁病エピソードを経験していることが診断の必須要件です。DSM-5-TRでは、躁病エピソードが認められれば双極I型と診断を下すことができ、抑うつエピソードは必須ではなくなりました。一方、双極II型障害は、少なくとも1回の軽躁病エピソードと少なくとも1回の大うつ病エピソードを経験しており、かつ躁病エピソードを経験したことがないことが条件となります。mame-clinic+2
DSM-5による軽躁病エピソードの診断基準(概要)は以下の通りです:ashitano
うつ病との鑑別が特に重要です。うつ病は単極性で、うつ状態のみが認められる病気です。これに対して、双極性障害は躁状態とうつ状態が繰り返し現れる病気であり、治療薬も異なります。双極性障害と診断された患者の65%は最初にうつ病/うつ状態と診断されていたという報告があり、初期のうつ状態のみでは鑑別が困難な場合があります。smilenavigator+2
医療従事者は、うつ状態で受診した患者に対して、過去の躁状態や軽躁状態の有無を慎重に問診することが重要です。家族や親戚に双極性障害の方がいる場合には、遺伝的な要因も考慮し、慎重な診断・治療を進める必要があります。smilenavigator
双極性障害の原因は単一ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。現在最も有力視されているのは、遺伝的要因、脳の機能や構造の変化、神経伝達物質のバランスの崩れといった「生物学的要因」と、ストレスや環境要因といった「心理社会的要因」が相互に影響し合うという「脆弱性・ストレスモデル」です。utu-yobo
遺伝的要因について、双極性障害は一卵性双生児では多くの場合二人とも発症しますが、二卵性双生児では二人とも発症するのは10%程度にとどまることから、ゲノムを基盤とした疾患であると考えられています。一卵性双生児における双極性障害の一致率は40%程度とされており、遺伝情報が発症や病態に関与することが示唆されています。medicalnote+2
最新の研究では、先天的デノボ変異と後天的デノボ変異の両方が双極性障害リスクに関与することが明らかになっています。タンパク質機能喪失デノボ変異など一部の変異が確かに双極性障害リスクに関与し、シナプス・イオンチャネル関連遺伝子が重要な役割を果たしていることが証明されました。しかし、双極性障害を引き起こす特定の遺伝子はまだ見つかっておらず、病気になりやすい体質(ストレスに対する敏感さ・弱さなど)には遺伝的な側面もあると考えられています。riken+1
生物学的要因として、双極性障害患者は細胞内のカルシウム濃度がやや高くなりやすいことが以前より報告されています。通常、細胞内のカルシウム濃度は細胞外の1万分の1という低い状態に保たれていますが、双極性障害ではこのバランスが崩れていることが指摘されています。medicalnote
また、ミトコンドリアの異常に着目した研究も進められており、双極性障害の躁状態、うつ状態に脳の機能の変化が関係していることは明らかとされています。脳の構造的変化についても研究が行われており、白質異常が双極性障害の病態生理において重要な役割を果たしている可能性が示唆されています。pmc.ncbi.nlm.nih+1
これらの研究知見から、双極性障害は複数の遺伝的・生物学的要因が複合的に作用し、環境ストレスなどの後天的要因が加わることで発症する多因子疾患であると理解されています。
双極性障害の治療において、薬物療法は躁状態やうつ状態を改善するだけでなく、再発を防いで症状を安定させるために欠かせません。現在、双極性障害の薬物治療には気分安定薬と抗精神病薬が用いられており、これらの薬は躁状態やうつ状態の治療だけでなく、再発予防にも有効であることが分かっています。smilenavigator
気分安定薬は「長期的に持続する気分の安定性を達成して、将来の再発を予防する薬剤」と定義されます。双極性障害が躁とうつの両相があるため、どちらかに偏った作用の薬剤では症状は改善しないため、両相に効果がある気分安定薬が選択されます。midori-satohp
主要な気分安定薬として以下が挙げられます:
| 薬剤名 | 商品名 | 特徴 |
|---|---|---|
| 炭酸リチウム | リーマス | 躁状態の治療と再発予防に有効 |
| バルプロ酸ナトリウム | バレリン、デパケン | 躁状態の治療に用いられる |
| ラモトリギン | ラミクタール | うつ症状の改善と再発予防に有効 |
| カルバマゼピン | テグレトール | 躁状態の治療に用いられる |
抗精神病薬も双極性障害の治療に重要な役割を果たします。躁状態に対しては、アリピプラゾール、オランザピン、ハロペリドール、スルトプリド、クロルプロマジン、レボメプロマジンなどが用いられます。双極性障害におけるうつ症状の改善には、オランザピン、クエチアピン徐放錠、ルラシドンなどが使用されます。ubie
実際の臨床では、各気分安定薬も抗躁作用が強いものと抗うつ作用が強いものの傾向が分かれており、それを組み合わせて治療していくことが多く見られます。そのため、双極性障害の治療は多剤併用になりやすい特徴があります。midori-satohp
リチウムは心不全と腎障害の患者に慎重に投与する必要があり、利尿薬および抗炎症薬との併用には綿密な監視が必要です。また、薬剤の副作用として眠気や倦怠感などが見られることがあり、副作用が疑われる場合は自己判断で内服を中止せず、必ず主治医に報告して相談することが重要です。jstage.jst+1
双極性障害の抑うつエピソードに対しては、抗うつ薬ではなく、気分安定薬による治療が推奨されています。抗うつ薬の使用は急速交代型を引き起こす可能性があり、双極性障害の症状を悪化させる恐れがあるためです。そのため、周期が短い場合には抗うつ薬を中止して、気分安定薬を中心にした治療を開始することが多くなっています。kei-mental-clinic+1
双極性障害は放置したり適切な治療を受けないでいたりすると、再発を繰り返すのが特徴です。いったん症状がおさまったからといって、そこで薬を飲むのを止めてしまうと、ほとんどの人が再発してしまうため、長期間にわたって服薬を継続していくことが大切です。正しく服薬を継続することで症状を安定させ、コントロールしながら社会復帰することができるようになります。smilenavigator
日本うつ病学会による双極性障害(双極症)治療ガイドライン2023には、診断基準や治療アルゴリズムなど、医療従事者にとって有用な情報が詳細に記載されています。secretariat
双極性障害の包括的な情報サイト「スマイルナビゲーター」では、疾患概要から症状、治療方法まで、医療従事者と患者双方に役立つ情報が提供されています。smilenavigator
理化学研究所による双極性障害の遺伝学的研究では、デノボ変異と双極性障害の関連についての最新知見が報告されており、病態理解に有用です。riken