抗コリン作用による副作用は、副交感神経系におけるアセチルコリン受容体の阻害により発現します。アセチルコリンは中枢神経系と末梢組織の両方で重要な神経伝達物質として機能しており、その受容体にはムスカリン受容体(M1-M5)とニコチン受容体が存在します。
副交感神経は「休息と消化」の機能を司るため、その阻害は以下の生理的変化を引き起こします。
M1受容体は主に大脳皮質に分布し、認知機能や学習・記憶に関与しています。M2受容体は心筋に多く存在し、心拍数の調節を行います。M3受容体は消化管、膀胱、唾液腺に広く分布し、平滑筋収縮や腺分泌を制御しています。
中枢神経系副作用は抗コリン薬使用における最も重要な合併症の一つです。厚生労働省の文献調査によると、認知機能低下・記憶障害に関する報告が16件と最も多く、中枢神経作用(眠気、頭痛、めまい、不安、幻覚)が9件報告されています。
高齢者では血液脳関門の機能低下により、抗コリン薬が中枢神経系に移行しやすくなります。これにより以下の症状が現れやすくなります。
消化器系副作用では、M3受容体阻害による消化管機能低下が主体となります。便秘は最も頻繁に認められる副作用で、腸管蠕動運動の低下により発現します。口渇は唾液分泌抑制により生じ、これが嚥下機能低下や誤嚥リスクの増加につながります。
泌尿器系副作用は膀胱平滑筋の収縮力低下により、排尿困難や尿閉を引き起こします。特に前立腺肥大症患者では症状が増悪しやすく、完全尿閉に至る場合があります。
循環器系への影響として、心拍数増加、血圧上昇、心房細動などが報告されており、厚生労働省の調査では6件の循環器症状が確認されています。M2受容体阻害により、正常な迷走神経による心拍数制御が妨げられるためです。
高齢者や心疾患既往患者では、以下の循環器リスクに特に注意が必要です。
眼科系副作用では、瞳孔散大筋への抗コリン作用により散瞳が生じ、急性閉塞隅角緑内障を誘発する可能性があります。これは眼圧の急激な上昇により視神経損傷を来す緊急事態です。
感覚器障害として以下が報告されています。
体温調節異常も重要な副作用で、発汗抑制により体温上昇が生じ、特に夏季には熱中症のリスクが高まります。
高齢者における抗コリン作用のリスクは、生理学的変化と薬物動態の変化により著しく増大します。ポリファーマシー(多剤併用)の状況では、複数の薬剤からの抗コリン作用が相加的に作用し、予期せぬ重篤な副作用を引き起こす可能性があります。
加齢による生理学的変化。
高齢者で特に注意すべき副作用。
フレイル(虚弱)高齢者では、わずかな薬理学的変化でも大きな機能低下を来すため、抗コリン薬の使用には極めて慎重な判断が必要です。
2024年に日本老年薬学会が発表した日本版抗コリン薬リスクスケールは、個々の薬物の抗コリン作用リスクを客観的に評価するツールです。各薬物をスコア1(軽微)から3(強力)まで評価し、総合スコアによりリスク層別化を行います。
スコア評価基準。
リスク評価の実施手順。
高スコア薬物使用時の対策。
このスケールにより、エビデンスに基づいた薬物選択と個別化された治療戦略の立案が可能となります。
厚生労働省の推奨では、「抗コリン作用を有する薬剤における禁忌「緑内障」等に係る使用上の注意の見直しについて」により、適切な病型診断に基づく使用が求められています。
厚生労働省|日本版抗コリン薬リスクスケール詳細資料 - 抗コリン薬の包括的リスク評価法
日本老年薬学会|抗コリンリスクスケール公開情報 - 高齢者薬物療法の安全性向上