四環系抗うつ薬は、化学構造に4つの環状構造を持つことからその名前が付けられています。1964年にマプロチリンが合成されて以来、三環系抗うつ薬の副作用を軽減する目的で開発された薬剤群です。
主な作用機序は脳内のノルアドレナリン増強ですが、セロトニン神経系に対する作用はほとんど持ち合わせていません。この特徴により、気力や意欲の低下には効果が期待できますが、落ち込みや不安に対する力が弱いという性質があります。
四環系抗うつ薬の最も顕著な特徴は、抗ヒスタミン作用による強い眠気です。この副作用は一見デメリットのように思えますが、不眠症の治療において重要な役割を果たしており、ベンゾジアゼピン系睡眠薬を使いたくない場合の代替選択肢として活用されています。
現在日本で使用可能な四環系抗うつ薬は以下の3種類です。
これらの薬剤は三環系抗うつ薬と比較して、起立性低血圧や心血管系の副作用が少ないことから、初老期以降のうつ病治療において重要な選択肢となっています。
マプロチリンは最初に開発された四環系抗うつ薬で、日本では「ルジオミール」「クロンモリン」「マプロミール」「マプロチリン塩酸塩」などの名称で処方されています。海外ではロシア、サウジアラビア、ベネズエラなどでも使用されており、国際的にも認知された薬剤です。
作用機序と薬効
マプロチリンは、ノルアドレナリンに対する取り込み阻害作用および抗ヒスタミン作用(抗H1作用)を持ちます。ノルアドレナリン再取り込み阻害により、意欲や気力の向上が期待できますが、パニック障害に対する効果は認められていません。
副作用プロファイル
マプロチリンの副作用は三環系抗うつ薬より軽度とされていますが、以下のような症状が報告されています。
抗コリン作用による口渇や便秘は三環系より軽度ですが、抗ヒスタミン作用による眠気は治療上有用な場合もあります。
薬物動態と相互作用
服薬後約6-12時間で最高血中濃度に到達し、肝臓の薬物代謝酵素CYP2D6で代謝されます。半減期は約45時間と長いですが、個人差が大きいことが知られています。CYP2D6を阻害する薬剤との併用時は、マプロチリンの血中濃度が想定以上に上昇する可能性があり、注意深い観察が必要です。
禁忌と注意事項
以下の患者には使用できません。
ミアンセリンは「テトラミド」の名称で日本に導入され、世界31カ国で発売されている国際的に使用されている四環系抗うつ薬です。マプロチリンとは化学構造や作用メカニズムの点で異なる性質を持ち、独特の薬理学的特徴を有しています。
独特な作用機序
ミアンセリンの最も特徴的な点は、多くの抗うつ薬が有している神経伝達物質(セロトニンやノルアドレナリン)の再取り込み阻害作用を持っていないことです。代わりに、シナプス前α2自己受容体というノルアドレナリン放出にブレーキをかけるシステムを阻害することで、ノルアドレナリンの放出を促進するという独特のメカニズムを持ちます。
この作用により、従来の再取り込み阻害とは異なるアプローチでノルアドレナリン神経系を活性化させることができます。
せん妄治療における応用
ミアンセリンの特筆すべき特徴の一つは、うつ病・うつ状態のみならず、高齢者や身体合併症のせん妄状態を改善させる作用です。従来、せん妄状態の治療には抗精神病薬のハロペリドールが使用されてきましたが、錐体外路症状の副作用があり、特に高齢者には使いにくいという問題がありました。
ミアンセリンは錐体外路症状を起こさないため、高齢者のせん妄治療において優れた選択肢となります。抗うつ効果の発現には2-3週間を要するのに対し、せん妄状態に対する効果は1日で現れるという興味深い特性があります。
このせん妄抑制メカニズムは、シナプス後部の5-HT2A受容体阻害作用が関与していると推測されており、抗うつ効果とは異なるメカニズムで作用していると考えられています。
用量と副作用の管理
添付文書では1日30-60mgの用量が記載されていますが、実際の臨床現場では眠気が強すぎて服用を続けられない患者が少なくありません。そのため、薬物療法に習熟した精神科医でなければ使いこなすのが困難な薬剤とされています。
主な副作用は以下の通りです。
薬物動態
服用後約2時間で最高血中濃度に到達し、肝臓の薬物代謝酵素CYP2D6、CYP3A4により代謝されます。血液中の半減期は約18時間と長めで、1日1回投与が可能です。
セチプチリンは1974年にオランダで開発され、1989年以降日本で「テシプール」「セチプチリンマレイン酸」の名称で使用されている四環系抗うつ薬です。構造や作用メカニズムはミアンセリンに近く、有効性や副作用においても類似した特徴を持ちます。
作用機序と薬効
セチプチリンはミアンセリンと同様に、α2遮断によるノルアドレナリン放出促進作用を示します。この独特な作用機序により、従来の再取り込み阻害薬とは異なるアプローチでうつ症状の改善を図ることができます。
低用量での使用
添付文書における推奨用量は1日3-6mgと、他の四環系抗うつ薬と比較して非常に少量です。しかし、眠気などの副作用には個人差があり、ミアンセリン同様、薬物療法に詳しい精神科医でなければ適切な用量調整が困難な薬剤です。
この低用量設定は、セチプチリンの薬理学的特性と密接に関連しており、少量でも十分な治療効果が期待できる一方で、用量調整の幅が狭いという特徴があります。
副作用プロファイル
セチプチリンの主な副作用は以下の通りです。
眠気の出現頻度が他の四環系抗うつ薬より高いことが特徴的で、この副作用を活用した睡眠改善効果も期待されています。
薬物動態と代謝
服用後約2.2時間で最高血中濃度に到達し、血液中の半減期は約24時間と長めです。この長い半減期により、1日1回の投与で安定した血中濃度を維持することが可能です。
妊婦・授乳婦への使用
セチプチリンの妊婦・授乳婦への投与については、「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には治療上の有益性が危険性を上まわると判断される場合にのみ投与」「授乳中の婦人には投与しないことが望ましいが、やむを得ず投与する場合には授乳を避けさせること」とされています。
四環系抗うつ薬の最も特徴的な副作用である眠気は、現代の精神科臨床において重要な治療的価値を持っています。ベンゾジアゼピン系睡眠薬の長期使用による依存性の問題や、高齢者における認知機能への影響が懸念される中、四環系抗うつ薬は依存性のない睡眠改善薬として注目されています。
睡眠薬としての処方パターン
臨床現場では、以下のような状況で四環系抗うつ薬が睡眠目的で処方されることが多くあります。
用量調整の実際
睡眠目的での使用時は、抗うつ薬としての治療用量よりも低用量から開始することが一般的です。例えば、ミアンセリンの場合、添付文書の推奨用量は30-60mgですが、睡眠目的では5-15mg程度の低用量から開始し、効果と副作用のバランスを見ながら調整します。
他の睡眠薬との使い分け
四環系抗うつ薬を睡眠薬として使用する際の利点と限界を理解することが重要です。
利点。
限界。
せん妄治療における独自の価値
特にミアンセリンにおいて、せん妄状態の治療という独特の適応があることは、四環系抗うつ薬の臨床的価値を高めています。入院患者、特に高齢者や術後患者において、せん妄の予防や治療に使用される機会が増えており、総合病院での精神科コンサルテーションにおいて重要な選択肢となっています。
今後の展望
四環系抗うつ薬は、新規抗うつ薬の登場により一時期使用頻度が減少しましたが、その独特な薬理学的特性と副作用プロファイルを活用した臨床応用が再評価されています。特に、多剤併用を避けたい高齢者医療や、ベンゾジアゼピン系薬剤の適正使用が求められる現代において、四環系抗うつ薬の役割は今後も重要性を増していくと考えられます。
四環系抗うつ薬の薬価も比較的安価であり、医療経済的観点からも有用な選択肢です。マプロチリン、ミアンセリン、セチプチリンそれぞれの特性を理解し、患者の病態や合併症に応じて適切に選択することで、より良い治療成果を得ることができるでしょう。
Japanese medication database for tetracyclic antidepressants
KEGG医薬品データベース - 四環系抗うつ薬の薬価情報
Clinical guide for tetracyclic antidepressants usage
綱島こころクリニック - 四環系抗うつ薬の臨床応用