薬剤耐性の仕組みと対策

薬剤耐性は細菌が抗菌薬に対する耐性を獲得することで、感染症治療を困難にする深刻な医療問題です。耐性化のメカニズムから予防対策まで詳しく解説します。薬剤耐性菌はどのような仕組みで生まれるのでしょうか?

薬剤耐性の仕組みと対策

薬剤耐性の重要なポイント
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薬剤耐性のメカニズム

細菌が抗菌薬を無効化する3つの主要機構を理解する

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世界的な影響と現状

2050年には年間1000万人の死亡が予測される深刻な問題

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対策と新薬開発の重要性

抗菌薬の適正使用と新規抗菌薬開発が求められる

薬剤耐性の基本的なメカニズム

薬剤耐性は、細菌が抗菌薬に対して抵抗性を持つことで薬剤が効かなくなる現象です。細菌は様々な方法を駆使して抗菌薬曝露から生き延びようとし、主に3つのメカニズムがあります。[1][2][3]
最も一般的な耐性機構は「薬剤の不活性化」で、細菌自身が薬剤を化学的に修飾・分解する酵素を作り出します。代表例として、β-ラクタマーゼという酵素がペニシリン系抗菌薬を分解してしまうケースがあります。
参考)https://amr.jihs.go.jp/medics/2-1-2.html

 

第二の機構は「薬剤作用点の変化」で、抗菌薬が結合する細菌の特定部位の構造が変化することで薬剤の効果が得られなくなります。これは「鍵と鍵穴の関係」が崩れることに例えられ、ウイルスでよく確認される耐性機構です。
参考)https://www.wdb.com/kenq/dictionary/drug-resistance

 

第三の機構は「薬剤排出ポンプ」で、細菌内に侵入した抗菌薬を外に汲み出してしまう仕組みです。特に問題となるのは、1つのポンプが複数種類の薬剤を排出する機能を持つ場合で、一度に多くの薬剤に対する耐性を獲得してしまいます。

薬剤耐性菌の主要な種類と特徴

薬剤耐性菌にはさまざまな種類があり、特に医療現場で問題となっているのが多剤耐性菌です。多剤耐性菌とは、複数の抗菌薬に対して耐性を示す菌のことで、使用できる治療薬が限定されるため治療が困難になります。[4]
代表的な耐性菌として、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)があります。MRSAは院内感染の主要な原因菌として知られ、メチシリンをはじめとする多くのペニシリン系抗菌薬に耐性を示します。
参考)https://www.amralliancejapan.org/goals/

 

MDRP(多剤耐性緑膿菌)も深刻な問題となっています。緑膿菌は免疫力が低下した患者に感染し、カルバペネム系、フルオロキノロン系、アミノグリコシド系の3剤全てに耐性を持つものがMDRPと呼ばれます。緑膿菌はもともと多くの薬剤耐性を持ち合わせているため、治療上の大きな問題となります。
参考)https://amr.jihs.go.jp/general/1-2-1-1.html

 

その他にも、PRSP(ペニシリン耐性肺炎球菌)、VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)、ESBL産生菌(基質拡張型β-ラクタマーゼ産生菌)などが医療現場で重要な問題となっています。
参考)https://www.kango-roo.com/learning/5123/

 

薬剤耐性の世界的現状と将来予測

薬剤耐性は現在、世界規模で深刻な問題となっており、「サイレントパンデミック」とも呼ばれています。英国薬剤耐性に関するレビュー委員会(オニール委員会)の報告によると、2013年現在のAMRに起因する死亡者数は少なく見積もって70万人とされています。[7][8][9]
さらに深刻な予測として、何も対策を取らない場合、2050年には薬剤耐性菌による年間死亡者数が1000万人に達する可能性があると指摘されています。これは現在のがんによる死亡者数を超える数字です。
参考)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000189799.pdf

 

最新の研究では、2050年までの25年間で世界で3900万人を超える死者が出るとの推計も発表されています。この傾向は特に高齢者において顕著で、急速な高齢化が原因とされており、免疫力の弱い高齢者への脅威は今後増大する一方だと警鐘が鳴らされています。
参考)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE172V90X10C24A9000000/

 

地域別では、南アジア(インド、パキスタンを含む)が最も深刻で、1180万人の死者が予測されています。日本においても、世界規模で対策が進められているにも関わらず、主要な病原細菌による推定死亡者数は横ばいまたは増加傾向にあります。
参考)https://www.jpma.or.jp/information/international/statement/lofurc000000dm96-att/202506.pdf

 

薬剤耐性に対する現代的対策と課題

薬剤耐性対策として最も重要なのは、抗菌薬の適正使用です。日本では2016年に国家行動計画が策定され、抗菌薬処方率の大幅な削減が実現されています。2012年から2020年の間に、外来での経口抗菌薬処方率が大幅に減少し、特に小児科領域での改善が著しく見られました。[11][12][10]
院内感染対策においては、耐性菌を増やさないための抗菌薬使用方法が重要です。同じ抗菌薬を使い続けることを避け、多種類の分散使用が必要とされています。また、投与期間を厳密に考慮し、感染炎症が終息する前の中止や終息後の延長使用を避けることが耐性菌出現の予防につながります。
参考)https://www.kansensho.or.jp/sisetunai/kosyu/pdf/q072.pdf

 

感染対策では、接触感染の防止と感染源の隔離が重要な役割を果たします。CDCが提唱する「薬剤耐性を防止するための12のステップ」では、抗菌薬の賢い使用と感染伝播の防止が両輪として位置づけられています。
現在では、深層学習を用いた薬剤耐性菌の画像判別技術も開発されており、電子顕微鏡画像から耐性菌と非耐性菌を高精度に判別することが可能になっています。これにより、遺伝子検査だけでなく形態変化からも薬剤耐性を推定できる新しい診断技術が期待されています。
参考)https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/news/topics_20220316.html

 

薬剤耐性克服のための新薬開発と支援システム

薬剤耐性問題の根本的解決には、新規抗菌薬の開発が不可欠です。しかし、抗菌薬は収益性が低く、14-16年に発売された医薬品の予想収益では、抗がん剤が82億ドル、呼吸器疾患薬が50億ドルに対し、抗菌薬はマイナス1億ドルと赤字となっています。[15]
この収益性の問題の背景には、抗菌薬の投与期間が一般的に5-7日と短く、耐性菌を生まないよう使用に制約がかけられるため、研究開発費用の回収が困難であることがあります。そのため、製薬企業が新規抗菌薬開発に取り組みにくい現状があります。
参考)https://answers.ten-navi.com/pharmanews/12070/

 

日本製薬協会は、薬剤耐性対策のための新薬開発促進策として、新規抗菌薬を国が買い取って備蓄する制度の導入、産官学連携による基金と研究開発コンソーシアムの設立、開発に対する報奨制度の創設などを提案しています。
欧米では抗菌薬開発のために官民パートナーシップが立ち上がり、臨床試験費用も含めた研究開発への助成が行われています。一方、日本ではAMED(日本医療研究開発機構)による助成がありますが、研究と臨床第1相試験までに留まり、費用のかかる第2相試験以降の資金提供システムが不足しています。
薬剤耐性菌問題は自然発生的に生じ、海外から持ち込まれるケースもあるため、予見できない感染拡大を防ぐためにも継続的に新しい抗菌薬を開発し対処する必要があります。これには国際的な協力と革新的な支援システムの構築が求められています。