カルバペネム系抗菌薬は現在日本で6種類が承認されており、注射薬5種類と経口薬1種類に分類されます。各薬剤にはそれぞれ異なる特徴と適応があり、臨床現場での使い分けが重要です。
注射薬の種類と特徴
これらの薬剤は基本的に腎臓から排泄されるため、腎機能低下時には投与量調節が必要となります。特にイミペネム・シラスタチンとパニペネム・ベタミプロンは配合剤となっており、腎毒性軽減のための工夫がなされています。
経口薬の特徴
各薬剤の抗菌活性については、グラム陽性菌に対しては3剤ほぼ同等の効果を示しますが、グラム陰性菌に対してはメロペネムが他の2剤よりやや優れているとされています。
カルバペネム系抗菌薬はβ-ラクタム系抗菌薬の一種で、ペニシリンと同様に細胞壁合成阻害により抗菌効果を発揮します。しかし、ペニシリンと比較して格段に広い抗菌スペクトラムを有している点が最大の特徴です。
作用機序の詳細
カルバペネム系は細菌の細胞壁合成に必須なペニシリン結合蛋白(PBP)に結合し、細胞壁の架橋形成を阻害することで殺菌作用を示します。この薬剤群が広域スペクトラムを持つ理由は以下の通りです。
抗菌スペクトラムの範囲
カルバペネム系が有効な病原体は以下のように多岐にわたります。
この広域スペクトラムにより、混合感染や原因菌不明の重症感染症に対しても有効性を発揮できます。ただし、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)やVRE(バンコマイシン耐性腸球菌)などの一部耐性菌には効果を示しません。
薬力学的特性
カルバペネム系は時間依存性の抗菌薬であり、MIC以上の血中濃度を維持する時間(Time above MIC)が治療効果に最も重要な指標となります。そのため、投与間隔の短縮や持続点滴による投与が推奨される場合があります。
カルバペネム系抗菌薬の適正使用は、耐性菌出現を抑制する観点から極めて重要です。安易な使用は避け、明確な適応に基づいた使用が求められています。
使用が推奨される場面
カルバペネム系の使用場面は大きく2つに分類されます。
1. 標的治療(Targeted therapy)
培養結果により以下の耐性菌が検出された場合に使用します。
2. 経験的治療(Empiric therapy)
以下のような重症・難治性感染症の初期治療で使用します。
適正使用のポイント
河野先生は「カルバペネムは難治性の感染症に切り札的に使うべき」と述べており、以下の原則を守ることが重要です。
特にAmpC β-ラクタマーゼ産生菌に対しては、第3世代セフェム系薬やTAZ/PIPCよりもセフェピム(CFPM)やカルバペネム系が第1選択となることが重要です。エンテロバクターなどは第3世代セフェム系薬に暴露すると酵素を誘導産生し、治療中に耐性化する可能性があるためです。
使用制限と管理
多くの医療機関では、カルバペネム系の使用に関して以下のような管理体制を構築しています。
カルバペネム系抗菌薬に対する耐性菌の出現は、現代の感染症治療における最も深刻な問題の一つです。特にCRE(カルバペネム耐性腸内細菌目)の拡大は世界的な脅威となっています。
耐性機序の詳細
カルバペネム耐性の主要な機序は以下の3つです。
これらの機序が組み合わさることで、高度なカルバペネム耐性が獲得されます。
CREの定義変更と分類
CREの定義は細菌分類学の変更に伴い更新されています。従来は「カルバペネム耐性腸内細菌科(Carbapenem-resistant Enterobacteriaceae)」でしたが、現在は「カルバペネム耐性腸内細菌目(Carbapenem-resistant Enterobacterales)」として定義されています。
この変更により、セラチア、プロテウス、エルシニア属なども含めた幅広い細菌群がCREの対象となりました。
耐性菌対策の実践
効果的な耐性菌対策には以下の取り組みが必要です。
感染制御対策
抗菌薬適正使用(Antimicrobial Stewardship)
サーベイランス体制
特に医療機関では、modified AHI(modified Antimicrobial Use Index)などの指標を用いて抗菌薬使用の質的評価を行い、適正使用を推進する取り組みが重要です。
カルバペネム系抗菌薬の使用にあたっては、特有の副作用と投与上の注意点を十分に理解しておく必要があります。特に中枢神経系への影響と薬物相互作用には細心の注意が必要です。
主要な副作用
中枢神経系副作用
カルバペネム系で最も注意すべき副作用は中枢興奮作用です。以下の症状が報告されています。
これらの副作用は特に以下の患者で発現リスクが高くなります。
その他の副作用
重要な薬物相互作用
バルプロ酸ナトリウムとの併用禁忌
カルバペネム系とバルプロ酸ナトリウムの併用は禁忌とされています。この相互作用により。
機序としては、カルバペネム系がバルプロ酸の胃腸管内での分解を促進し、さらに肝臓での代謝も亢進させることが考えられています。
投与時の注意点とモニタリング
腎機能に応じた投与量調節
カルバペネム系は主に腎排泄されるため、腎機能低下患者では以下の調節が必要です。
投与方法の最適化
Time above MICが重要なパラメータであるため。
患者モニタリング項目
投与中は以下の項目の定期的な確認が必要です。
特殊患者群での使用
高齢者
妊婦・授乳婦
これらの注意点を遵守することで、カルバペネム系抗菌薬の安全で効果的な使用が可能となります。特に副作用のモニタリングと適切な投与量調節は、治療成功と患者安全の両立に不可欠です。
参考:日本化学療法学会による抗菌薬使用ガイドライン
日本化学療法学会公式サイト