J-CHS基準の5項目を「ゴロ合わせ」で覚えている医療従事者が、現場で誤判定を出して患者さんの介護予防機会を失っています。
J-CHS基準(日本版CHS基準)は、国立長寿医療研究センターが2020年に改定した、日本人高齢者向けのフレイル判定ツールです。元はコロンビア大学のリンダ・P・フリード(Fried)らが2001年に発表したCHS基準を、日本の高齢者に合わせて調整したものになります。5項目のうち3項目以上に該当するとフレイル、1〜2項目ならプレフレイル(前段階)、0項目は健常(ロバスト)と判定します。
以下の表に、J-CHS基準の5項目と判定基準の具体的な数値をまとめました。
| 項目 | 判定基準 |
|---|---|
| ① 体重減少 | 6か月で2kg以上の意図しない体重減少 |
| ② 筋力低下 | 握力:男性 < 28kg、女性 < 18kg |
| ③ 疲労感 | 「ここ2週間、わけもなく疲れた感じがする」 |
| ④ 歩行速度 | 通常歩行速度 < 1.0m/秒 |
| ⑤ 身体活動 | 軽い運動・定期的な運動、いずれも週1回未満 |
握力の基準値について、男性28kgという数値はイメージしづらいかもしれません。これは、500mLのペットボトルのフタを開ける動作の目安となる握力が約17.7kgとされており、女性基準の18kgはまさにこの動作が困難になる水準です。男性基準の28kgは、それよりさらに余裕がある状態まで低下したときにフレイルと判定するラインです。つまり、筋力は低下しています。
歩行速度1.0m/秒という数値にも具体的な意味があります。日本の横断歩道青信号の最低設定速度がこの1.0m/秒です。「最近、青信号で渡り切れなくなった」という患者さんのコメントは、フレイルを疑う重要なサインになります。現場で使える視点です。
なお、日本の65歳以上高齢者のフレイル有病率は8.7%、プレフレイルは40.8%に上ることが東京都健康長寿医療センターの全国調査(2025年)で明らかになっています。65歳以上のほぼ半数がフレイルまたはプレフレイルという現状は、医療現場での評価実施の重要性を示しています。
参考:健康長寿ネット「フレイルの診断」(J-CHS基準の詳細表あり)
J-CHS基準の5項目を確実に覚えるには、語呂合わせが最も効果的です。広く使われている覚え方が「たきくんは、過労で、動けない」です。
🗣️ ゴロ合わせ:「たきくんは、過労で、動けない」
| ゴロのパーツ | 対応するJ-CHS項目 |
| --- | --- |
| 「た」 | 体重減少 |
| 「き」 | 筋力低下(握力) |
| 「くん」は読み仮名調整 | — |
| 「か」 | 活動量低下(身体活動) |
| 「ろう」 | 疲労感 |
| 「で」は接続詞 | — |
| 「動けない」 | 歩行速度の低下 |
このゴロ合わせは5つの評価項目を漏れなく拾えるため、国家試験の暗記だけでなく、現場でスクリーニング評価を行う際の確認リストとしても活用できます。これが基本です。
もう一つ、シンプルな覚え方として「体・筋・疲・歩・活」と5文字で覚える方法もあります。体重・筋力・疲労・歩行・活動の頭文字を取ったものです。ゴロ合わせよりも、表形式で整理した情報を視覚的に記憶したい方に向いています。
どちらの方法でも、必ず「3項目以上でフレイル、1〜2項目でプレフレイル」という判定基準とセットで記憶することが重要です。5項目を覚えただけでは判定ができません。5項目+判定基準がセットです。
参考:ナース専科「フレイルの評価基準(J-CHS基準)」(看護現場での活用ポイントを解説)
J-CHS基準は2020年に改定されています。知らずに旧基準を使い続けているケースも少なくないのが現状です。
旧基準(2016年版)と改定版(2020年版)の主な変更点は、「体重減少」の判定基準です。旧基準では「6か月間で2〜3kg以上の体重減少」という幅のある表現が使われていましたが、2020年改定版では「6か月で2kg以上の意図しない体重減少」と統一されました。判定の曖昧さが解消されています。
また、身体活動の評価についても、旧基準では質問の表現にやや差異があったものが、改定版では「軽い運動・体操を週1回もしていない、かつ定期的な運動・スポーツも週1回もしていない」という2問同時充足という形式に整理されています。評価の再現性が高まりました。
旧基準のままで評価していた場合に問題になるのは、特に体重減少の判定です。「2〜3kg」という旧表現を「3kg以上」と解釈していたケースでは、本来フレイルと判定されるべき患者さんをプレフレイルに留めてしまう可能性があります。これは意外ですね。早期介入の機会損失に直結します。
改定版J-CHS基準の原版はPDFで国立長寿医療研究センターが公開しています。現場で使用している書式が旧版のままでないか、一度確認することをお勧めします。
参考:国立長寿医療研究センター「2020年改定日本版CHS基準(J-CHS基準)」(原版PDF)
5項目を覚えたあとで重要なのが、実際の評価時に生じやすいミスを防ぐことです。各項目には現場特有の注意点があります。
① 体重減少の評価:「意図した」体重減少は該当しません。ダイエット中の患者さんが体重を2kg以上落としていても、それは意図した減少です。非意図的な体重減少かどうかを必ず確認してください。問診の表現が大切です。
② 握力の評価:手や腕に整形外科的な障害がある患者さんには正確な計測ができません。この場合、握力だけでフレイル判定を下すのは不適切であり、他の項目の評価を丁寧に行う必要があります。握力だけは例外です。
③ 疲労感の評価:「ここ2週間、わけもなく疲れた感じがする」は、主観的な回答に頼る項目です。うつ状態の患者さんでは疲労感が顕著に出ることがあり、精神的フレイルとの鑑別が必要になるケースもあります。慎重な判断が条件です。
④ 歩行速度の評価:通常歩行速度1.0m/秒未満が基準ですが、正式な計測には一定の設定(助走区間と計測区間の設定)が必要です。目視だけで「遅そう」という印象で判定することは避けてください。
⑤ 身体活動の評価:2問ともに「週1回もしていない」が条件です。1問だけ週1回以上なら該当しません。2問のAND条件であることを忘れると、過小評価の原因になります。AND条件に注意すれば大丈夫です。
評価全体を通じて、フレイルは「可逆性がある」という点が重要な前提です。プレフレイルと判定された患者さんに対して適切な介入(運動・栄養・社会参加)を行うことで、健常状態への改善が期待できます。国立長寿医療研究センターの研究でも、フレイルからの改善を示すデータが報告されており、1.5年後の追跡調査では33.2%がフレイル状態から改善したという観察研究の結果があります。発見できれば対策できます。
フレイル、サルコペニア、ロコモティブシンドローム(ロコモ)は、臨床現場で混同されやすい3概念です。フレイルの評価基準を覚えるだけでなく、3つの概念の差を明確に整理しておくことが、誤りのない評価と患者説明につながります。
まず概念の違いを整理します。
- フレイル:加齢による心身の虚弱状態全般(身体的・精神的・社会的)。J-CHS基準5項目で評価。可逆性あり。
- サルコペニア:骨格筋量・筋力・身体機能の低下を主体とする症候群。アジアサルコペニアワーキンググループ(AWGS)2019基準で評価。
- ロコモ(ロコモティブシンドローム):運動器の障害によって移動機能が低下した状態。日本整形外科学会が提唱。
3つの関係性について重要な点は、サルコペニアはフレイルの原因の一つになり得るという点です。サルコペニアによって筋力低下・歩行速度低下が進めば、J-CHS基準の複数項目に該当するリスクが高まります。また、ロコモが進行してもフレイルにつながります。つまり、上流のサルコペニアやロコモを早期にキャッチすることが、フレイル予防の根本的な戦略になります。
現場でよくある誤解は、「サルコペニアとフレイルは同じもの」という認識です。フレイルは精神的・社会的な側面(うつ・孤立など)も含む多面的な概念であり、サルコペニアは身体的側面の一部に過ぎません。概念が広い分、評価ツールも複数あります。
国立長寿医療研究センターでは、J-CHS基準による身体的フレイル評価に加え、基本チェックリスト25項目を使った多面的な評価が推奨されています。多面評価が原則です。身体的フレイルのスクリーニングとしてJ-CHS基準を使いつつ、精神的・社会的側面のリスクも合わせてアセスメントする姿勢が、医療従事者として求められます。
参考:国立長寿医療研究センター「フレイルに気をつけて」(フレイルの概要と多面評価の解説)