握力が28kgを超えていても、サルコペニアと診断されるケースがあります。
サルコペニアという概念が国際的に定義されてから、診断基準は数年ごとに改訂を重ねています。2025年時点における最新の指針を理解するには、アジアワーキンググループ(AWGS)と欧州ワーキンググループ(EWGSOP2)のそれぞれの改訂背景を知ることが出発点になります。
AWGSは2019年に大幅な改訂を行い、「probable sarcopenia(サルコペニア疑い)」という段階的診断の概念を導入しました。2025年に向けた議論では、この概念をさらに精緻化し、とくにスクリーニングから確定診断へのフローを実臨床に即したものへ整備することが課題となっています。一方でEWSGOP2は欧州老年医学会が主導し、筋力(Strength)・量(Quantity/Quality)・身体機能(Performance)のSQPモデルを採用しています。
日本の臨床現場ではAWGS基準が使われます。ただし、欧米の文献を参照する機会も多いため、EWGSOP2との違いを把握しておくことは論文読解や多施設研究参加においても重要です。
両者の主な違いは以下のとおりです。
| 項目 | AWGS2019 | EWGSOP2 |
|---|---|---|
| 筋力カットオフ(握力・男性) | 28kg未満 | 27kg未満 |
| 筋力カットオフ(握力・女性) | 18kg未満 | 16kg未満 |
| 歩行速度カットオフ | 1.0m/s未満 | 0.8m/s未満 |
| 筋肉量指標(DXA) | 男性7.0kg/m²未満、女性5.4kg/m²未満 | 男性7.0kg/m²未満、女性5.5kg/m²未満 |
| スクリーニングツール | SARC-F、SARC-CalF | SARC-F(推奨) |
つまり、AWGSとEWSGOP2は数値が似ていますが同一ではありません。
2025年の改訂論議においては、アジア人のBMIや体脂肪分布の特性に合わせたカットオフ値の再評価が主要テーマとなっています。日本老年医学会や日本サルコペニア・フレイル学会からも最新ステートメントが発出される予定があり、臨床家は随時アップデートを確認することが求められます。
日本老年医学会 公式サイト(診療ガイドラインや声明文が公開されています)
診断基準において評価される要素は大きく3つに分けられます。筋肉量、筋力、そして身体機能です。この3つを組み合わせて判定するのが現在の標準的な診断フローです。
筋肉量の評価には、DXA法(二重エネルギーX線吸収測定法)とBIA法(生体電気インピーダンス法)が主に使われます。DXAはゴールドスタンダードとされていますが、設備が必要なため病院外では使いにくい側面があります。BIAは比較的簡便で、外来や訪問看護の場面でも活用できます。機器によって値が変わる点が課題です。
筋力の評価では握力測定が最もよく使われます。利き手の最大値を2回測定し、高い方を採用するのが一般的です。AWGSの基準では男性28kg未満、女性18kg未満がカットオフとなっています。握力計のモデルによって測定誤差が出ることがあるため、施設内での機器統一が推奨されます。
身体機能の評価には複数の方法があります。
身体機能の評価は1つに絞らなくてよいです。
ただし、臨床現場では「どのツールを選ぶか」が問題になることがあります。時間・設備・対象者の状態に応じて選択肢を事前に整理しておくと、評価の標準化につながります。評価ツールの選択フローを院内マニュアルに盛り込むことが、診断の再現性を高める実践的な方法です。
日本老年医学会雑誌(JStage掲載・筋機能評価に関する原著論文が閲覧可能)
スクリーニングが原則です。
確定診断の前段階として、効率よくハイリスク患者を抽出するためのツールが整備されています。なかでもSARC-FとSARC-CalFは国際的なエビデンスが蓄積されており、AWGSでも推奨されています。
SARC-Fは5項目の質問票で構成されています。
| 質問項目 | 内容 | スコア(0〜2点) |
|---|---|---|
| Strength(筋力) | 4〜5kgの重いものを持ち上げる | 困難なし0点〜できない2点 |
| Assistance in walking(歩行補助) | 部屋を横切って歩く | 困難なし0点〜できない2点 |
| Rise from a chair(立ち上がり) | 椅子やベッドから立ち上がる | 困難なし0点〜できない2点 |
| Climb stairs(階段) | 10段の階段を上がる | 困難なし0点〜できない2点 |
| Falls(転倒) | 過去1年間の転倒回数 | なし0点〜4回以上2点 |
合計4点以上でサルコペニア疑いとされます。特別な機器が不要で、問診のなかで自然に組み込めます。これは使えそうです。
SARC-CalFは、SARC-Fにふくらはぎ周囲径(calf circumference)を加えたものです。男性34cm未満・女性33cm未満を低値として10点を加算し、合計11点以上を陽性とします。ふくらはぎ周囲径はメジャー1本で測れる簡便な指標ですが、浮腫がある患者では過大評価になるため注意が必要です。
SARC-FとSARC-CalFを比較した研究では、SARC-CalFの感度がSARC-Fより高いとされています。ただし、特異度はSARC-Fの方が安定しているとの報告もあります。対象集団や目的に応じて使い分けることが現実的です。
臨床現場でスクリーニングを組み込む際は、どの診療場面(入院時、外来初診、定期フォロー)に実施するかを事前に決めておくことが継続的な評価につながります。電子カルテの問診票にSARC-Fを組み込んでいる施設も増えており、記録の標準化という意味でも検討する価値があります。
AWGS2019から導入された「probable sarcopenia(サルコペニア疑い)」の概念は、2025年の臨床実践においても中心的な役割を担っています。この概念は「確定診断には至らないが、介入を始めるべき段階」を明確に定義したものです。
以前の診断フローでは、筋肉量の低下が確認されなければサルコペニアと診断されませんでした。しかし筋肉量測定には専用機器が必要であり、すべての施設で実施できるわけではありません。そこでAWGS2019は「筋力または身体機能の低下のみでもprobableとして介入を開始してよい」という実践的な変更を加えました。これは現場への配慮といえます。
臨床的に重要なのは、probable段階での早期介入が予後を改善するというエビデンスが積み上がっている点です。運動療法(特にレジスタンストレーニング)と栄養介入(タンパク質摂取の最適化)を組み合わせることで、筋肉量・筋力ともに回復が見込めます。週2〜3回、1回あたり30〜40分のレジスタンス運動を12週間以上継続した介入試験では、握力が平均2〜3kg改善したとの報告があります。
介入の鍵はタイミングです。
probable段階から介入を始めることで、確定診断後に始めるより転倒リスクや入院リスクの抑制効果が高くなる可能性があります。スクリーニングで陽性になった患者に対して、当日あるいは翌診察日に具体的な介入指示を出せる体制を整えることが、臨床上の差異を生みます。
二次性サルコペニアは別扱いが原則です。
サルコペニアは「一次性(加齢性)」と「二次性」に分類されますが、2025年時点の診断基準においても、この区別が適切に行われていないケースが臨床現場では散見されます。二次性サルコペニアとは、低活動・疾患・栄養不良などの明確な原因がある場合を指します。
EWGSOP2は二次性サルコペニアの原因を以下のように分類しています。
特に注意が必要なのは、慢性疾患を多く抱える高齢入院患者です。この集団では「加齢性」と「疾患性」が混在しており、どちらが主因かを見極めることが治療方針に直結します。たとえば心不全患者のサルコペニアでは、過度なレジスタンストレーニングが心負荷になる場合があるため、運動処方に慎重さが求められます。
また、糖尿病との関連も見逃せません。HbA1cが高い状態が続くと筋タンパク合成が抑制されることが分かっています。実際、2型糖尿病患者はそうでない高齢者と比べてサルコペニアの有病率が約1.5〜2倍高いとする研究もあります。意外ですね。
二次性サルコペニアが疑われる場合は、原疾患の管理とサルコペニア介入を並行して進めることが基本です。診療科を超えた連携(内科・整形外科・リハビリ科・栄養科)が効果的であり、チームアプローチの体制を院内で組み立てておくことが重要です。
日本老年医学会・日本サルコペニア・フレイル学会の合同ステートメント関連論文(JStage掲載)
診断精度は「誰が評価するか」だけでなく「どう記録・共有するか」によっても変わります。これは2025年の医療現場において無視できない現実であり、診断基準の改訂と並行して注目すべきテーマです。
電子カルテへの評価データ統合は、診断の標準化と縦断的フォローを可能にします。握力・歩行速度・SPPB得点・BIA測定値を経時的に記録することで、介入前後の変化を客観的に評価できます。単一時点の評価では「回復したか否か」が判断しにくいため、時系列データの蓄積が重要です。
多職種連携の観点から見ると、サルコペニアの診断・介入には医師だけでなく、理学療法士・管理栄養士・看護師・薬剤師の関与が不可欠です。それぞれの役割を整理すると以下のようになります。
| 職種 | 主な役割 |
|---|---|
| 医師 | 確定診断・二次性原因の精査・処方管理 |
| 理学療法士 | 身体機能評価・運動処方・転倒リスク管理 |
| 管理栄養士 | タンパク質・エネルギー摂取量の評価・食事指導 |
| 看護師 | スクリーニング実施・日常活動の観察・介入の継続支援 |
| 薬剤師 | 筋肉量・筋力に影響する薬剤(ステロイド、利尿薬など)の確認 |
チームアプローチが条件です。
入院患者に対しては入院時スクリーニング→評価→介入開始→退院時評価→外来フォローという一連のフローを、職種間で明文化することが診断精度の底上げにつながります。一部の大学病院では「サルコペニア外来」を設置し、専任スタッフが一貫して対応する体制を構築しています。こうしたモデルケースを参考に、施設規模に合ったチーム体制を設計することが実践的なアプローチです。
なお、各評価者が同じ方法・同じ機器で測定しているかを定期的に確認するキャリブレーションの仕組みも重要です。測定誤差が積み重なると、カットオフ値との比較が意味をなさなくなります。施設内トレーニングと測定マニュアルの整備を年に1回見直すことが推奨されます。
厚生労働省:リハビリテーションに関する施策情報(多職種連携・フレイル・サルコペニア対策の制度的背景が確認できます)