フィナステリドは、男性型脱毛症(AGA)の治療薬として広く使用されているプロペシアの有効成分ですが、女性男性型脱毛症(FAGA)患者への使用は絶対禁忌とされています。
日本皮膚科学会の「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版」では、フィナステリドの女性への投与について推奨度D「行うべきではない」と明確に位置づけています。この判断の根拠となったのは、Vera H. Price博士らが2000年に実施したランダム化比較試験です。
この試験では、137名の女性被験者を対象とした結果、1㎠あたりの硬毛数はフィナステリド投与群で-8.7本、プラセボ群で-6.6本といずれも減少を示し、フィナステリドの有効性が認められませんでした。
フィナステリドが女性に禁忌とされる主な理由:
女性の体内には男性の約10分の1のテストステロンが存在しますが、フィナステリドによるDHT阻害は女性のホルモンバランスに予期しない影響を与える可能性があります。
デュタステリド(商品名:ザガーロ)は、フィナステリドよりもさらに強力な5α還元酵素阻害薬です。フィナステリドがII型のみを阻害するのに対し、デュタステリドはI型・II型両方の5α還元酵素を阻害するため、より強力にDHT産生を抑制します。
日本皮膚科学会ガイドラインでは、デュタステリドについて男性型脱毛症には推奨度A「強く勧める」とする一方で、女性型脱毛症には推奨度D「行うべきではない」と明確に区別しています。
デュタステリドの女性への危険性:
デュタステリドは、男性においても性欲減退や勃起不全、射精障害といった性機能低下がフィナステリドより起こりやすいとされています。女性においては、これらの影響がより深刻になる可能性があります。
厚生労働省による医薬品承認情報では、デュタステリドは「成人男性のみ」に使用が限定されており、女性や小児に対する安全性・有効性は確立されていません。
妊娠中の女性がフィナステリドやデュタステリドに暴露されることは、胎児、特に男児の生殖器発達に重大な影響を与える可能性があります。
DHT(ジヒドロテストステロン)は、男児の外性器形成において不可欠な役割を果たしています。妊娠中にこれらの薬剤が母体を通じて胎児に移行すると、男児の外性器が正常に発達しない先天性異常を引き起こす恐れがあります。
胎児への影響のメカニズム:
米国FDA(食品医薬品庁)の公表する注意事項では、「男の子を妊娠している女性の体内にプロペシアの有効成分が入ると、それが口から入った場合であっても、皮膚に付着して吸収された場合であっても、男の子の生殖器に異常を起こすおそれがある」と明記されています。
さらに、プロスカー(フィナステリド5mg錠)の注意事項では、「妊娠中かその可能性のある女性は、プロスカーを服用している男性との性的接触により薬剤の暴露を受けないこと」とまで記載されており、精液を通じた微量暴露についても注意喚起されています。
フィナステリドやデュタステリドは、内服だけでなく経皮吸収による暴露も危険とされています。これは、薬剤が皮膚を通じて体内に吸収される可能性があるためです。
経皮吸収による暴露のリスク:
厚生労働省の注意喚起文書では、「砕けたり割れたりしたプロペシアの錠剤をさわってはいけません」と明記されており、完全な錠剤であればコーティングにより通常の取り扱いで有効成分に触れることはないとされています。
しかし、医療現場において錠剤を分割する必要がある場合や、患者が誤って錠剤を破損させた場合には、特別な注意が必要です。
医療現場での対策:
調剤薬局や病院においては、妊娠可能年齢の女性スタッフがこれらの薬剤を取り扱う際の安全対策を確立することが重要です。
女性男性型脱毛症の治療において、フィナステリドやデュタステリドが使用できない場合の代替治療選択肢を理解することは、適切な治療提供のために重要です。
女性に使用可能な治療薬:
ミノキシジル外用薬
女性に対してはミノキシジル1%または2%の外用薬が推奨されます。リアップリジェンヌなどの市販薬も利用可能ですが、男性用の高濃度製剤は女性には適用されません。
内服薬オプション:
新規治療アプローチ:
近年注目されているのは、従来の薬物療法とは異なるアプローチです。再生医療技術を応用した成長因子療法や、低出力レーザー治療(LLLT)などが研究されています。
ホルモン療法の考慮:
閉経後女性においては、女性ホルモン補充療法(HRT)との併用が検討される場合があります。ただし、HRTには独自のリスクがあるため、総合的な判断が必要です。
生活習慣指導の重要性:
薬物療法と併せて、栄養指導、ストレス管理、適切なヘアケア指導なども重要な治療要素となります。特に鉄欠乏性貧血や甲状腺機能異常など、FAGAに類似した症状を呈する疾患の除外診断も重要です。
医療従事者は、患者の年齢、妊娠の可能性、既往歴、併用薬などを総合的に評価し、個々の患者に最適な治療選択肢を提案する必要があります。また、治療効果の判定には数か月から数年の長期間を要することを患者に説明し、継続的なフォローアップ体制を確立することが重要です。
日本皮膚科学会男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版(PDF)
https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/AGA_GL2017.pdf
厚生労働省によるプロペシアの注意喚起文書
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/kojinyunyu/050609-1a.html